「……やっちゃったんだな……」
お父さんは悲しいよ！という悲哀を込めてヨンはそう言った。
北京土産を渡したいから、と言ってヤンを呼び出したときだった。
「まあまあ」
ヨンの落ちた肩に手を置いて、どうどうをなだめながらシェンが言った。
どうやらヨンと一緒に北京に行ってきたらしく、土産は２人からだった。
「えー２人で行ってきたのかよーいいなー俺も誘えよー」
土産を有難く受け取りながらも、ヤンはぶーぶー言った。
「３人で行こうって言ってたじゃないかー」
それはあの、埠頭での約束だった。今はもう遠い約束だった。
「また行こうぜ」
北京良かったけどな、とシェンはタバコをくわえながら言った。
「ちぇー。おまえらが行っちゃったんなら今度は上海にしようぜ！蟹食おう！蟹！！」
蟹食べ放題に思いを馳ているのか、たちまちヤンは喜色満面になった。要するにみんあで行ければどこでもいいのだった。ビクトリアピークでもタイガーバームガーデンでも。
「蟹か、それもいいな」
相槌を打つシェンとは裏腹に、自失から立ち直ったヨンが叫んだ。
「蟹じゃない！」「え？ヨン蟹ダメなのか？」
じゃあ他のもんで、と言いかけるヤンと。
「え？食ってだだろ？」
北京でも蟹食ったし、と言うシェンと。
「そうじゃなくて！ヤン……どういうことだ？北京行きのことは先月末に連絡したぞ。あれは、仕事じゃなかったのか？」
オープンテラスのカフェでよかった、とヨンに胸倉つかまれかねない状態のヤンも、それを目の前にしているシェンも思った。これはこれで、何事ならんと通行人の視線が痛かったが。
「あー先月末に連絡くれてたのかー」
微妙にヤンは視線をそらした。それを目の当たりにして、ヨンはますます激昂した。
「ヤン……！」
「買ってきたぞ」
間の悪いことにというかなんというか、ちょうどそこにラウが戻って来た。
「おーありがと」
ラウはヤンに頼まれていたアイスを渡すと、わざわざイスを持ってきて、当然のようにヤンの隣に座った。
まるで背後霊のようだ、ぴったりとくっついてやがると苦笑いしてそれを見る、シェンのようになれたなら、ヨンも苦労は少ないのだが。「……ヤン」
何かを叫ぶ形に口をパクパクさせているヨンを、シェンはいたわしそうに見ていたし、しあわせなアイスを食べながらもヤンも気にはしていた。何も考えていないしヤン以外見えていなさそうなのはラウだった。
ヨンはヤンの手を取って言った。
「何かあったら言うんだぞ。夫婦間にもレイプはあるんだ」
「ありがと、ヨン」
「それからここを紹介しておこう。この薬局は良く効く薬を調合してくれる」
「う、うん……」
「念の為、この病院の名刺も渡しておこう。肛門科のいい医者がいるんだ」
「あ、ああ……」
「なあラウ」
ヤンがヨンの親心に気圧されている隣で、シェンはラウに話し掛けた。
「なんだ」
「これやるよ」
「なんだこれは？」
シェンが渡したのは液体の入った小さなボトルだった。
「ちゃんと相手のこと喜ばしてるか？準備も大事だぞ」
「……もらっておく」「どうしてあんなのにひっかかってしまったんだ、ヤン！」
「落ち着けよ、ヨン」
「で、どうだった？最初はうまくいったか？」
「『ぶん殴られたほうがましだ』と言われた」
憮然として言うラウに、破顔一笑するシェンと。
「うるさい！だいだい君は、ヤン……！」
「はいはいはいはい」
相手の心配が分かるのでひたすら低姿勢なヤンと、こもごもを思い出して怒りながら涙ぐむヨンと。
「……メシでも食いに行くか」
「昨夜は魚だったんで、肉がいいな」
「それじゃ鍋だ。おい、移動しようぜ、ヨン、ヤン」
「お、いいな、鍋か」
「ヤン！」
「鍋食いに行こうぜ、うまい店知ってるんだ」
「……ああ」
まあとにかく。
笑顔でいられるならそれで。
それで一緒にごはんが食べられるのなら。
「早く行こう、席がなくなる」
「そだな」
それでいいのだった。