くちびるを噛みしめていられたのは始めのうちだけだった。
じきにエリックのくちびるは解け、獣が吼えたてるように、ひっきりなしに喘ぐ羽目になったのだった。
「あ……ブラッ…ドォ……あ……もっ、と…」
言うまでもなくブラッドは答えた。
「ここか？……それとも、こう？」
エリックの答えは悲鳴のような高い嬌声だった。
ここは誰もが知っているというわけではないが、それなりに知られたリゾート地だった。エリックとブラッドはそこへ骨休めのためのバカンスにやって来たのだった。
お昼をすっかりまわってから着いて、荷物を置くや否や抱き合って、熱烈なキスを交わしたままもつれあうようにして倒れこんで、
ベッドにも辿り着けずにその場所で、あわただしく脱がせあったりなんかしてしまったのだった。
考えてみれば何も、１０年ぶりだとか、ここでしか会えないとか、人目をはばかる仲だとかいうのでもなんでもなかった。
ただ自分たちとしては禁欲が長かっただけだった。もうずいぶんとこんな風に、時間を気にせず抱き合ったり出来なくて、
とうとうそれがここでは心配する必要がないのだと思うとついついがっつくような真似をしてしまったのだった。何しろここへ来るにあたっても、
電話やメール、果ては手紙のやりとりが主な状態で、この旅行のことを決めたので、
間際までバタバタしてしまったために空港で集合となったくらいだった。
行き先はどこでもよかった。もぎとるようにしてとった１ヶ月ばかりの長い休みを２人でゆっくりすごすことが出来るなら。
ただ家にいると、なにかしら連絡が入ったり小さな仕事が入ったりしそうで、それで出かけることにしたのだった。
かんたんな荷物だけを手に空港で再会したときは思わず、駆け落ち相手とようやく落ち合うことが出来たかのようなほど、気分が昂ぶったものだった。
まずは風呂に入って着替えてゆっくりと昼寝なんかして……とかいった心積もりはみんなふっとんでいってしまった。あるのはただ、
たまらなく相手が欲しいという気持ちだけだった。
「ん……ん……っ」
下だけを脱がせて上に着ていたシャツは、肌蹴ただけでまだエリックの腕にわだかまっていた。
「エリック……エリ…ック……う…っ」
後ろからエリックの腰を掴んで、手荒くゆさぶった。そうしなければとてもおさまりそうもなかった。ぶつけようとするかのように、
自分を打ち込んでいたし、エリックからの動きを待てずさらうように引き寄せた。汗が飛び散って、口に入ったし、目にも入りそうになった。
それすら気にならなかった。自分の得ていることが、快楽なのかどうかも、呻くエリックが感じているのがなんなのかも気にならなかった。
ただエリックが欲しくて、ひたすらにエリックをむさぼっていた。
「ブラ……ブラッ…、ド……あ……あぁ……っ」
どうやらエリックのほうもブラッドに飢えていたようで、２人きりになった途端ブラッドが性急に腕を掴んで引き寄せたときも驚きはしなかったし、
ブラッドがもう片方の手で素早く頬を捉えて飢えた様子でキスを仕掛けたときも大人しく目を閉じていたし、
抑えきれない欲望のままに下半身を押し付けたときも逃げるどころか反対に、足を絡めてみせさえしたのだった。
ブラッドはせわしなくエリックの裸身をまさぐった。きれいな筋肉のついているなめらかな背中のラインはもちろんのこと、
ブラッドを熱く締めつけて離さないよくひきしまった尻を撫でてエリックの震えを楽しんだし、噛みつかれるためにあるのではないかというような
盛り上がった肩に歯を立て、エリックをひときわ高く鳴かせ、のけぞらせもした。
エリックの昂ぶりからは、手を離せなかった。
そこが震えブラッドの手指を待ち、熱い蜜を滴らせながら少しずつ立ち上がっていく様子は、ブラッドをたいそう高揚させた。
そのさまを目で見て舌で確認し、口でも愛撫できないことが、残念でならなかった。エリックの胸で摘まれるのをまっているとしか思えない尖りを
濡れたこの指で摘み捏ねることしか出来ず、その反応を見ながら舐めねぶることは出来ないのだと思うと、この体勢になってしまったことが悔やまれてならなかった。
しかしそれは、次の機会に譲ればいいことだった。今はただ、熱く応えるこの身体を、思うさま喰らい尽くすだけだった。
「…エリック……あぁ……エリック……すご…い、……すご……ああぁっ！」
持っていかれそうだった。まぶたの裏に激しく光が乱舞した。エリックもそれは同じだったようで、小さく震えてはいたが、
それまでのように大きく動くことは出来ないようだった。
「ブラっ……い……いィ……いィいっ、あ……っ！」
どうやらエリックは、ほんの少し先に達してしまったようだった。しかしブラッドも法悦を極めるエリックの内部の、
すさまじいとしか言いようのない蠕動に導かれ、引きずられるようにして達したのだった。
「ふ……」
「ん……ぁ……」
エリックはそのままラグマットの敷かれた床に倒れこむようにして伏せたが、ブラッドはそのまま倒れこむわけにはいかず、
エリックからほんの少し身体をずらして隣合わせになった。汗まみれの涙まみれ、おまけに他の体液にまでまみれていることを考えると、
ギリギリの理性で引っ張ってきたシーツがラグの上に広げておいてよかったと思えた。思えたがしかし、
いきなりのこの有様に、ブラッドもエリックも照れ笑いを浮かべるしかなかった。
「いやー、……我ながら激しかったなぁ」
ごろんと仰向けに両手両足を大きく広げてブラッドは誰言うとなく呟いた。
「うん……自分でもちょっと驚いた。……こんなに餓えてたんだ……」
エリックは片腕を枕に横になった。ブラッドの姿がよく見えるように。
「嬉しいな、俺に？」
ブラッドもエリックの汗に光る顔を見て満足そうだった。
「……他に誰がいるって？」
その通りではあったけれど、あっさり認めるのも癪なので、エリックはちょっといじわるく言ったのだった。
「まるで昼ドラみたいだったよなぁ？」
しかしブラッドはエリックのそんな態度にも屈託なく笑って、伸ばした手の先でエリックの頬を撫でた。くすぐったそうに、
でも嬉しそうに撫でられながらエリックは、ブラッドの指をぺろりと舐めてみた。
「やめろよ〜、……まだおさまりきってないってのに」
口ではそう言っていても、恥ずかしそうに楽しそうに笑っているのでは効果はなかった。
「少し休むよ、もちろん。でもこれで終わるつもりじゃ、ないだろう？」
エリックはようやく弾む息を整えた胸を抱きこむように横たわって、蠱惑的に微笑んだ。
「そういうこと言う悪いクチは、どのクチかな？」
笑いながら、というよりも笑顔以外の表情が、２人とも、すっかり作れなくなってしまっていた。ブラッドはエリックの口の端をむにっとやると、
おもむろに手を伸ばし――――エリックの下半身、その、奥の奥まで指を伸ばした。
「こら……ぁ……」
咎めるのも、これも言葉だけのことだった。エリックの声や雰囲気には本当に拒む気配はなく、さっきまでの甘い余韻があるだけだった。
「どこさわってる、んだよ…、……ん…ぁ…ぁ…」
さきほどの余韻冷めやらぬどころか、いまだに埋み火のような感覚の残っている場所をソフトに撫でられてエリックは文句をつけながらも蕩けてうめいた。
「ろくに馴らしてる余裕もなかったもんな。怪我しなかったか？痛まなかったか？」
やさしいけれど直截なその言葉に、エリックは思わず赤くなった。しかし、こればかりは言わねば分からない。観念してエリックは言った。
「大丈夫、その……ちょっと驚いたし衝撃はあったけど……痛くはなかった。こんな風に」
そう言ってエリックはブラッドの胸を、少し力を込めて押した。
「押されたな、とは思うけど痛くはない、みたいな…感じ…だった」
気持ちが受け入れているから、身体もそれについてきているのだった。反対に、気持ちがついてこなければ、
そう上手くはいかないのだった。――――はじめてのときのように。
「よかった……」
ブラッドのいたずらな指は、さっき出来なかった分を取り返そうとでもいうように蠢いていた。
「ブラッド、もうやめて……」
ついにエリックが目を潤ませて懇願するまでそれは続いたのだった。
「…また……おかしくなっちゃうから……」
あんなに激しい交歓のあとすぐにまたでは、いくらなんでも身体がついていけないからとエリックは白状した。
「それは大歓迎なんだけどさ」
ブラッドの正直な感想に、エリックはたよりなく揺らしていた眦をつりあげた。
「いや……ここには、これからも世話になるだろ？おまえも俺も」
だからしっかり手当てをしておかないと、機嫌を損ねられたら困るから、とブラッドが結構本気で言うのにエリックは。
「……バカ」
嬉しいと恥ずかしいが相反するブラッドの言い分に、かわいらしく答えたのだった。
「やりたい盛りの頃じゃあるまいし……」
「だよなぁ。でもまあ、自由になる時間が１時間とないのに、たまたま会えたホテルで部屋を取って、あわただしくやったあのときに比べれば、まだまだ」
「………」
まったくその通りなのだったが、改めて言われたくないこともあるのだった。エリックはあのあと余韻がなかなか消えなくて、
後の仕事でたいそう苦労したのだった。そのときの様子を人から聞いたブラッドは、もう決して事後の色っぽいエリックを、
人目のある場所には出すまいと、堅く決心したのだった。たとえおかげでその後に、トイレの個室ででもいいから……っ！というところまで追い詰められたときに
とてつもない我慢を強いられることになったのだったが。
「そういえばあのときも我慢したんだよなぁ」
「何を？」
思い返せば、短い時間だというのにずいぶんいろんなことをされたという記憶しかなかった。
壁に寄りかかってズボンを蹴倒すようにして１回やったとか――――そして確かあの時も、事前準備なんて、どうにかしましたというほどしか
していなかったような――――シャワーを浴びて水の匂いをさせるわけにはいかなかったから、汗を拭きあっていたときにもちょっと
口でされてそれだけでは我慢できなくなったエリックが、乗っかるようにして第２ラウンドが始まってしまったとか。
とにかくなにか、がっつきまくっていた覚えしか、エリックにはなかったのだが、ブラッドは違うようだった。
「あそこを思い切り愛したいなぁ、って……口で」
「――――口だけ？」
「あと指と、あったら髭とかでも……」
「ブラッドちょっと変態入ってる？ああ、まあ、……いいか。おかしな器具を使いたいとかは言ってないし」
「器具？ローターやバナナにそんないいことさせてやるなんてもったいない」
「あながち冗談でもないところがこわい……」
「な、エリック、今したらダメか？」
いつの間にかブラッドの手は、後孔周辺だけではなく、エリックの昂ぶりやその周辺にまで及んでいた。何しろエリックの下生えまで、
愛ししそうに梳いているのだ。
「それはあとでね」
エリックはチャーミングにブラッドの懇願を退けた。
「えー」
「君はそれでいいかもしれないけどね。こっちはどうなるのさ、ずっと喘ぎっぱなしで君に触れないわけ？」
厳しく言ったエリックに。
「……そこがかわいいのに……」
思い出せばいつでもそれは、ブラッドの宝物のような記憶だった。
「このまえは君のリクエストに答えたんだから、今日はこっちの番！」
「で、何するの、エリック？」
「こうするのさ」
そろそろ体力の回復してきたエリックは身軽く起き上がり、顔を向けているブラッドの腕を取って歩かせた。
「どこ行こうっての？外？プール？」
それもまた、素敵なプレイだけど、とブラッドは言った。こいついつかやろうと思ってるな、とエリックは胸に刻みつけた。
「誰がそんなとこに。ここで充分」
そう言ってエリックがブラッドを連れてきたのは、きれいにしつらえてあるベッドだった。そこへブラッドを仰向けにさせると、腰を跨ぐようにして膝立ちになった。
エリックの意図を知って、ブラッドも笑った。
「覚悟はいいかな、ボーイ？」
笑ってエリックが言った、それが２回戦の始まりの合図だった。
「すご、い……いい眺め……」
ブラッドにのっかったエリックは、自分を擦りつけるようにしながらブラッドを愛撫し始めた。
「すぐに終わる。いい子だから我慢するんだぜ、ボーイ？」
歳で言えば、ブラッドのほうが年上なのに、子供扱いして年下を、手玉に取るおねえさまのように跨っているエリックがかわいくて、
くすくす笑いが止まらなかった。
「……どうしてなんだろうな……」
ブラッドの、金色だからあまり目だない胸毛ごと胸を、舌が見えるようにざらりと舐め上げながらエリックは言った。
「なに、が……」
ブラッドも、エリックの髪を梳きながら頭皮を愛撫したり、肩や腕を抓むように揉むように撫でていた。
「くっついてるのはここだけなのに……、どうしてこんなに気持ちいいんだろう？……全部気持ちいいじゃないか……」
「愛してるからじゃない？」
ブラッドはあっさりそう言った。答えが簡単なのには訳があった。
「……それを言ったら……」
「ところでエリックさん？」
「なに？」
「そろそろ……限界なんですけど」
「ああ、これ」
エリックは位置的に胸に当たっているブラッドのものを、わざと挟み込むようにして擦った。
「…う…わ……あのそれもイイんですが……出来れば、どちらかに挿れたいと……」
「どっちに？」
エリックはわざと焦らしてそう言った。内心ブラッドの言うとおり、挿れたくて仕様がないということを隠して。
「そりゃもちろん……」
「オーケー……」
ブラッドが指定した場所へ、ブラッド自身を迎え入れるために、繋がっているのはそこだけなのに、全身快楽で染まるための準備を
エリックはゆっくりとし始めた。
「あ……」
焦らしているのではなく、味わうためにゆっくりとした動きになってしまうのを、ブラッドも同じように愉しんでいた。
「……サイコウの眺め……」
「バカ……」
腰を上げて、ブラッドにもよく見えるようにして飲み込んでいくエリックの姿を見ることは、至福のひとときだった。自分が性急に挿れるときもエリックは
それは素晴らしかったが、こうして自分から動くときのよさはまた格別だった。
「ああもう……よすぎて、……どうしよう……本物だ……」
「それはどうも……」
ゆっくりとじっくりと。互いで互いを味わって。
「エリック、は……？」
「もちろん……」
続く言葉は、ブラッドの耳にだけこっそりと吹き込まれたのだった。
ウェルカムシャンパンでいい気持ちになりながら夕飯を食べた。
ここのところ忙しかったから、少し長い休暇を楽しもうというコンセプトにぴったりのコテージだった。
ひとつひとつの建物は独立していてプールなんかもついてるけど、ホテルの一部なのでサービスは充分だしと、のんびりしに来るには最適のリゾートだった。
そこで迎えた最初の夜に、初めてなのに居心地良くてすっかりくつろいでとろとろになって、シャンパンを飲みながらキスして抱きしめあって、
それはもう、充実した愛の一夜を過ごしたのだった。
「あれま、ブラッド。外が真っ白だよ」
欧米風に言えばカーテンにあたる布をかきわけて、今日の天気を偵察しにいったエリックは言った。
「真っ白？雪か？」
エリックの立つ、欧米風に言えば窓辺からさらに紗一枚奥のベッドでうつぶせに寝そべっていたブラッドは
見事な筋肉のついた背中のラインを惜しげもなく曝しながらぼやいた。髪をかきあげたのがスイッチだったわけでもないだろうが、
あくびまじりのコメントとなった。
「こんな南国で雪なんか降るわけないだろ、ロスじゃないんだよ、霧だよ。靄かもしれないけど。うわぁ、すごい。
隣のコテージも見えないよ、すごいなぁ」
「霧？」
「面白いから君も見てみなよ」
エリックの呼びかけに、ブラッドは寝ぼけ眼で起きだしてきた。あちこちボリボリと掻きながらのその姿はとても、
ハリウッドに君臨するセレブリティには見えないな、とエリックは笑った。
「どれ？」
言ってブラッドは、部屋備え付けのローブを羽織り軽く合わせただけのエリックを後ろから抱きこんだ。
「こらこら、朝から懐かない。君も何か着たら？いくらなんでもその格好じゃ、見てるほうが風邪引きそうだよ」
エリックの至極最もな意見も、すっかりバカンス気分に染まってしまっているブラッドには効きそうにもなかった。
「うん……今日もいい手触り……」
あちこち撫で回すだけでは飽き足らず、本格的に愛撫まで発展させるつもりなのかブラッドは、キスまでしかけてきた。
それにはしようがないなと応えたものの、問題の靄には一顧だにくれず、エリックに懐くことにだけ専念しているブラッドの手を、軽く叩いてみせたのだった。
「こーら、どこ触ってるんだよ」
その軽い拒絶が、ブラッドに火をつけてしまったようだった。
「どこって、そりゃあ……」
ブラッドはにやにや笑いながら布越しにエリックの感触を楽しむことをやめようとはしなかった。それどころか、いたずらはもっと進み、
ローブのあわせやさほど長くもない裾から手を差し入れはじめたのだった。
「こらって……あ…っ……抓るなってば…摘むな、揉むのもダメ！」
何しろローブの下はまったくの素裸なのだ。ブラッド同様、昨夜は何も着ないで寝てしまった。
「エリックのケチ」
ぶつぶつ言いながら、それでもブラッドはもはや布越しではなくエリックの肌に触れて、なおかつ耳元首筋に息を吹きかけたりキスしたりに忙しくしていた。
「せっかく２人きりの朝なんだろ？」
「いつだって２人きりだろ。バカンスに来てまでこれなのか？」
触っては来るもののブラッドも本当に朝からフルコースをやるつもりはないらしく、撫でたりさすったりつまんだり
キスしたりのスキンシップがしたいだけなのかもしれなかった。
「せっかくバカンスに来たんだから、思い切り愛欲に耽ろうぜ」
「いつも耽ってるだろ。のんびりするほうがいい」
エリックもそれが分かるものだから、ブラッドのさせたいようにさせていた。それでも、昨夜の興奮さめやらぬ場所に伸ばそうとした手には、
ぴしゃりと一撃を食らわせていた。
「これじゃ今日は出かけられないなぁ」
日の光を遮る霧でおおわれた空を、残念そうに眺めながらエリックは言った。
「だんだん晴れてくるかもよ」
エリックとはじめる気にしか見えないほど濃厚なスキンシップを楽しみながらブラッドは答えた。
それまでブラッドのしたいように撫でまわされていたエリックが、くるりと向き直った。
「ブラッド」
その表情は厳しく、南国リゾートに恋人とゆったりバカンスしに来たようには見えなかった。ブラッドはすっぽんぽんのまま、思わず姿勢を正した。
「誰が出かけたいって言った？これは確か、骨休めのバカンスだったよな？」
エリックの気迫に押されるようにして、ブラッドは首振り人形のようにコクコクとうなずいた。
「だったら」
エリックはいきなりブラッドの肩に腕をのせた。そのままエリックは、誘惑者の目でブラッドに笑いかけ、
抱き寄せるような素振りで肩をすくめながら言った。
「部屋でのんびりしようとかって思わないわけ？」
もちろんブラッドは、素直に誘惑されることにした。
「それとも」
ブラッドが、マウストゥマウス一歩手前までいったところでエリックは指を立ててキスを一時停止させた。
「一緒に過ごす相手に不満でもあるわけなのかな？」
エリックは笑いながら聞いていた。だからブラッドも笑いながら思い切り抱きしめた。
「そんなわけないだろ！」
それからもまあ、正しい恋人と過ごすバカンスの名にふさわしく過ごすべく２人は、いちゃいちゃしまくった。
なにしろそれまでがちょっと立て込んでいて、ブラッドは出演した映画がとある映画祭で賞をとったりしたので、
インタビューやら取材やらで忙しかったし、エリックは仕上がった映画のプレミアにあちこち顔を出し、同じく取材三昧の日々を送っていたのだった。
ずいぶんなすれ違いが続いていて、同じ家に住んでいるのに、顔も見れないどころかいた痕跡すら残っていないような毎日にいい加減うんざりしていた２人は、
ようやく再会を果たしたときに旅に出るのを決めたのだった。気分的にはやっと２人きりになれたのだった。
お互いが枯渇しきっていてたりないどころの騒ぎではなかったのだった。
「少し落ち着いたかも」
いつでもローブや裸では朝ごはんも食べられないということで、２人はリラックス出来る格好に着替えていた。
せっかくなので床に座って食べたいだけ食べたエリックは、それは幸せそうだったので、見ているブラッドも幸せな気持ちになった。
「腹もふくれて？」
朝食も昼食も夕食も、頼めばなんでも部屋まで運んでくれた。白さがまぶしい制服に身を包む、よく日焼けした青年は
ブラッドとエリックが額を寄せ集めて決めたメニューを、いとも軽がると持ってきてくれたのだった。土地の料理にも惹かれたが、
それはまたの楽しみにすることにして、朝食はパンにフルーツにコーヒーといった、ごくごくオーソドックスなものにしておいた。
「うん。ジュースうまかったし」
思い出してにやけるエリックに、ブラッドは煙草の代わりに土産物の煙管をぶらぶらさせながら笑いながら言った。
「材料がいいんだろうな。パンも面白い感じだったよな」
「うん。いつもと同じもの食べても、場所によって違うしね」
残ったフルーツをゆっくり食べながらそんな他愛のない話を楽しんだ。なにしろこんな時間を持つのも何をするのも久しぶりの２人なのだった。
食後のコーヒーの、最後の一口を飲み干すと、ブラッドはカップをくるくるやりながら訊いた。
「で、今日は何する？」
見れば外は日が差してはじめていた。この分ではブラッドの言ったとおり、じきに天気は回復しそうだった。
「うーん、散歩くらいはしたいけど……そんなに遠出はしたくないかも、な……ダメ？ブラッド？」
さっきとは戦略を変えることにしたのか、打って変わってかわいらしくお願いしてみた。
「いいよ、もちろん。それにしても……ウケた」
ブラッドは笑い転げながら言った。
「願い事はかわいくするのが基本だろ？」
気分を害しました、ということを分かりやすく表現するためにエリックは、つーんとすましてとんでもない方を向いてみた。
「怒るなよ、可愛い顔が台無しになるぞ」
ブラッドは恋人の機嫌はすみやかになおすべし！という古来から伝わる不文律にしたがって、エリックの機嫌をとるように言った。
「怒ってないよ、気分を損ねただけっ」
しかしエリックは相変わらず明後日の方を向いて、笑いながらやってくるブラッドのほうを見ようとしなかった。
「エリーック。なに、それじゃあどうしたら機嫌直してくれるの？」
「……ブラッドのおススメ映画を見せてくれたら」
「エリック……」
ブラッドは大の映画好きで、オフなら見ない日はないというくらいの映画マニアで。
そんなブラッドだから、もちろんこの旅行にも山程ＤＶＤを持ち込んでいた。
せっかく２人なのに、映画ばっかり見ている気、とエリックはブラッドのＤＶＤ収納バッグを見て笑ったものだった。
「ありがと、エリック」
「何が。言っとくけど面白くなかったら、旅行中映画禁止だよ」
「絶対大丈夫、自信あるから。えーとまずはこれだろ、『トロイ』」
「……何それ」
すぐさま手元のケースを引き寄せて、いそいそと取り出すブラッドにエリックは冷たい眼差しで訊いた。しかし当のブラッドは
エリックの非難がましい言葉など、まるで耳に入ってはいないのだった。
「それからこれだろ、『ミュンヘン』」
「ちょっと待て……」
「最後にこれ！『ラッキー・ユー』！」
「全部出演作じゃないかっ！」
「そうだよ」
怒っていったのに、あっさり返されてしまった。拍子抜けしたエリックに、ブラッドはさらに言った。
「いやー撮影中とか、離れてるとき、すごい重宝したんだよね〜。特にこの、『ミュンヘン』なんて、何度使わせてもらったことか！」
「おい……」
「『トロイ』もいいよな。決戦を前に甲冑を着けるシーンなんて最高だよな」
「ブラッド……」
「エリックってさ、脱いでるシーン多いよね？今度仕事で出かけるときまでには、あの新作のＤＶＤも手に入れときたいなぁ。エリックって、
コスプレものも似合うよね。いやあのヘンリー８世の素敵なことといったら！」
もちろん１番はヘクトルだけども、などとブラッドのコメントは続いていった。
「な、な、な……」
「俺個人としては、ブリセイスとのシーンは、アイコラしたいほどなんだけどさ」
うんうん、と腕組みしながらブラッドは頷いた。つまりはエリックのそういうシーンを見て、いわゆるひとつのオカズにしたと言うことで
ブラッドがまたそれを至極当然の如くに思っているようなのだった。エリックは眩暈がした。
「……な、なんてことするんだっ！！」
「今はしないよ、本物がいるからね」
「そういう問題じゃないだろう！」
「そういう問題だよ。本当の本当は、最中を撮りたいくらいなんだけどね」
「………」
エリックはもう、開いた口が塞がらないどころではなかった。
「でもそうすると自分も出演しなくちゃならないだろ？自分で出て自分で撮れればいいんだけどさ……いっそポルノ映画で撮りたいくらい。
もちろん誰にも見せないけどね。でもこればかりは、俺が２人いないと。ああ、でも取り合いになっちゃうな、ここはやっぱり……」
ブラッドはきっぱりと、真剣だった。あまりに真剣すぎて、エリックもついつい訊いてしまったのだった。
「……何の話？」
そう尋ねてしまうほどに。
「俺が２人いたら、どっちがエリックの相手役をするかで取り合いになっちゃうだろう？」
撮りたいのも撮りたいんだけどね、でも相手役を譲ることは出来ないし、困ったもんだよ……いっそエリックが１人でやっているところを撮るという手も……
いや、それだとやっぱり……としみじみと述懐するブラッドだった。
言葉もないエリックと裏腹に、ブラッドの悩みは深かった。
「……このバカ」
「うん？何か言った、エリック？」
バカンスはまだ、始まったばかりだった。
いやはやいやはややっと書けた。
ほんのちょっといちゃいちゃさせようと、
少しばかりラブい２人を書こうと思っただけなのに！
何でこんな長さになってしまうのかっ！？
Ｗｅｂ拍手ありがとう小話にしようとしたなんて信じられない！！
ああでもいつの日か、のっかるエリックとか、
エリックを舐めまくるブラッドとかも書いてみたいです♪（笑）