SweetSuiteROOM
「誕生日おめでとう！」
その言葉を合図に、手にしたシャンパンのグラスを触れ合わせた。
それから、酒飲みにとってはほんの一口に等しいグラスの中身を、２人とも一息に飲み干した。
「くー、美味いっ！」
特別の日のお祝いの、とっておきのシャンパンも、庶民的な酒場で飲む黒ビールでも同じようにそう言うだろう恋人のリラックスした姿を、ショーンは眩しそうに見つめた。
「うん、よかった。これは当たりだったね」
同じ物を同じ場所で開けても味は違う。そのときそのときの一期一会の味を楽しむのが通とはいえ、せっかくのシャンパンが今ひとつの出来なのは嬉しいことではなかった。
「泡の出る酒は、何だって美味いさ、なぁ？」
新作映画のプレミアパーティで少し聞こし召してきているのかヴィゴはすでに出来上がっていた。それでも、あちこちでのプレミアや映画祭にと忙しくしているヴィゴが、自分の為にここにいてくれる幸せに感謝しながらショーンもシャンパンを今度は、ホテルそなえつけの、大降りのグラスになみなみと注いだ。
「賛成だね」
グラスを掲げてウィンクして見せるとたちまちヴィゴが真似をしようとして手を伸ばした。「あ、ずるいぞショーン！独り占め反対！」
いじわるするつもりはなかったけれど、もしかしたらそれは嘘だったかもしれない。一流ホテルのスイートルームをこの為にとった。
それなのに会ってキスして、ひとしきりいちゃいちゃして、旧交も新愛も何もかもごちゃまぜにしてあたためて、それからずっと床に座ったままだなんて、神が許してもホテルが許さないかもしれないという有様だった。
シャンパンこそ粛々と開けたものの、その後のことまで面倒みられないワ、とシャンパンの神様にも見捨てられてしまったようだった。
「わ、あぶない！」
「大人しくこっちにもよこせっ！」
シャンパンのボトルとグラスを持ったままのしかかって来る成人男性を防御するのは並大抵のことではなかった。
幸いなことに、転がされるのはふせいだものの、ボトルはしっかりとヴィゴの手の中だった。
絨毯に飲ませるには、もったいなさすぎる代物だった。
「やったー♪」
どんなに見たかったことだろう、ヴィゴのそのてらいのない、いたずらっこのような笑顔を。
どんなに触れたかったことだろう、その唇その髪その腕その身体。それが目の前にある喜び。「ヴィゴ……」
「うん？」
ボトルに直接口をつけてシャンパンをラッパ飲みするヴィゴの腕に手をかけた。そのまま引き寄せたら、怒るだろうと思ったからかけたところで止めにした。黄金色の泡の立つ液体が、喉が鳴るたびヴィゴの体内に消えていくのを目の当たりにするのは、なかなかの見物だった。
「会いたかった」
「俺も」
ぽろりともれたショーンの、本音中の本音に、ヴィゴも瞬きをひとつしてそう答えた。
「俺も、すごーく会いたかったよ、ショーン」
それから、あっという間に半分以上空にしたボトルを床に置いて抱きついた。ショーンもヴィゴにならって、グラスを床に置いた。プレミアでの精一杯の伊達男ぶりはどこへやら、Ｔシャツにジーンズという、くつろいだスタイルに切り替えていたヴィゴのシャツの裾から手を差し入れたショーンは、久しぶりの感触に眉をしかめた。「少し痩せたかい？」
「そんなことを言うのはあんたくらいだよ」
はぐらかしたのか図星なのか、ショーンの膝に乗るような格好になったヴィゴは、抱えたショーンの頭を撫ぜ、たまらない表情でキスをした。
「ああ……あんたの味だ……」
酒の味の間違いでは？というくらい、ヴィゴの息は酒臭かったが黙っていた。互いの存在に感触に味に飢えていたのは、どちらも同じだからだった。
「……君の匂いだ……」
自分はまだ相手にとって魅力ある存在なのかどうかの確認は、とても大事なことだった。滅多に会えないならなおさらのこと。
「ああもう、どこにも行きたくなくなるよ……」
「ヴィゴ……」
それはどちらも同じだった。
「ここで……？」
「すまない……我慢できなくなった……」
ロンドンに来たとき、アメリカに来たときは必ず会うようにはしていた。どうかするとヨーロッパ大陸でだって。
それでも、足りなかったし、もしかしたら、一緒に暮らせるようになったってまだ足りないのかもしれなかった。
「……いいさ、…どこでも……あ……」
「ヴィゴ……ヴィゴ……」
どちらも世界を飛び回っている俳優で、相手のこともとても大事だったが、たつきの道である以上にこの仕事のことが気に入っていた。ヴィゴもショーンも、他にもそんな仕事や趣味を持っていたが。仕事も地縁もしがらみも、何もかも含めて相手を作っているのだから、それを捨てて欲しくはなかった。
「…ここ……ああ、あった……」
「……さすがはショーン、…用意がいい…」
膝の上でヴィゴがにやっと笑った。いつでどこでどんな風に始まるか分からないから身についた習慣を笑ってのことではないと分かっているからショーンも、色悪のような笑みを返した。膝の上でヴィゴが、軽く達するほどにぞくぞくと感じるのが分かった。ヴィゴはほんの時たま見せるショーンの、そんな意外な一面に弱かった。意外性という奴は曲者で、あらゆる場所に潜み、ある日突然足元をすくうから始末が悪かった。
「そりゃそうさ……君とこうしたかったら……これくらいは……」
「………っ」
本当に達しそうになったからヴィゴは、自分で自分を抑えた。ジェルつきスキンの袋を歯で噛み破るのに忙しかったショーンはそれを見てまた笑った。なんだかイニシアチブを握られたようで癪だったが、たまにはそれもいいかと仰のいて喘いだ。髪を振り乱すようにするとショーンが興奮するのは、ヴィゴにも分かっていた。
１０年。
もうじき出会って１０年になる。その積み重ねが作った知識の蓄積だった。
「……っ」
ジェルが体温と同じ温度になっていようと、ショーンの指が辛抱強くそのまわりを撫でて気持ちをほぐしてやわらげようとしていようと、突き立てられるその瞬間は身構えてしまう。何年たってもそれは変わらなくて。
じわりと広げられていく感覚は、たとえることなど出来なかった。「ヴィゴ……？」
「……は……」
ショーンが声をかけてくれたことで、自分がどれほど息をつめていたのかが分かった。
ゆっくり息を吐くと、体内にあるショーンの指を、すごくリアルに感じることとなった。
「……あ……ぁ……」
それが快感であることを、言葉で伝えるのは難しかったから、あなたで自分はこんなに感じてますということを示すためにヴィゴは、ショーンのことだけを見つめていた。
「…ヴィゴ……」
自分はたいしてしゃべれないでいるし、ショーンは壊れたオルゴールのようにヴィゴの名前を繰り返すだけだ。１０年の間に、それだけでお互いに何を感じているか読み取ることに長けたように思う。１０年。その年月が長いか短いかは、これからの人生が決めてくれるだろう。
「ヴィゴ？」
うっすら笑ったヴィゴに、ショーンがいぶかしんで問いかけた。
「…もう…いいから……来い、よ……」
ショーンの肩に腕を回して、ゆっくりと唇を舐めた。それからショーンの額にキスをして、それから鼻に。
最後には唇に行くと思わせて、もう片方の手の、いとしい指にキスをした。「それとも……」
ショーンのことも放っておいたわけではなかった。膝や腿で触れてもいたし、勃起したものでこすりあったりもしていたから、どんな状態になっているかは分かっていた。どちらももう充分に、準備が整っているということも。
「……舐めてやらないと、ダメ、か……？」
それもいいような気もしたが、今は違う場所にショーンが欲しかった。ショーンがどちらを望むかは、分からなかったが。ぺろりと出した舌で指をぬらし、すでに準備は万端整っているように思えるショーンに伸ばそうとした手を掴まれた。
「君はずるい」
怒ったように眉間に皺を寄せてショーンは言った。
「……どうして……？」
この先を予感させるように揺れる膝の上は、最高の乗り物だった。ずっと乗っていたくなって、困ってしまう悪い乗り物だった。
「……これ以上人をその気にさせてどうしようっていうんだ、い？」
そんなことは決まっていた。
「まさか、……分からないとか、言う、気か…？」
ショーンを浴びるほどにもらって、骨も残さないほど貪ってもらう、それ以外に何を望むことがあるというのか。「ああ、もう……」
「…それは…こっちの、セリフ、だ……」
望んだものに貫かれる悦びを思って、すでにうちふるえているヴィゴにそれは突き立てられた。
音がしそうなほどに遠慮のないそれの熱量は、いつだってヴィゴと狂喜させ満ち足りた気分にさせた。
ようやく完全な自分になれたような充足感に喉を鳴らしていると、その喉に噛みつかれた。
「――――っ！」
喉の奥で悲鳴を上げると、ショーンの指が痛いほど背中に食い込んだ。このまま骨が折られるんじゃないかと思ったことが何度もあった。その度に、自分はこんなにも求められているんだと恍惚となっていることを誰が知るだろう？突き上げられるたびに揺れ、揺すぶられるたびに乱れ、もっと奥をもっと強くと知りを浮かせては落とした。
指が痛むのは、ショーンの身体に爪を立ててしまったせいだろう。後で謝っておかなくてはと思っていられるのはこの辺までだった。やがて何もかもなくなって、ヴィゴでもショーンでもないモノに成り果てて、互いを貪りより深い快感を得ることしか考えられなくなる瞬間がやってくる。でもそれは、この相手からでないと得られない快楽で、言葉も要らず確認も必要のないその高みに、もうじきたどりつけるはずだった。
当然といえば当たり前のことだったが。
「腹減った」
一戦終えたヴィゴはそう言った。それはそのまま、ショーンの気持ちでもあったから、ヴィゴをシャワールームに押し込んでいる間に、ギリギリ間に合ったルームサービスを頼むことにした。
「ビール頼んどいてくれよー」
「樽で頼むよ」
そう軽口を交わしているうちに、ある品物が目に止まった。
「……はい、はいそれでお願いします。はい、ええ、テーブルに齧りつかないうちにお願いします。ええ、大至急で」
「いくらなんでもテーブルは食べないぞ？」
「早いね、ヴィゴ」
ちょうど電話を切るところだったので、オーダーの内容を聞かれたのかと一瞬ぎくりとした。驚かせるというほどたいしたものではないが、出来れば予備知識なしで見て欲しいものだった。
「浴びただけだから。あんたも行って来いよ」
「それじゃ急いで行ってくるとするか。ルームサービスが来る前に」
「来たら受け取っておいてやるよ」
「先に全部平らげるためにかい？」
「ばれたか」
そんな他愛もない会話も、楽しくて楽しくて。どうにかショーンもルームサービスに間に合うことが出来た。
気にするから気になるのであって、いくら男同士でスイートルームでもおかしくはなかったし、２人ともバスローブで何のいけないことがあろうか備え付けのものなのにと、最近は開き直ることが出来るようになっていた。つきあい始めたばかりの頃は、一緒にいることにすら過敏になって、１人が隠れたりしていたものだった。今にして思えば何をそんなに気を回していたのか分からなかった。
「バースデーに！」
サンドイッチにチーズとオリーブ、サラダにオードブルの盛り合わせとスープ、時間が時間なので、量は多いが内容は軽めにしておいた料理を前に、もう一度ビールで乾杯することにした。
「ちょっと早いけどね」
「悪いな。当日はちょっと……」
「構わないよ、つけておくから」
「怖いな、それは」
そんな言葉を交わせることが、嬉しくて嬉しくて。身体を合わせることと、どちらが好きで嬉しいかと問われれば、どちらも大事と答えるしかないほどだった。
「これまでのバースデーに」
ショーンが何度目になるのか、またグラスを掲げた。「ショーン？」
「それから、これからのバースデーに」
「なんでそんなに……」
「これからはずっと祝うつもりだけど、これまでの分はもう祝えないからね」
「それは……仕方ないだろう？」
自分だってショーンの、すべての誕生日をその場で祝えたわけではないのだから。
「でも一度、祝ってみたかったんだ。ちょうど１０年になるからね」
気が済んだ、と新たな酒を飲みながら告げるショーンに、もうそんなにたったのか！とあっという間に過ぎたような気のする年月に驚いてしまうヴィゴだった。
「そうだ、１０年だ。でもその前の君のことは知らないからね」
しれっとそう言うショーンは、相当に酔っているようでもあった。
「君の生誕の場にだって、いたかった」
そんなことをまで言うもんだから、思わずヴィゴも笑ってしまった。
「あんたまだ生まれてないだろう？」
「それが何か？」あの運命の映画の撮影から１０年たっていた。
もう１０年と言うべきか、まだ１０年と言うべきか。
「何度でも言うさ。ハッピーバースディ、ヴィゴ。……生まれてきてくれて、ありがとう本当に」
「……照れる、な。そんな風に言われると……」
嬉しいけどと頭をかくヴィゴの前に、もうひとつ頼んでおいたルームサービスを取り出した。
「願いごとはなんだい、ヴィゴ？」
「ショーン……ケーキまで」
「プレゼントは別に用意してあるから、安心して食べてくれていいよ」
「そいつは……ありがたい……、けど……」
「けど？」
「こんなに食べたら太らないか？」
「君はもう少し太るべきだよ」
重々しくショーンは言った。さらにこう付け加えることも忘れなかった。
「人にばっかり抱きごこちのよさを求めないでね」
「いつもホテルですまないね」
「でもここなら、人目を気にしないでいきなりこんなことを始めてもＯＫだし」
ショーン赤面。
あ、元に戻っちゃった。そんなやりとりがあってもいいかもしれない、
ホテルで逢引ハッピーバースディヴィゴ！です。
もしかしたらそろそろ撮影開始から１０年くらいたつんじゃない？
昔の手帳には載ってるかもしれないけど、とりあえずネットで
と調べてみたらＰＪの略年表に出てました。ネットってホント便利！
もう１0年たつんですね〜。
『旅の仲間』がついこの間のような気がするのに。
この調子だと、映画公開から10年とかもすぐ来そうですね。
それにしても、えっちシーンが入る予定はなかったんだけどなぁ。