「手、つないでようか？」
ディーンがあんまり青い顔をして震えていたので、サムは思い切って言ってみた。
「……え？」
案の定それはディーンとって思いがけない言葉だった。
ディーンは驚きなのか恐怖なのかに目を見開いて隣に座る弟を見た。
「え？」
恐怖のあまり聞こえていなかったのかと思って、サムは繰り返し言った。
「手すりよりも、こっちのほうが落ち着くんじゃない？」
わざとふざけてサムが言ったそのときに、機はまたガクガクとふるえた。悲鳴を飲み込んだような声が、機内からもれた。
当機はただいま気流の悪いところを通過していますとかで、飛行機はふたたび大きく揺れていた。いつもなら悲鳴が飛び交っていてもおかしくない状態だったが、
なにしろさっきまでの、誰もが墜落を覚悟したようなゆれがあまりにすごかったので、機内には「あれにくらべたら……」というムードがただよっていた。
それでも全員シートベルトはしっかりしめていたし、手すりをしっかり掴んでいた。
しかし、ディーンは違っていた。あの大揺れのときも確かに生きた心地もしなかった。だがそれは、動けない自分に代わって
手帳を追いかけていったサムは無事に祈祷書の言葉を読み上げることが出来るたのか、はっきり言ってサムは無事なのか、
それだけが心配だったので、自分の飛行機恐怖症については二の次だったのだ。
「いや……いい」
紙のように白い顔には恐怖以外はなく、口元はこわばっていたが、それでもディーンはそう言ったのだった。
「意地っ張りもそこまでいけば立派だけどさぁ」
サムが言いかけたそのときに、機はまるで落とされたようにガクン、となった。
「……っ！」
さすがにサムも手すりを掴んだ。滅多なことはないとは思うが、飛行機を墜落させるのが趣味の悪魔を倒したのに、
本当に墜落だなんてシャレにも何もならなかった。歯を食いしばって足も踏ん張っているサムの隣では、ディーンがもう
口から魂が出ているんじゃないかという顔をしていた。
目はほとんど白目だった。それを見てサムは、今回は本当にディーンにはコクな『仕事』だったんだな、と思った。
からかって悪かった、と反省もした。
恐怖に理由なんてない。強いて言えば対象物があるからだ。子供が暗闇をこわがるのは、そこが暗いからだ。他に理由なんてなかった。
どうして怖いかといえば、怖いから怖いのだった。もうこうなったら、アマンダの乗る機に乗り込んで悪魔祓いをするしかないと言ったとき、
ディーンはそれまで見せたことのない表情を浮かべていた。どうしてもミルクを飲まなくてはならないときの顔に、一番似ていた。それなのにディーンは結局
サムと乗ることに同意したのだった。あんなに怖がっていたのに、サムが１人でも乗ると言ったので。
１００人からの乗客も、もちろん助けたかったに違いない。でも決め手になったのはサムだ。サムが１人でも乗ると言ったからだった。
サムを１人で『狩り』に出して、もしものことがあったら？それこそ、悔やんでも悔やみきれなかった。
ならディーンにとって残された選択肢はひとつしかなかった。
あんなに怖がっていた飛行機に乗って、アマンダを見つけて話をして、悪魔にとりつかれた操縦士を見つけ、悪魔を追っ払って乗客を救った。
それはすごいことだった。こんなときでもないとそうは思えなかったが。
「……？」
いつものディーンなら、こうはしなかったかもしれなかった。兄の特権とばかりにサムにあれこれ言ったり『仕事』第一主義だったり、親父に盲従していたり
女と酒といかさまに目がなかったりしていたが、それでもディーンは、サムにはたったひとりの兄なのだった。……この野郎と思うことも、何度もあったが。「おい、サム……」いつのまにかじっと自分を見ていたらと思ったら、今度はいきなり手を握り締めてきたた弟に、こいつまさかそういう趣味が？と一抹の疑いの目でディーンは見た。
「こうしてるほうが絶対いいって」
「よせおいやめろ、俺までゲイだと思われる……」
誰が見ていて誰がそう思うというのか。でも軽口が叩けるくらいならＯＫだった。
こんなふうになっても、兄貴の威信にかけて泣き言を口にしないディーンに敬意を表してサムは、にっこり笑って言った。
「手を握っててよ、おにいちゃん」
握った手を軽く振りながら。
「痣になったよ」
腕をさすりながらサムは言った。どうにか飛行機は無事に地面に戻ってこれた。いとしの地面！ディーンは滑走路にキスしたい気分だった。
こんなもん飛ばしやがってと思っていたが、今なら無事に着陸させた操縦士にもキスしてやってもいい気分だった。
「そりゃ気の毒だったな」
地面に戻ってきたディーンは晴れやかに笑った。地面に戻ってきたからには、もう怖いものはなかった。
「ディーンがすごい力でしがみつくもんだから」
「俺が？」
はていったいなんのことだ？と、ご丁寧にジェスチャーまでつけてディーンはひょうげてみせた。
着陸したらこれだからと思いつつ、サムはホッとした。飛行機のディーンはディーンではないからだった。
「やれやれだ。早く風呂に入りたいぜ」
どこかの国の猫型機械人形に出てくる女の子並にお風呂大好き人間なディーンは伸びをしながらそう言った。
「ニホンのオンセンにでも入りたいぜ」
どうやら飛行機を墜落させる悪霊を調べていたときに、そこまで行き着いてしまったらしかった。
サムはニホンのことを紹介していたページを、ディーンがやけに熱心に見ていたのを思い出した。
「でも、ディーン」
「なんだ？」
さっきまで、かわいらしく震えてた癖にと思うとサムはどうしても、言わずにはいられなかった。
「ニホンへ行くには飛行機に乗らなくちゃ行けないんだよ？」
兄は自分がいつ飛行機恐怖性なのを知ったのでしょう？
サムが知らなかったと言うことは、
一緒に乗った経験はないと思われ。
サムが大学に行っちゃって、傷心の父子で
センチメンタルジャーニーして、
とかだったら楽しいかも（笑）。