◆裂け谷エステル通信◆
第２号
記者：ハルバラド
今日はいよいよ裂け谷を後にする日だった。
名残は尽きぬが、私にエステル様が御成人なさるまで、ドゥネダインを纏め上げるという仕事がある。
生涯を賭すことになろうとも悔いのない、重大な役目だ。
それを思えばエステル様とのしばしの別れなど、何ほどのこともない。
本当に何ほどこともないというに！
「ハルバラド、道中くれぐれも気をつけてね」
「はい」
「ほら、エステル、ハルバラドにお別れを言いなさい」
「ばー、ばー」
私のことを呼びながら、エステル様は愛らしさに卒倒しそうな小さな手を振ってくださった。
こんなに幼いのに、なんという情け深さだろう！きっと将来は、民人の心を知る、立派な族長であり、王になられることだろう。
「はい、エステル、ハルバラドをお別れのあくしゅ〜」
その御手のやわらかいことといったらもう！こちらまで蕩けてしまいそうだった。「ハルバラド！準備はいいかい？」
「はい、グロールフィンデル殿。今参ります」
裂け谷家中でももっとも力ある上のエルフの１人であるグロールフィンデルだった。
そのありあまるほどの力ゆえか、彼はよく裂け谷を出て、我らドゥネダインと行動をともにしたり、偵察行めいた旅をしているようだった。
語り継がれるアングマールの魔王との戦いでアルノールに尽力してくれたこのエルフは、ドゥネダインの中でも、エルロンド卿に続く敬愛を受けていた。おおむねは。
「それではエステル、ちょっとハルバラドを送ってくるからね」
「ぐぅおーるひんでう〜」
「そうそう、大分上手になったね」
な、なんと！？
私がまだ『ばー』のままであるというのに、いつのまに『ぐぉー』からそこまで出世を！？
不覚にも驚愕が顔に表れてしまったのだろうか、グロールフィンデルが得意そうな表情を浮かべたのを、私は見逃さなかった。「さぁさ！追い出すようで悪いけれど、遅くなってしまうわよ、ハルバラド。グロールフィンデル様も」
「そうですね、ギルライン殿。あなたのおっしゃることは、いつも正しい。それでは出立することにしようか、ハルバラド」
「はい。それでは、ギルライン様」
「皆にもよろしく伝えて頂戴」
「はっ！」
こうして私とグロールフィンデルはおおいに後ろ髪を引かれながら、裂け谷を後にしたのだった――――。
「ふぅ〜、やれやれやっと行ったわね、エステル。『それでは、それでは』ってもう１時間も立ちっぱなしよ、疲れちゃったわ！さぁ、あなたも私もおやつにしましょうね〜。今日はね、エルラダン様とエルロヒア様の持ってきてくれたおいしい果物で作った特製パイよ。おいしくって、エステルのほっぺたおちちゃうから〜」
「わ〜！」
……私、ハルバラドさん好きなはずなんだけどなぁ……？
それがどうしてこんなに『エステルバカ』に？
エルフはいいのよ、エルフは……。
だって属性に『エステル好き♪』が含まれているんだもん（笑）。