ブラッドは、一戦終えてのひとやすみ中にも、離れようとはしなかった。
もちろんエリックだとて離れたいわけではなかったので、うしろから抱きかかえられた状態でくっつかれることによる、汗やらその他やらが不快でないわけではなかったが、我慢できないほどではなかったので黙っていた。そもそもまだ、息が整わないので何か話そうにも途切れ途切れになってしまう恐れがあったからだった。
ブラッドのほうは、エリックよりかは頑丈な心肺をしているのか、もう息はタップダンスを踊ってはいなかった。
だから、思う存分エリックの肩に鼻をすりつけたり、エリックの髪の匂いを嗅いだり、動こうという元気もないのに……とエリックが思うほどしっかりと、前に回した手に力を込めたりしていた。そのうちにちょっと落ち着いてきたエリックの手が、ブラッドの手の上に置かれると、幸せＭＡＸであることを隠そうともしないでさらにおでこもすりつけてきた。
なんだか、でかい犬に好かれているような気がしないでもないエリックだったが、これが本当に犬なら、発情中の犬だった。今だって当たるものは当たるし、ブラッドはそれをどうこうしようという、明確なビジョンはないようだった。今は、まだ。どうせそのうちに、第２ラウンドが始まるのは分かりきっていた。ブラッドはまだ全然満足していないし、エリックもしていなかった。まだ挑戦してみたことはなかったが、腰がまったく立たなくなるまでやるのも、やぶさかではないという気分だった。
きっと、本当にそうなったらまた、困ったり怒ったりすることだろうが。「ブラッド……」
エリックがブラッドのことを呼んだとき、だからブラッドは少し残念そうな顔をした。それから、嬉しそうな顔をした。
悲しいのはお人形のように好きに抱っこされているエリックを惜しむため、嬉しいのはエリックに名前を呼ばれたためだった。
「なに？」
「ブラッド……」
「うん？」
「喉かわいた……」
そんなことで？ということがブラッドにはいくつもあって、そのうちのひとつがこれだった。
エリックとしてはそんなささいなことをいちいち頼むのは気が引ける、というようなことでも、頼まれればブラッドはやってくれて、しかも嬉しいようなのだった。今もほいきた、とばかりにブラッドは、ベッドサイドの水差しに手を伸ばした。伸ばしたのはいいものの、結構な大きなでガラス製のそれは、寝ながら片手で取れるようなシロモノではなかった。
そうブラッドは、片手で水差しを取ろうとしていたのだった。もう片方の手は、ちゃんとエリックを抱きかかえながら。
いくらなんでもそりゃ無理でしょう、という状態で固まっていても、ブラッドはゲームオーバーにはしない。何か打開策はないかとその体勢で考える。しかし、どう考えても今の状態の最上の解決法は起き上がることだろうと思うエリックは言った。「ブラッド」
「……ハイ」
「起きるよ」
どうせ起きてもくっついていたがるだろうから、１人だけ先に起きたりしら機嫌を損ねるだろうからと、エリックは前置いてから身を起こす予備動作をしてみせた。その、信号機か遮断機かという親切設計機械のような心づかいに、ブラッドもあわててついて起きた。
「飲ませてあげ……」
「なくていいからね」
ブラッドの腕の中から抜け出して、口うつしとかはノーサンキュウだからとエリックが釘を刺すと、ブラッドはあからさまに残念そうな顔を見せた。子供じゃあるまいし、そんなことまでしてもらってどうするの、第一飲みにくいでしょう、という気持ちをこめて見つめたら、ブラッドはしぶしぶコップを渡してくれた。
レモンをひとかけ入れた水はほんのり匂いと味がついていて、すっきりさっぱりしてたいそう美味しかった。「……はぁ」
エリックがそういう顔をするとまた、ブラッドは日差しがまぶしい、みたいな顔をして目を細めるのだった。
実際に、まぶしいのかもしれなかった。目の上に手をかざす代わりにブラッドがしたことは、エリックの手からコップを受け取って、狙いたがわずエリックのくちびるにキスすることだった。
「ブラ……」
握らずに、コップ越しに指だけを触れ合わせてのキスはどんどん長くなっていった。そのうちに、ブラッドは身を乗り出すし、エリックはブラッドの頬に手を伸ばすし、思う存分というのに充分なほど、２人はお互いをむさぼりあった。
ようやく離れたときには、自分じゃ見えないけど相手がそうなんだから、くちびるは吸いすぎて真っ赤だろうなきっと、とお互いに思っていた。自分とキスすることで真っ赤に濡れているくちびるに吸い寄せられるようにまたくちづけた。
ブラッドはそのままエリックを押し倒していったし、エリックはブラッドの首に腕をかけて引きずり倒した。
もつれあうようにしてあちこちにキスしあって、腕も足も腰も、からめあうようにしてくっつけあって押しつけあって、全身で相手の肌を感触を感じあった。なんだかなぁ、と思わないでもなかった。なんだかまるで、いわゆるもっともヤりたいさかりのお年頃の男の子のようにこんなに盛ってるなんて、もうそういう時期はすぎたのかと思ってたのに、いくら久しぶりだからって、このがっつきようはいったい？とどちらも思わずにはいられなかった。でもそんな物思いはみんなひとときのことで、流れ星のように一瞬よぎるがすぐにそれどころではなくなった。
「わ……っ」
局所に手を伸ばされてブラッドはうめいたし。
「…ぁ…っ…」
胸を揉むように手を伸ばされて、それから乳首をついばむようなキスをされて、エリックは悲鳴じみた声を上げた。
そのうちにまた、声も出せずに息だけの状態になって、どちらも相手の目を見ながらキスをすることしか考えられなくなって、あとのことは手や足や、腰や陽物サマにおまかせしようという状態のときに、どさっという音が聞こえた。
「え……？」
「あ……？」
熱中していたにもかかわらず、双方ともにあまりに大きな音だったので聞こえてしまった。
そうでなければ落ち着いてからゆっくりということになっただろう。ベッドから見える位置にある、音の出所と思しきところに目をやってみると、エリックのバックの上に置いていたものが崩れ落ちた音だったようだ。「い、いいから……」
乗っていたのは雑誌らしきものと上着と、それから手回り荷物を入れていた小さなバッグで、別に中身をぶちまけたわけではないから放っておいていいと言うのに、ブラッドは気になってしようがないようで、そうでなくても置きっぱなしだったジャケットが、さらに荷物がなだれることによってぐしゃぐしゃになりそうなのを、どうにも見過ごしに出来ないようだった。
「すぐ戻るから」
ハニー、とか言わんばかりの調子で、ブラッドはエリックの額にキスすると、そのままの格好でベッドから降り立った。
自信のある人の歩き方は違うなぁ、とブラッドのひきしまって形のいい臀部を見ながらエリックはぼけっとしていた。それどころではなかったせいもあった。血はまだ全身を逆巻くようだったし、離れないで欲しかったが一息つく時間を与えられたのも嬉しくて、なかなか人の気持ちは一筋縄ではいかないな、とどうでもいいことをぼんやりと考えていると。
ブラッドが手にしようとしている物が何なのか気がついて。
それまでベッドと一体化していたのが、一気に全神経がつながった。
がばっと起き上がるが、さすがにすぐにはベッドから出られなかった。それでも、あわわと思う気持ちのままに一生懸命降りようとしてへたり込んだ。――――床に。「エリック？」
雑誌風のものを手に、ブラッドが振り返った。
「何してるんだ、あぶないぞ」
気づかってくれるのは嬉しかったが、出来たら手ぶらでお願いしたかった。ブラッドはまだそれを持っていた。エリックがそれだけは隠したくて無視してほしかったものを。
「どうした？」
「いや、その……」
どうしたらいいかどう誤魔化したらいいものか、エリックにはとんと見当もつかなかった。当意即妙に相手を煙にまくような、そんな芸当が出来れば誰も苦労はしない。エリックは今、現在進行形で苦労していた。
「その、ブラッド……」
手にしている、それをこっちに渡してくれないか？などと言ったら、何かあるのは丸わかりというものだろう、でもそれ以外に、何をどうすることが出来るだろうか。エリックがあたふたしていると、ブラッドはそれを置きそうになった。しめた、そのまま置いてくれて忘れてくれれば……というエリックの願いは、中途半端に叶った。
確かにブラッドはそれをその辺に置こうとうを持っていたので、中に挟んであったものがはらりとこぼれ落ちてしまったのだった。あーあ。
声に出していえるものなら、エリックはそう言いたかった。
なんか落ちたぞ、とブラッドがそっちに目を向けてしまった段階で、天を仰ぎたい気分だった。もうどうせバレるんだと思ったから、本当にやった。目に手を当てて、天を仰いでみてもでも、天も誰も助けてはくれなかった。
誰か現れたらもっと嫌だったことだろうが。
「あれ、これ……？」
ブラッドがそれを拾った。小さな小さな、手のひらにのせてもまだ小さなそれは、もう色もすっかり抜け落ちて、葉脈が透けて見えるような、薄く入れた紅茶のような色した、それ、は。
「これって……エリック？」
「……なんでしょう……」
やけの丁寧語でエリックは答えた。バレてしまったのだ怖いものはもうなかった。
ただ、居たたまれなくて恥ずかしくて、穴があったら入りたいだけで。
おまけに顔も熱かった。きっと真っ赤になっているに違いない、と事実ゆでだこのようになりながら気丈に答えるエリックに、ブラッドはつい笑ってしまった。あんまりにもかわいくて。「エリック、これって……」
だからブラッドは、自分の気持ちに正直に、真っ赤になっているエリックを抱きしめた。
「みんなこうしてくれてるわけ？」
「全部じゃないよ」
「じゃあ一部？」
「……一枚だけ」
それはバラの花びらだった。
もとは赤かったのだろう、先のほうに色が残っていたが、その花びらはもう退色して、かつての色を失っていた。
「去年もおととしもこうして押し花に？」
「…………そう」
「嬉しいよ……エリック」
エリックはもう、おしくらまんじゅうのように、ブラッドに抱きしめられてぎゅうぎゅうだった。でもそのほうがありがたかった。顔を見られずに済むわけだから。どうせどんな体勢になっていても、恥ずかしくてパンクしそうなのは、変わりがなかったから。
毎年贈られる、ブラッドからのバラが枯れてしまうのが淋しくて、でもむしりとるのもしのびなくて、一枚だけこっそりとはずして、それから押し花よろしく――――脚本に挟んでいたのだった。普通の本では駄目だった。脚本なら、家族も手を触れたりはしないから。決まりが悪いやら恥ずかしいやらブラッドにバレてしまったやらで、エリックはもうどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
恥ずかしいからブラッドの顔が見られないと思っているのに、そっぽを向いていても気になって。
それでちらちら見ていると、ブラッドがコップに挿してある、今年のバラから一枚花びらをむしりとった。
エリックが、何するつもりだ？と思って見ていると、万感の思いを込めるが如く、ブラッドはその花びらにくちづけた。
「……ブラッド？」
「これ、今年のにしろよ」
そう言って、まだみずみずしいそれを、エリックの手のひらに落とした。口元にはキスを落として。
「……ありがとう……」
エリックとしては、そう言うしかなかったれども、ブラッドが喜んだのでまあいいか、と思ってキスし返した。そのエリックの、耳元にブラッドは囁いた。
「保存するなら、樹脂加工がいい」
「え……？」
「押し花でもいいし、ペーパーウェイトなんかにも出来るし」
こんなふうに、と言って指し示す、ベッドサイドのテーブルの上に置かれているのは。
「ブラッド――――っ！？」
どうやって作ったのか、そこには砂浜があった。
逆さにするると雪が降ようなデザインの。白い砂浜青い海、小高い丘には、神殿なんかもあっちゃって、それはつまり。
「なんてもの作るんだ――――！！」
ぽかぽかと、本気ではないエリックの拳を、ブラッドは笑いながら受け止めていた。
もう何回も来ているのに、今はじめて気づいた自分のうかつさに、エリックが折り合いをつけるまでずっと――――。
しつこくつづくえりりんの誕生日話。
これもひとえに、樹脂加工技術のおかげです＞ペコリ。
オトメ度そのほかを総合して、はたしてどっちが上手なのか？
まっこと甲乙つけがたい感じ（うんうん）。
えりりんの誕生日には赤いバラ一輪でしたが、ちーさんの誕生日にはなんだろう？
会えなくてプレゼントだけ送って、「こっちは夏だよ」とかって、シュノーケルセットとかだと楽しいかも？
それにちーさんは「浮き輪もおまけにつけてくれ」とか電話して、
お正月に海水浴と称しておしかけたりしたら楽しいかも？（笑）