「どうだい？」
「……甘いですね」
「やっぱり……」
２人は南国フルーツ缶詰試食会の真っ最中だった。
オーストラリアの、１人住まいの、ディヴィッドのこじんまりしたフラットの中で。
そのフラットと来た日には、イアンがこの前まで骨休めと称して滞在していた南国リゾートのコテージよりも、こちらの滞在用に取ったホテルのスイートよりもコンパクトなものだった。
もっと広いアパートか、それこそ庭付きの家に移ったらもちろん援助でもプレゼントでもするから、と言うイアンの提案は、いつも笑って１人暮らしだしこれで充分、と返されるばかりだったが。
「生だとこんなに……歯が浮きそうなほどではないんだけどねぇ」
しみじみと缶詰に描かれたマンゴーの絵を眺めながらイアンは言った。
「お菓子にでも使ってみましょうか」
「それはお勧めできない」
妙にきっぱりとイアンは言った。「どうしてです？」
あまりにきっぱりはっきりと言うものだから、極甘缶詰マンゴーの刺さっていたフォークを置いてディヴィッドは尋ねた。ちょっと、休憩を挟みたかったせいもあった。入れておいたコーヒーのブラックさ加減が、こんなにありがたかったことはなかった。
「あまり美味くなかった」
口直しに、とこれはディヴィッドの用意したせんべいをつまみながらイアンは重々しく言った。
「……そうなんですか？」
「そうなんだ。ものはためしと思ってやってみたんだが、これが今ひとつでね」
「試したんですか、あなたが？」
たいそうもっともらしく言うイアンに、つっこむと。
「……部下が」
イアンはちょっとバツが悪そうにそう答えた。「それじゃあこのまま食べましょう。歯は浮くかもしれませんけど……ああそうだ、ラッシーにでもしましょうか」
そうしましょう、グリーンカレーでも作って、と言うと、イアンの目の目の間に、コインが挟めそうな渓谷が刻まれた。
「イアン？」
「からいものはちょっと………くし……」
「は？」
後のほうが聞き取れずに、ディヴィッドはイアンに耳を近づけた。
「あとで！響くしっ！」
引っつかんだ挙句に耳元で叫ばれたので、ディヴィッドは目を白黒させた。
「な……え……あ……ああっ！？」
イアンの言ったことの意味が頭の中身に染み込むと、ディヴィッドは口元を押さえ頬を赤らめた。そういえば、外で会ったときもいつも、イアンは辛味の食べ物は敬遠していたことを、つぎつぎと思い出してしまっていた。
連れて行かれた高級なレストランでも、誘って行ったカジュアルな店でも。それだものだから、頬の赤味は顔全体からさらには首にまで広がってゆき、なかなか引きそうもなかった。「……分かったかい？」
覚えの悪い子に言い聞かせる母親のようにイアンは腕組みしながら確認した。
「はい……」
ディヴィッドは肩をすくめてしゅんとなった。
「いいよ。知らなかったんだから」
イアンはディヴィッドの頭を抱えて髪にキスをした。
それだけ見れば敬虔な風景で、まるで宗教画の構図のようで、ただ、中身のほうがまったく違うだけで。
「でもディヴィッドが作るラッシーは飲んでみたいな」
イアンはそのまま、ディヴィッドの髪の匂いをかいだり感触を楽しんだり。かのコロンブスが発見した大陸で、ずいぶんとしんどい思いをしたので、これくらいのご褒美はあってしかるべきだと思っていた。ハイスクールで教えるかたわら、歴史を勉強している、このつましい叔父への絶好のプレゼントを、しそこなってしまったのだから。
「すぐに作りますよ」
そう言って立ち上がろうとするディヴィッドの頭を押さえて立たせないようにしたのはイアンだった。
「イアン？」
「もう少し、このままで」
そのままイアンはディヴィッドを抱きしめた。もちろん、ディヴィッドもイアンの背に、おそるおそる手を回していった。
テーブルの上には忘れ去られたラッシーの皿が二つ。出番は相当遅くなりそうだった。