『ガムテープ』
「何してるんだい？」
こんなところで、とイアンは笑いながら屋根裏につづく階段を上がっていった。
「ぼんやりしてる」
その言葉どおり、ほこりっぽく黴臭い天井裏のガラクタの狭間に、ちょこんと膝を抱えて庭用の鉄製のイスに座って『キング』は言った。目はイアンではなく、天窓を伝わる雨の流れを見つめていた。
「なつかしい場所だな。君のかくれ場所の十八番だった」
頭がつっかえそうなのも屋根裏ならではだった。使わなくなったランプやなんやかやをとめていたロープの名残りなどが、蜘蛛の巣のように頭に引っかかった。
「うん、そう……」
相変わらずキングは魂を半分どこかへ飛ばしてしまったように呟いた。
「どうした？」
そんなキングまでたどり着くと、イアンは後ろから頬に手を伸ばした。
イアンの暖かい手にすり寄るようにして、キングは自分から頬を撫でられた。
「雨が降ってるから、おかしくなってるんだ」「ああ、確かに」
本降りの雨は、いっかな止む様子を見せなかった。
「すごい降りだ」
キングと同じものを見上げてイアンも同意した。
「雨の日の遊びっていうと、よくかくれんぼしたよな？」
裸足で寒くないんだろうか？と思うのは素人の浅はかさで、このやんちゃ者は木登りだって裸足だった。
うっとおしいと裸足でいたがって、屋敷の中だろうと庭だろうと、どこでもそれで通してしまう。だから、出かけるときは忘れずに靴をはかせるのは、少なくとも持っていくよう気をつけるのは、まわりの人間の重要な役割だった。
一度など、側近もうっかりしたことがあって、でも大事な会合の時間が迫っていて、どこかで急いで買って……という案も出たのだが、結局なしで済ませることになった。幸い、キングをよく知るその髭熟年の紳士は、かえって面白がってくれたものだったが。そうもいかない、礼儀に厳しい人のときはしようがないので、イアンの大きすぎる靴をはかせたものだった。
「ああ、したな」何しろ屋敷自体が広いので、遊ぼうと思えばたいていのことは出来た。
その気になればプールやトレーニングルームだって作れるほどの広さと資金力もあったのだが、そういうものは代々の主が好まなかった。先代は晩年ジョギングを趣味としていたが、晴れていれば庭を、雨が降っていれば屋敷内の廊下を走っていたものだった。
今もキングの周囲を守る面々が、まだほんの子供だった頃、よく集まって遊んでいたものだった。
中でも好きだったのは、この広い屋敷でのかくれんぼだった。全員探すのは容易ではなかったので、なしくずしに終わることも良くあったし、じゃんけんで最初に鬼を決めるのに、いつの間にか鬼が増えていたりするのもよくあることだった。負け抜けじゃんけんで、よく鬼になっていたのはイアンだった。
たいてい最後まで見つからないのはキングで、かくれ場所をたくみに変えて、探索の目を逃れるのだった。でも、見つけないとこれまた臍を曲げるので、そういったときの捜索役は、もっぱらイアンに一任されていた。
鬼経験が多いせいか、相手がキングだからなのか、イアンはいつも推理力を駆使して見つけていたものだった。イアンがいなければ、キングとのかくれんぼは成立しなかっただろうというのは、衆目の一致するところだった。「図書室に隠れられてたときには困ったよ」
「そう？」
そっけなさそうに答えつつも、さりげない自慢の響きは隠せなかった。
「ああ。まさか本棚の上に張り付いてるとは思わないからね」
そこから、背中目掛けて飛びつかれたときは、本当にびっくりしたよとイアンは笑いながら言った。
「ちゃんと計算して降りたよ」
イアンがつぶされないように、怪我をしないようにと、いつもキングはちゃんと気をつけていた。
「知ってるよ」
そしてその無茶に見える行動を守りたくて、いつだって全身全霊を傾けているイアンだった。
「それも知ってる」
すりすりしていた手の先の、指にがぶりと噛み付いてキングは言った。そのまま気が済むまでがぶがぶやると。
「俺はあんたのこと好きなんだぜ？」
それちゃんと分かってる？とキングはイアンを見上げて言った。イアンの手を、どんどん引き寄せながら。
「――――もちろん、知ってるよ」
イアンもまた答えた。もういっぽうの手で、キングの顎をとらえながら。
「よくここで…ぁ……した、よな……？」
「キスを？…これを？」
どちらも息を弾ませながら囁きあった。
「どっちも……ああ…、…い…いぁ……」
今イスに座っているのはイアンだった。キングはその膝の上に座っていた。広げた足の先には、邪険に蹴たぐったズボンがあんまりな扱いに抗議するように居残っていた。
「あ……あぁ……」
その足先までも痙攣させるようにうちふるえていた。どこもかしこも、ふるえが来ない場所などないかのように。
「………っ」
脱いでいないシャツはでも、すっかり前を開けられていて祈りを込めるよううつむいて専心しているイアンの額髪にくすぐられていた。その頭を狂おしく抱きしめて押し付けながらキングは、快感のままに身悶えた。
「いい……ぁ……さい、こ………ぁ…」
膝を上下させながら律動を送るイアンの、髪を背をなんどもすべりながらもしっかりとキングは抱きしめた。そして触れた先から慰撫しようというかのように、その手で包み込んでいた。
接合部のじゅくじゅくいう音と、したたり落ちるものに激しい昂ぶりを覚えながら、自らの快感とお互いに与え合うものに没頭していた。
「いい…か？……も…っと…？」
「き、て……もっと……イアンの…、気の済むまで、…ぁ…やって…ぇ…っ！」
言い果てもせず、イアンが立ち上がった。キングの背中が一瞬宙に浮いたがすぐにイアンの腕に支えられた。
そのまま、すぐ後ろの屋根の傾斜部分に海老のように身体を折り曲げられると、すぐにかがんだイアンにあわせるようにずるずると沈んでいった。その間中ずっと、イアンにくちづけられながら。
身内にイアンを感じ、口中でもイアンの動きを感じていた。
身体中でイアンを感じるとという幸福に、キングは潮が満ちるような満足を感じていた。
そのうちにイアンがキングの両足を抱えなおし、それまでの制限された動きの中では出来なかった激しい抜き差しを始めていった。抜かれるときは怖気を奮うほど、身も世もなく行かないでくれと懇願したくなったし、差し入れられるときは内臓を突き破って、喉元まで迫ってくるような充足感があった。どちらもイアンでそちらもたまらなかった。
ずっとくちづけられたままだったので、声を出すことは出来なかったけれど、その動きだけでもう充分だった。動きの果てに、ふとくちびるがはずれた。浅い呼吸で息をつぎながらキングは、ずっと閉じていた目を開いた。
ぼんやりと見える、あれは古い鏡だった。見えるのは、イアンの逞しい背中と、しどけなく足を投げ出して、ぼんやりとした顔をしている自分と。
うっとりしている顔っていうのはなんて間抜けなんだろうと考えた。しだいに遠のいていく意識の中、キングはここでのはじめてのことを思い出していた。
「イアン……助けて、イアン……」
「どうしたんだ？」
泣きそうな顔をして屋根裏部屋まで引っ張ってこられて、２人きりになった途端に目を潤ませて言葉をつまらせた。
「どうした？」
しくしく泣き出した相手のほわほわした頭を、よしよしと撫でながらイアンは最高にやさしい声を出した。外でのイアンしか知らない者が聞いたらば、きっと別人だと思ったことだろう。それくらい気づかいと愛情に満ちた声だった。
「病気なんだ、きっと……」
「病気？」
それなら医師に……と身をひるがえそうとするイアンの腕を、細い手が痛いほどの力で掴んだ。
「お医者はいや……イアン見て。イアンでないとダメ……」
じっと見つめられると、心が揺らいでしまう、生まれたときから知っていて、ずっと見守っていた存在なのに。そう思いながらも振りほどくことなど、思いもよらぬことで。
「……どこが悪いんだい？」
ごくり、と気づかれないように唾を飲み込んだ。
相手はまだ子供なのに、自分だってまだ『子供』と言われる年齢なのに、自分の身体の中に、確かに疼くものがあることを、イアンはしっかり感じていた。「ここ……」
取ったイアンの手を、そのまま患部に導いた。イアンも熱が集まるのを感じている、まさに同じ場所に。
「………っっ」
弾かれたように手を離そうとするのを許さずに、イアンの手は許されない部分に触れた。そこは確かに、熱でも持っているようだった。
「ここが熱いのおかしいの……イアンのこと考えるとここが……」
イアンの驚愕に気づかずに、さらに手を子供のズボンの中にさらにその中に踏み込ませた。
「ここも……」
そしてもう片方の手を動悸が激しくなっている胸に導いた。触れた先には、布越しに確かなとがりがあり、それが何かという答えを、出すわけには行かなかった。指を伸ばして、つまみたい衝動と懸命に戦いながらも。
「腫れたみたいになって……イアン、どうしよう？病気、だよね？」
「………」
それ以上自分の、醜くなっているだろう顔を見せたくなくて、イアンは相手をきつく抱きしめた。自分よりも一回りは小さく細いその身体は、あつらえたようにぴったりと、イアンの腕の中に納まった。「イアン？」
「……病気なんかじゃ、ないよ……」
「そうなの？」
「病気じゃないんだ……」
「でも、おさらないよ？」
こうしていてもどくんどくんと苦しいよ？とあどけないまでに幼い声で。
くらくらした。
「イアン……病気じゃないなら、イアンがなおして……」
細い手が、イアンの腰に回された。その、懸命さにイアンはめまいがしそうだった。
「それじゃあ……そこに座って……」
目の前にあった、鉄製の庭用のイスに座らせた。
離れるわけではないという証に、手は握ったままで。イアンはその前に跪いた。
「イアン？」
「……」
それからそっと、イアンはくちびるを寄せた――――。
「あれ？」
ぽっかりと目が開いた。
目が開いたということは、つむっていたということで。
つむっていたということは、意識がなかったということで。
「俺、寝てた？」
「少しね」
いつの間に持ってきたのか、イアンは濡れたタオルでキングの下肢を拭っていた。
「ありがとう、イアン」
「どういたしまして」
「舐めてくれてもいいんだよ？」
「それじゃいつまでたっても終わらない」
「終わらなくても別に……」
つづくはずだった言葉は、イアンのくちびるに飲み込まれた。
何か飲んだのか、イアンの口の中は清しかった。キスをして、かえって口の中をさっぱりさせると、喘ぎすぎてかさかさになってしまったくちびるをペロリと舐めた。「立てるか？」
「……きっと立てない」
「なら今日はここまでだ」
屋根裏部屋はキングのお気に入りの場所で、ならもっときちんと整理整頓して掃除をしたほうがという意見もあったが、『屋根裏部屋』とは埃っぽくあるべし！というこだわりのもと、人が聞いて思い描くような、何に使うものだか分からないガラクタがごろごろしている場所のままになっているのだった。
「イアン」
「うん？」
あれだけ激しくしたわりには、こざっぱりとしているしどこも痛むところもなかった。けろけろと足を広げて後始末をしているところなど、ちょっと赤ん坊か幼児のようだった。その無心さ天真爛漫さも、イアンの好むところだった。
「キスして」
「うん、……？」
最初はちゅっと音を立てて、それからどちらからともなく口を開いて舌を絡ませあって、口の中を探り合って。「もっと激しくしてもいいんだよ？」
イアンの肩に腕をのせてキングはからかうように言った。
茶目っ気たっぷりの眼差しで、イアンをねめつけながら。
「これ以上君を好きになれっていうくらい、それは無理な相談だね」
キングの腕にキスしながら、さらりとイアンは言った。
この部屋でするときの暗黙の了解、それは主導権を握りたがるキングが、蹂躙されるようなセックスをしたくなったときのための場所だった。だからキングが屋根裏部屋に行くと他の者はそこへは行かない、階下に近づきもしない。誰言うともなくそれは、いつの間にか屋敷の中での不文律になっていた。
「今度は縛ってみようか」
「猿轡でもしてみるかい？」
「それもいいかもね。そうすると……」
キングはあたりをきょろきょろと見回した。「あれかい？確かにどっちも出来るがね」
「へばりつきそうだなぁ……でも、そこがイイのかな？」
イアンが、傾げたキングの首を追うように、耳の下を鼻でこづくと身をすくめてくすぐったがった。
「どうせなら、あっちに使ってみたい、かも……」
「そりゃいったい、どんなプレイなんだい？」
「さあ……、ね」
キングの囁きはだんだんねっとりとしたものへと変わっていった。
「立てないんだろう？」
イアンがそう聞けば。
「抱いていって」
すましてキングは答えた。たとえようもなく蠱惑的な瞳でイアンを挑発しながら。
命令に、逆らったことなどただの一度もなかった。このときも、また。
とりあえず今は、古びて波打つガムテープに、出番はまだなさそうだった。
444444HIT記念リクエスト『強めの慰安』でした。
材料屋さんリクエストどうもありがとうございました〜♪
何故か『強い慰安』と聞いて連想したのが
かくれんぼとじゃんけんに強い慰安でした……
私の慰安観を象徴したエピソードなのか？（笑）
キングがからむと、あまり、あまり格好よくなってくれない
慰安ですが、気に入っていただければ幸い至極♪