To
be，
or not to be．
（これは……）
神父は入ってくるなり感じた違和感の正体に気付いた。否、気付かざるを得なかった。
「え？あ、あ、神父さま、こ、これは……！」
信徒のための席の奥深くに、彼らはいた。１人は、教区の近頃はまめまめしく足を運ぶようになった男、そしてもう１人は――――。
「こ、これは……」
男はとりつくろいようのない現場を押さえられた動揺から、意味のある言葉を紡げないでいた。
顔色は紙のように白く、もとから抜けるように白い、残る１人と大差ないように見えた。
神父はまだ無言でその光景を見詰めていた。否、何も言葉を発せられなかったのだ――――。聖堂にいた、今１人は教会の居候で、神父自身が行き倒れていた彼を助けたのだった。
記憶が曖昧で、該当する失踪人も捜索願も出ていなかったことから、いつの間にか教会の仕事を手伝わせるようになっていた。
身なりはともかく、挙措からも悪い育ちをしていたわけでもなさそうな居候に、神父は特に過去を尋ねたりはしなかった。
しかし男女ともにたいそうな人気があり教会活動に熱心になる人が増えた反面、毛嫌いする人もいて、なかなかに強烈な何かを持った人物だった。
確かに男であるはずなのに、どうかすると最高級の娼婦のような色香を振りまくことがあり、からかいまじりに一度ためしてみないか？という誘いをきっぱり断るのに、努力が必要な時もあるほどだった。
その彼が今、男に組み敷かれていた。いつもの黒づくめの衣服は引き裂かれ、ズボンは膝下までひき降ろされ、両足を抱えあげられ、まさに、今。
「あ、あ……、う、うわぁ――――っ！！」
視線の圧力に耐えかねたのか、男が叫びながら走っていった。誰にでも閉じられることのない扉が、荒々しく開けられ、そして閉じられた。
彼はまだ、きょとんとした顔をしていた。自分が何をされようとしていたか、分かっていない幼子のように。
「大丈夫かい？」
神父は彼に手を差し伸べた。まさか彼が、格好の獲物をひとつ、取り逃がしてしまったな、などと考えているとは思いもよらずに。
「ありがとう」
手を受けて、立ち上がろうとしながらも、ことさら衣服を直そうとはしていなかった。いつもそうで、羞恥心というものを、あまり持ち合わせていないようだった。
裸身のまま平気で人前に出られるし、こんなことになっても、まだ濡れている局所を隠そうともしない。「着替えてくるといい。ここは……」
なにがなし、圧迫感を感じて振り返った。胸元が裂けたままの服を、それでも多少取り繕った彼が立ってこちらを見ている。
何を言うでもない。ただ笑っているだけだ。それなのにどうして総毛立つような心地がするのか。
立ち上る何か。妖気、とでもいうような。まがまがしさと紙一重の、さからいようもない何か。
「まだ、試してみる気にならないか？ショーン・マーク・ビーン」
口元を、歪めるように笑っていた。その口元から、目が離せなくなるのは分かっていた。
「高潔な神父さま？」
この世のものとは思えない快楽を、あなたに与えることが出来ますよ？と古来魔物は人をそう誘ってきたのだった。
地位を名誉を金銭を人を快楽を。のぞく胸元はこころなしか膨らんで見え、確かに男であることははじめに介抱した時に分かっているのに、どうかすると違って見えることがある。
胸のふくらみを押し付けらrたことも。首が細くなり頬がまろやかになり腰がしまり、さあ私を抱きしめなさいと命令されるような。
神父はいつもそれを退けてきたけれど。
喉が干上がった。
もちろんそれは、冬の外出から帰ってきたばかりだからではなく。
握りしめた、手のひらを濡らしているのは汗。
もちろんそれは、日の差す聖堂の中が暖かいからばかりではなく。「ヴィゴ……」
神父は立つ彼のもとへ踏み出した。勝ち誇ったような、とよく表される笑みを浮かべた彼のほうへ。
腕にかけたコートを、しっかりと握りしめながら。
「ショーン」
熟れ切った果実が自然に落ちてくるのを待つように、彼は自分からは動かなかった。それが、神父にとってはありがたかった。でなければ。
「いつまでもそんな格好でいると風邪をひくよ」
神父は手にしていたコートで彼をくるんだ。そのまま強く、抱きしめる。骨も折れよとばかりに狂おしく。
それから額にキスを贈る。信者に贈るものと、それはまったく同じキスだった。
「ただいま」「おかえりさない、神父さま」
彼からはほんの少し苦笑がもれた。あせることはない、いつかきっと、とその吐息が語っているようだった。
そして神父の頬にキスを贈りかえした。
「着替えてきたらすぐにお茶を入れるから。仕度はもう出来ているんだ」
まだ腕をはなさない神父の背中を、やさしく何度かたたいた。それではじめて、神父の腕はゆるみ、彼はその小宇宙の中から抜け出した。
「試作品のパイがお茶請けだよ。自信作なんだ」
「それは楽しみだ、ヴィゴ」
ようやく霧散した。聖堂内に漂う、らしからぬよどんだ空気が。
どちらもさきほどの男のことは何も言わなかった。今は何も。
――――おそらくあとで、正気に返った神父から、『身持ち』と『隙』について、居候が説教を食らうことになろうとも。
チャットで出た『天使は両性具有』『男女どっちでも好きなようにマイナーチェンジ』
というところから思いつきたネタ。
ハジメテは『教会ほのぼの日記』にしようと思ってたんですけどね……（苦笑）。
未遂の人も気の毒に。相手が悪かったのよ、相手が（笑）。