花を添えて |
「馳夫さんどこに行くんですか？」
「そんなにたくさん花なんか持って」
若い頃に比べれば、格段に落ち着いていたが、それでも持って生まれた性格は変わらない。メリーもピピンも相変わらずアラゴルンのことを『馳夫さん』と呼ぶし、彼ら以外にはもう使わなくなってしまったその呼び方を、ゴンドールの王はとても愛していた。
「あんたたちも一緒に行くかね？」
そういう訳ではなくとも、ホビットの低い身長では、背の高いアラゴルンに、２人はまとわりついているように見えた。遠目に見ればきっと、ゴンドールを復興させた偉大なる王に、小さな子が慕って側近くにいるように見えたことだろう。
「馳夫さんに花……」
「それで僕たちにも一緒に来ないかってことは……」
アラゴルンの出した、謎のようなものの答えを出そうと、懸命に考える２人をアラゴルンは微笑ましく眺めていた。その間も歩みは止めず（ゆっくりめにはしていたが）、メリーとピピンもその歩みにちょこちょことついていったていた。
時があれから、６０年以上もたっているなどとは、にわかには信じられないほどこうしていれば変わらなかった。「とかなんとか言っているうちに」
「こっちへ向かっているということは行く先は」
『ラス・ディネン？』
「そう。今日は誕生日なのでね」
「馳夫さんの？」
「おめでとうは今朝言ったよね？」
「今晩はお祝いの宴会なんだよね？」
「ご馳走なんだよね？」
「そうだよ。楽しみに待っているようにね。厨房も張り切っているよ。君らはよく食べてくれるので、作り甲斐があるからと」
お祝いは今朝真っ先に上げた２人だった。贈り贈られるのが好きなホビットのこと、誕生日とかちょっとした記念日を忘れるホビットなんていやしない。そもそも彼らの出会うきっかけになった指輪戦争関係だけでも、この時期はいろいろなことがあった。ついこの間も、追悼の宴会をしたばかりだった。「わたしの誕生日と言うこともあるけどね、今日はデネソールの誕生日でもあったんだ」
代々の執政が祀られていた廟所は一度焼失してしまっていたので、復興なったゴンドールの名において作り直された。そうは言っても遺骸も墓もすべて燃えてしまったので、跡地にまとめて慰霊塔を建てた。墓をたてようにも遺体のないあの戦いで亡くなったものも多くいたし、アラゴルンの父祖の墓もこちらに移送するわけにもいかなかったので、いくつかの慰霊塔をまとめて立ててある箇所となっていた。以前の廟所とは違って、門番こそはいたが、ミナス・ティリスの誰でも出入りは自由だったので、その場所に花が絶えることはなかった。
「命日に詣でるのもいいが、たまには誕生日にと思ってね」
ついでに近々に命日のある方々へも一緒に済ませてしまおうかと不精なことを思っていて、とアラゴルンは笑った。
「そっか、デネソール候にも誕生日があったんだねぇ」
「僕は結局お目にかかれなかったんだよな。ピピンやファラミアに話を聞いただけで」
「わたしも晩年のデネソール殿にはお会いできなかったな。ソロンギルとしてエクセリオン殿にお仕えしていた頃のことしか」
「うーん……会えなくて残念な人かと言うと……うーん、人それぞれかなぁ」
「お若い頃から難しい方だったしな」
主人の息子として出会ったからなのか、王という至高の存在になっても、どうも敬語が抜けないようだった。『あの時は大変だったね』とは誰も言わなかった。言う必要もなかったし、大変なのが当たり前の時代だったせいもある。
「わたしはあまり快く思われていなかったものだから、誕生日が同じと知れてたいそうご立腹されていたものだよ」
「そんなの馳夫さんのせいじゃないじゃない」
「了見狭いねぇ」
「難しい方だったと言ったろう？」
苦笑しながらもアラゴルンは、もっともなことを言う２人をいさめた。なにもかもがもう、１００年以上も前のことだった。
その頃感じたさまざまな悪しき感情は時の流れによって洗い流され、今はただ、すべてが懐かしかった。……まあたいていは。
「若い頃からそうだったの？お年でああなった訳じゃなかったんだ性格だったんだ……」
ぶつぶつと呟くピピンは放っておいて、メリーはアラゴルンにねだった。
「どんなだったんですか？良かったら聞かせてくださいよ、馳夫さん」
「年寄りの昔話は長くなるぞ」
「いいですよ！年齢なら負けませんからね！」
「そうかな？それじゃあ……」
「ソロンギルさま、誕生日を教えてくださらないこと？」
怖じ気なくそんなことを当人に向かって言える者は多くはなかった。１にデネソール、２にソロンギルと言われるほど、ミナス・ティリスでは話し掛けにくいとされている一人には特に。
「フィンドゥイラス様、どうされたのですか？ わたし如きの生まれた日がどうしたというのです？」
多分本気で言っているのだろう。デネソールは歯牙にもかけないし、ソロンギルは分かっていないのだ。女たちから向けられる、熱意ある視線の意味を。
「あら、好いた方の生まれた日を知りたいと思うのは女心というものよ。もちろん色めいた意味ではないけれど、私もあなたのことは好きだし、他にもあなたのことをそう思っている人はたくさんいるということよ」
ほら、キリキリ白状なさい、とにこやかに笑ってはいるものの、フィンドゥイラスに押されて、内心かなりたじたじとなっているソロンギルだった。
「しかしフィンドゥイラス様にはデネソール殿という婚約者がおいでですし……」
誤解を招くような言動は慎んだ方が、と暗に言って聞くようなら、誰も苦労はしないのだった。「国の人気者の誕生日を知りたいくらいがなんだというの？侍女を助け、助けられた仲ではないの」
さ、早く言って言って、とまったく理由になっていない縁を申し立ててフィンドゥイラスはソロンギルを急かした。
ゴンドールに仕官に来る途中、ドル・アムロスに立ち寄り、散歩中だったフィンドゥイラスの侍女が水に落ちたのを助けたのは確かだった。確かだがその縁を盾にしようとするならば、人命救助をしたソロンギルの方であるはずだった。それで追いつめられてしまうのも、ソロンギルならではだったが。
「早く言ってしまって楽になった方が良いわよ。私はあなたの答えを聞くまで離しませんからね」
まだ娘むすめしたフィンドゥイラスは近頃ようやく大人用のドレスを身に纏うようになった。それでも元気の良いのは変わらずに、ミナス・ティリスでもドル・アムロスに劣らず人々に愛されていた。
「…………３月１日です」
ですがどうかそれはご内聞に、とでも言いたげなほどに頼りない声音でソロンギルは白状した。そうしなければフィンドゥイラスのこと故本当に、話すまで立ち去ることを許さないであろうと思われたからだった。「まあ３月１日！？」
しかしそんなソロンギルの心遣いも無に帰すように、フィンドゥイラスは叫んだ。
２人がいたのは人も通る中庭の回廊だったので、２人の身分をはばかってはいたものの、通りすがりの者がその声に振り返るほどだった。
「今日ではないの！しかも！！」
「――――私と同じだな」
フィンドゥイラスの言葉を引き取るように声がかかった。後ろからやってきたにも関わらず、ソロンギルもその存在に気付けなかった。いくらフィンドゥイラスと話しをしていたからといって、そしてそのせいで弱りきっていたからといって、そういう相手は多くはなかった。特にこのゴンドールにおいては。
「まあデネソールさま！お聞きになりまして？驚いたことですわね！」
ソロンギルに対してどうして言わなかったのかとか、デネソールに対して人の話を聞くとは、とはフィンドゥイラスは一言も言わなかった。詰めの甘かったこともあったが、どちらも双方の性格ゆえのことだったからだった。「――――は？」
「ソロンギル、あなたの誕生日はデネソールさまと同じなのよ、まったく奇遇ねぇ」
デネソールはそれには何も言わなかった。しかし、小馬鹿にしたような笑みをもらした意味は明白だった。
「まあまあまあ、それにしても今日だなんて。贈り物の用意が間に合わないわ」
「い、いえ別に……」
欲しくありませんからといえば角が立つし、どう言えばフィンドゥイラスの申し出を固辞できるのかソロンギルが考えていると。
「変えろ」
「――――は？」
「同じ日だなどとは不愉快だ。誕生日を変えろ」
「と、言われましても母とも相談いたしませんと……」
抜けボケているソロンギルだった。
「何を無茶なことをいってらっしゃるの！デネソールさま、人の生まれた日を変えられる訳ないでしょう！ソロンギル、あなたもそんなことを真剣に検討しないで良いの！」
「はい……」
デネソールはそっぽ向いていた。それでも、口を出さなかったということは、フィンドゥイラスの言うことに従っているということだった。「こんなものしかないけれど、良かったら受け取ってちょうだい、ソロンギル」
そう言ってフィンドゥイラスは手にしていた小さな花を渡した。
「良い香りがするのよ。立派な剣士に花なんてと思われるかもしれないけれど、私はこれが大好きなの。この匂いを嗅ぐとすっきりするわ」
「そんな地味な花を好きなのは、若い娘にしては珍しいぞ」
「人は人、私は私ですわ。はい、ソロンギルどうぞ」
そう言って、フィンドゥイラスは小さな白い花をソロンギルに渡した。
「薬草にもお詳しいと言うことだから、名前もご存知かもしれないわね」
「はい。知っています、これは――――」
「アセラス――――王の葉、と言うのだそうよ。良い香りでしょう？」
「フィンドゥイラスさんてお茶目な人だったんだねぇ」
「デネソール候と結婚するんだからそのくらいでないと駄目だったかもしれないねぇ」
「外見はファラミアが、性格はボロミアが少し似ていらしたよ」
「ははは、そりゃ楽しそうだ」
「元気のいい人みたいだね」
「そうだな、いつも明るい方だったよ」
「あ、見えてきた！」
「あれはファラミアかな？先を越されたようだね」
「門番さんこんにちは！」
かつてのように閉ざす為の門番ではない、明るく挨拶して彼らは通っていった。
長生きしていれば、毎日が記念日のようなものだった。ただ、良いのもあるし悪いのもあるだけということ。
ずっといて欲しかった人もいるし、そうでもなかった人もいる。約束された永遠は、エルフならぬ身ではないけれど。
終わりもそう先のことではなく、それも悪くないかなと思えるほどの越し方で。
今はとりあえず。「今晩のご馳走なんだろうねぇ！」
「３時のお茶にはスポンジケーキが出るといいね！」
「食べられればなんでもいいんだが」
『もう！馳夫さんは張り合いがないなぁ！！』
身近な喜びを楽しもう。
アラゴルンの『娘は４人』ネタ同様、
いつかどこかで『デネソールの誕生日はアラゴルンと一緒』
と聞いたような気が……。気のせいか？
なにはともあれアラゴルンの誕生日おめでとう！
ギルラインさんその節はおつかれさま！
命日でもあるというのは、とりあえずはスルーの方向で（苦笑）。