その日はなんだかにぎやかだった。
「兄上、落ち着いて！」
いつものように、美味い葡萄酒を一瓶持って勝手知ったるなんとやら、でぶらぶらとトロイの王城の、ヘクトルの部屋へと向かっていた。
「ヘクトル様、お鎮まりください！」
もう道順がどうのと言うよりも、身体がヘクトルの部屋を覚えていた。本当は勘の働くままに気の向くまま、ヘクトルを求めてどこまでも彷徨い歩きたい
ところだったが、あちこち出没するを見かけた者が腰を抜かさんばかりにして驚くので、どうか部屋で待っていて欲しいと懇願されてからは
大人しく部屋で待っていることにしていた。部屋にいれば、いかに片付いているとはいえヘクトルの日常生活といったものが垣間見られて
なかなか楽しかった。衣装部屋でうっとりしているのを見られたときとは、さすがに少しあきれられたが。
「ヘクトル様っ！」
楽しかるべきヘクトルのお部屋探訪だというのに、今日はずいぶん邪魔者がいるようだと思いはしたが、
それでも戻るつもりはなかった。ここまで来たら、ヘクトルの顔を見ずにはいられない。それに、何が起きているのかといった、純粋な興味もあった。
「お心確かに！」
制止の声が一段と高まったところで。
「放せ！放さぬかっ！！」
ついにヘクトルの声がした。部屋の前に辿り着いたアキレスは、当然の疑問を口にした。
「一体何が始まったんだ？」
「アキレス」
「アキレス！」
「アキレス様っ！」
「良いところへ……」
「ヘクトル様をどうか止めてくださいお願いします！」
「どうかどうか……！」
「ヘクトル様、アキレス様が見えられましたのですから、その剣をどうかこちらに……」
「ヘクトル様」
「ヘクトル様」
阿鼻叫喚の騒ぎだった。
部屋の中には、アキレスも顔を知っている近衛の者や近習の者、それからパリスまでいた。いくらヘクトルの部屋が広いからといって、
大の男がこれだけひしめきあっていれば、少し暑苦しかった。
「だから一体、何があったんだ？」
しかしアキレスは自分の疑問をとりあえず後回しにすることにした。
「アキレス……」
アキレスの顔を見たヘクトルが、それまでの厳しい顔を一変させへなへなとその場に崩おれるように座り込んでしまったからだった。
「どうだ、落ち着いたか？」
落ち着かせるにはこれが一番だ、と言ってアキレスはヘクトルを抱いた。
確かに別のことで興奮しまくってぐったりしたヘクトルには、先程までの気の立った様子はなくなった。立てようにももうどこにもそんな、
気の余裕はなくなっていた。素裸になってアキレスに愛されて、今またあたたかな腕に抱かれ、ヘクトルはすっかり満たされ
落ち着いていた。冷静になってみれば、先程までの激昂がたまらなくはずかしくなるほどだった。
「……すまない、あのようにとりみだして……」
「いや……」
よいしょ、と声をかけることでヘクトルに体勢を変えることを伝えると、アキレスはヘクトルを抱えたまま起き上がった。
そのまま持ってきた酒の壺を手に取ると一口含み、それからヘクトルに口移しでも飲ませた。
「あ……」
「喉が渇いただろう？」
「ありがとう、アキレス」
「あれだけ俺の腕の中で、取り乱しまくったのだからな」
ヘクトルの言った取り乱すの意味をわざと取り違えてみせて、アキレスはにやりと笑った。
ヘクトルも顔を真っ赤にしながらも、そのとおりであったので何も言うことが出来なかった。
「ああいうのは、取り乱すとは言わないのではないか？」
もう一口二口と、芳醇な液体を飲まされて、なめらかになった口でヘクトルは言った。
「お？それじゃなんていうんだ、ヘクトル？」
ヘクトルの髪を梳くように撫ぜながら、ヘクトルの耳を甘噛みしながらアキレスは問うた。
「あれは……身も世もなく……悦がる、というのだアキレス……」
思い切ってそう言ったものの、恥ずかしさにヘクトルはアキレスの胸に顔を隠した。
耳まで赤くなっているのを見て、アキレスは微笑んだ。そして、見たくもあったが、今のヘクトルの顔を拝むのはあきらめた。
「そんなに良かったか？」
ヘクトルがうなずいた。
「それじゃ俺は、いいときに来たようだな」
腕の中でヘクトルがぴくりと反応した。アキレスが来るまでの騒ぎの元を、思い出してしまったようだった。
「話せ、ヘクトル。話したほうが楽になるぞ」
葡萄酒で喉を潤したアキレスは、ヘクトルが話しやすいようにと、また横になった。ヘクトルはアキレスの脇に顔を埋めるようにしたままで
何をどう話したらいいかを逡巡しているようだった。アキレスはヘクトルが話す気になるのを待つ間、ヘクトルの身体をゆっくりと撫ぜていた。
きっとまたどこかの馬鹿になにかを言われて、それで怒っているのだろうと見当はついた。ヘクトルという男は自分のことでならそんなに怒らない。
自分の庇護するもの、大切なものをくさされた時にこそ牙を向くのだ。そのヘクトルが剣を取るなどよほどのことだった。
これはどうでも聞いていかなくてはならないとアキレスは思っていた。必要とあらば朝までだって待つつもりだった。
「……」
「ヘクトルの巻き毛はかわいいな」
アキレスは髪に指を絡ませながらそう言った。
「………」
「いい匂いがする」
取った一房に鼻を寄せて、嬉しそうにすんすん匂いを嗅ぎながら言った。
「…………」
「肌触りもいいし、吸いつくようだ」
いまだ汗でしっとりとした肩に手を置くと、そこをゆっくりと撫でた。
「……………」
「ヘクトル……愛してる……」
肌に顔を埋めるようにしてアキレスがそう言うと、今度はヘクトルの鼻がすんすん言い始めた。
「アキレス……」
「うん？」
アキレスはヘクトルをやさしく抱きしめ額をぶつけるようにした。
「アキレス……」
「うん」
アキレスは抱きしめやすいように体勢を直し、本格的にヘクトルを囲い込むようにして抱きしめた。
「……あんな言い方は、卑怯だ……」
「うんうん、そうだな」
「あんな……親切のようでいて、人を動かそうなどとは……」
「うんうん、それは失礼というものだな」
「わた、わたしだけのことならともかく、アキレスのことまであんな、あんな……」
言葉にならず、とうとうヘクトルはべそをかきはじめた。アキレスは、抱きしめているヘクトルの背中をよしよしととんとん叩いた。
「どうした、大馬鹿どもに何を言われた？」
「アキ、…アキレスとのつきあいはどうとか……そん、そんなだから戦に勝てないのだとか……て、敵将とつきあうというのは…いかがな……いか……」
「よしよし、泣くな、ヘクトル」
「い、戦はもう、終わったではないか、そ、それなのに講和の成った相手とつきあうのをとやかく……しかもそれ、それが……」
「よしよし、それで怒っていたのか？」
「ぶ、ぶちのめしてやろうかと……オ、オデュッセウスや、アキ、アキレス……アキレスまで……」
ヘクトルはアキレスの腕の中で、止まらない涙を流しつづけた。
嗚咽もまた止まらなかった。その間中ずっと、アキレスはヘクトルの背を撫ぜつづけた。
「それで怒っていたのか？」
腕の中でヘクトルがこくりとうなづいた。
「やさしいな、ヘクトルは」
そんなことはない、というようにヘクトルが頭を振った。
「いいややさしい。俺はそう決めた。オデュッセウスだとてそう言うぞ」
「アキレス……」
「俺たちの、俺のために怒ったんだろう？」
ヘクトルがうなづいた。
「馬鹿なことを言った阿呆を、ぶちのめしてやろうとしたんだろう？」
ヘクトルがまた、うなづいた。
「ありがとう、ヘクトル。おかげで気が晴れた」
「……そうか……？」
盛大に疑問符を浮かべたヘクトルの髪に、アキレスはいたわりを込めてくちづけた。
「ああ。こんなに胸のすいたことはない」
「……そうか」
「だから、ヘクトル」
「あ……」
「気が晴れたところで、もう１度……」
「あ……アキレス……」
「嫌か？」
アキレスのその問いに、ヘクトルはまた思い切り、首を横に振ったのだった。
「あ、ぅ……あ、あぁ……ブラ…ッドォ……」
壁に爪を立てんばかりにしながらエリックは、後ろからのブラッドの激しい律動に身も世もなく泣き悶えた。
「エリック……」
ブラッドもまたかすれた声になっていた。そしてまた、どちらの声も懇願も、欲望の色に染め上げられていた。
エリックは、こんなのは嫌だと思いながらも、夜会服の上だけを着たまま立ったままというシチュエーションに異様な昂ぶりを覚えるのを止められなかったし、ブラッドも上着の下のエリックの吸いつくような汗にすべる肌を掴みながら挑むことに興奮しきっていた。
「こん、こんな……」
こんなことのために？とエリックはさっきも言った。肩肘のはるパーティだし、燕尾服なら間違いないからと言われたものの、シャツにチョッキに上着にコートでは暑そうだと難色を示すエリックに、ブラッドは前だけシャツの体裁になっているホルターネックのようなシャツカラーを着るよう勧めたのだった。
今もさっきも、そのシャツカラーの隙間から、ブラッドのいたずらな手は思うさま忍び込み、エリックの小さな果実ような胸の突起を好き放題に抓んでいたのだった。
「こんな……？違うよ、エリック……ああでも、ちょうどいいかも……」
そう言いながらもブラッドは、エリックの後孔を突き破ろうとでもいうように、あるいはじらすが如くゆるやかにリズミカルに腰を動かすのをやめようとはしなかった。「あ……あ……」
エリックはもう閉じられなくなった口から、喘ぎや唾液が漏れるのを止められなかった。
燕の尾のように別れた上着を左右に押し開いてするということに、ブラッドはひどく興奮しているようで、それさえも作意だったのかと思うと情けないやらで、エリックの目から快感のためだけではない涙がこぼれた。
「エリック……」
エリックの恍惚とした、そして悲しげな顔を見ないまま突き進んでいるブラッドは、そんなことも知らずに今にも弾けそうなモノの制御に懸命だった。そもそもエリックに突き入れたときから、ちょっと気をゆるめたら最後、逐情してしまいそうなほどだった。エリックが、それはスマートかつクールに燕尾服とコートで決めた姿を見たその時からもう、一刻も早くここへ戻ってきて、そしてその服を脱がせたくてたまらなかったのだ。
黒い燕尾服の尾からのぞく、エリックの白い尻がゆれるさまは、涎がたれそうなほとだった。格別だった。服が皺になるというエリックの抗議を、キスでふさいで、今ようやく腕にすることが出来たエリックに、ブラッドは夢中だった。
「――――エリック！」
「え……あ？」
それでも、どうしてもここから出たくないと主張するモノを、ブラッドは無理矢理抜き去ると、エリックの腰を持ってくるりと回転させた。「ブラッド……？」
何がはじまったのかといぶかしむような、それでいて責めるでもないエリックのいとけないと言ってもいいような無心の表情に、ブラッドは胸をしめつけられた。
「エリック……ああ、エリックだ……」
抱きしめて頬ずりをすれば、ふるえてはちきれそうになっているエリックのモノとブラッドのモノとも触れあった。
「あ……」
その感覚にまたエリックがうちふるえたときの顔を、ブラッドは胸に、深く刻み込んだ。
このためになら、今すぐ神の怒りに触れて串刺しになってもかまうものかとまで思った。
「エリック……」
「あ…や……」
抱きしめるブラッドの手が、エリックの敏感になっている尻をぎゅっとつかんだ。その力に押されて、２人の屹立はより挟まれ寄り合うようにされて、ブラッドにもエリックにも、得も言われぬ感覚を与えたのだった。
「ここに……エリック……」
「あ……」
ブラッドがエリックの腰を抱えると、エリックはもう壁に当たる背だけで自分の体重を支えきれずにずるずると壁を伝い落ちていった。「もう一度、入れるよ、エリック」
ブラッドは、さきほどまでの自分の先走りとエリックの分泌液とが滴りはじめている部分に指を当てがった。
「あ……来て…、き、て……ブラッド……」
エリックは、恥ずかしそうにうつむきながらもふたたびブラッドがそこを満たしてくれるのを待ち望んでうなづいた。ずぶずぶと、音さえしそうなほどゆっくりと、ブラッドは己の猛りを待ち望んでいるエリックのその場所へと沈めていった。
「エリック……」
抱きしめるのが布では物足りないと、ブラッドのほうから上着を脱ぎさった。エリックのほとんど脱げかけている上着も、汗で脱げにくくなっていたが、何度もひっかけながら投げ捨てた。エリックももう、皺がどうのブラッドのアイロンかけがどうのとは言わなかった。それどころではなかった。
「あ…ん……ん……んん……」
エリックは快感と苦痛の両方を同時に味わっているのを示すかのように眉根を寄せていた。
「あ……ブラ…、ブラッド……」
「エ、リック……エリック……」
床に近くなることで安定した体勢になったので、エリックは安心してブラッドの動きにあわせてゆれることが出来た。
「……なんだって、も、う……」
ベッドに移動してからも、ブラッドはエリックに対するベタベタをやめようとはしなかった。
一緒に暮らし始めてから分かったことだがブラッドはたいそうな甘えん坊で、しょっちゅうエリックにくっつきたがっていた。料理をしていたり、雑誌を読んでいたりするエリックに近寄ってきては抱きしめて、それからキスをして……などというのはしょちゅうのことだった。特にそれがセックスに移行しなくても、エリックにとってブラッドとの接触は毎日とても多かった。
ただでさえエリックに触れているのが嬉しくてたまらないブラッドだったが、こうしてベッドですることをしてからいちゃいちゃするというのも、とてもとてもたいそう好きな接触行為だった。
「うん？」
今も、ごろごろエリックに懐きながらブラッドは言った。
「パーティから帰って、いきなりだなんて……」
「うん、夜会服のエリック、カッコよかった」
脱がし甲斐があったとブラッドは、悪びれもせずにそう言った。
「ああもう、まったく……」
エリックが横になったまま髪をかきあげていると。
「パーティで何かあったのか？」
ブラッドがずばりそう聞いた。「え……？」
「やたらパーティにこだわってる、ってことは何かあったんじゃないのか？」
なるべく一緒にいたし、そもそもブラッドがエリックから離れたがらない。それでも、２人別々になることはあって、その間に、何か嫌なことでもあったのではないか？とブラッドは言っているのだった。何しろエリックは、ちょっとやそっとのことでは、これこれのことがあって不愉快な思いをしました、などとは申告しない。だからブラッドは、自分のほうで推理してエリックのことを気にしなくてはいけないのだった。
何しろ前科がある。ブラッドのかなり思いつめた系のファンが以前、一緒に暮らし始めたエリックに、水を浴びせ掛けたことがあったのだ。水にぬれた服を着替えるくらいが被害の最たるもので、これがもっと染み抜きとかの必要なややこしい液体でなかったのは幸いだったが、ショッキングなことはショッキングで、なんだかな。としか思わなかったエリックよりもブラッドのほうがピリピリしたくらいだった。
「いやちょっとその……分かる、か？」
「うん」
ブラッドは上目で見るエリックに、はっきりとうなずいてみせた。
「あーそのー、子供を作れって」
「誰が？」「ブラッドが」
「どうやって？」
ブラッドは至極当たり前の質問をした。エリックとの子供は望めない。医学の進歩でもない限り。
「いやその……男なんかと別れて、子供作れって……わー！ブラッド！待って待って！！」
全裸のままベッドから飛び出しそうになったブラッドを、エリックは必死に止めた。
「どこのどいつだそんなふざけたことをいう奴は」
訊ねるブラッドの目はもう、すっかり据わりきっていた。
「いやまあそれはもうすんだことだから……子供産もうかなぁ」
「エリック？」
「ブラッドに子供がいて遺伝子が残ればいいわけだし？」
あの変ないちゃもんつけた人もそう言っていたし、あの美貌の遺伝子が残らないなんてもったいない、と。
「なんだそりゃ？」
「そう言ってたんだよ」
「だめ、却下」
ブラッドは、今度はあっさりそう言った。「どうして？子供好きじゃないか」
「ダメ、絶対」
「だからどうして？」
「――――子供なんて出来たら、ライバルになるに決まってるから」
「……ブラッド」
ブラッドはあきれたような声を出すエリックの口を塞いで、それから足を抱えなおした。そんな話をするものだから、おさまったかと思ったものがまた頭をもたげてきたのだった。
「ちょ、……ブラッド……」
「うん？子供はいらないけど、子供を作るみたいなコトは好きだぞ」
「ブラッドったら……」
「だから言ったろ？夜会服姿のあんたを見たときから､こうしたくてたまらなかったって」
「……ブラッド……」
エリックはあきれたように感心したようにブラッドの名前を呼んだ。
ウィンクを決めたブラッドはまた、エリックの腕の中に、没頭したはじめたのだった。
なんですか血襟エロス期でもやってきたんでしょうか？
なんだか血襟系を書いていると、すぐこんなんなっているような？
楽しくってしょーがないッス！困ったもんでス！！
現在血襟発情期〜♪（笑）