「アキレス……」
「うん？」
アキレスはヘクトルの首筋に息を吹きかけながら返事をした。その返事の吐息にまた、ヘクトルは固く目を瞑った。
「わたしに……『指一本触れない』んじゃなかった、の…か………？」
「触れていないぞ、触りたいがな。こうして息を吹きかけているだけだ」
そうしてまた、ヘクトルの耳を甘噛みし息を吹き込んだ。ヘクトルは寝台の上でまたも身をすくめた。
「詭弁だ……っ！」
「何が？誓言通りにしているんだぞ」
くつくつと笑いながら、アキレスは今度は頬を摺り寄せた。
「触りたくて気が狂いそうなのにこうして我慢している……健気だとは思わないか？」
「……おも…っ…あ、あ……アキレス！」
横になったヘクトルに、覆いかぶさるようにしているアキレスの、膝と腿がヘクトルの敏感な部分を擦った。
「そういうことを言う悪い口はふさぐに限るかな？」
手が使えないのでくちびるを寄せるだけだった。よけようと思えばよけられるが、ヘクトルは逃げようとしなかった。
「ヘクトル……」
アキレスの甘く激しいくちづけを、ヘクトルは慫慂と受け入れた。
ただの観覧招待客のはずだったのに、だから気軽にその役を引き受けたのに、力と技のぶつかり合いを素直に驚嘆して眺めていたのに、
競技会の終了に伴いヘクトルの境遇は一気に変わってしまっていた。勝者のアキレスが、褒賞にヘクトルを希望したからだった。
（あんの知能犯――――！！）
形相が変わるほど憤ってみてもしようがなかった。一度言ってしまったことだし、アキレスはきっと収めまい。近未来を予想して、ヘクトルは眩暈がした。
そんなやりとりがギリシャ陣営で交わされている間にも、ともすればアキレスの、射抜く気かというような強烈な視線はヘクトルに向けられていた。
その力強さがまたヘクトルを不安にさせた。
事態を穏便に運びたいというオデュッセウスの采配で、どうにか血を見ることにはならなかったものの、
ヘクトルはアキレスに一晩貸し出されることになってしまったのだった。大変不本意なことに。
とりあえず『指一本触れない』という誓言があったので、なんとか落ち着こうと思いながらアキレスの陣屋までやって来た。
だがしかし、それがいかに甘い展望だったのかを知るのに、あまり時間はかからなかった。残念なことに。
「アキレス、なにを……っ！」
「なにって……そりゃなにかを」
アキレスはヘクトルが陣屋に入ると、退路を断つように入り口を塞ぎ、寝台に向けてヘクトルに足払いをかけた。
驚き咎めようとするヘクトルが身を起こすよりも早く覆いかぶさった。
「い…たっ…！」
そのまま、頭をぶつけてきた。
「……逃げるな」
「は？逃げる？」
「手が使えないんだ。逃げるとあんたにくちづけられない」
「アキレス……」
あなたやる気なんですね？ヘクトルは己が正装であるところの長衣であることも呪った。足に絡まって動きが悪い。
アキレスを蹴っ飛ばそうにもこれでは。しかもアキレスも足なら使うとあっては。
「ふ……っ」
「……どっちがいい、ヘクトル？」
「な……に……？」
さんざんにくちを蹂躙されておぼろな心持になってしまったヘクトルに、アキレスは獰猛な瞳を向けたまま尋ねた。
「この衣、口で噛み裂かれるのと自分で脱ぐのとどっちがいい？」
「アキレス……」
「足だと時間がかかるからな」
さあどっちだ？と気急ぎ尋ねるアキレスの目は、獰猛であるとかいう以前におそろしいほど真剣だった。仕方がないので自分で脱いだ。
そんな分かりやすく裂かれてしまった日には目も当てられない。着替えを貸してもらえたとしても同様だった。
不幸中の幸いは、泣く泣くヘクトルが衣を取っている間に、アキレスも脱いでいたのでその姿をしげしげ見られることはなかいということだった。
ぴちゃっという音にも、ヘクトルは目を瞑った。出来ることなら耳も塞ぎたかった。
アキレスは今度はヘクトルの胸の飾りを舐めしゃぶっていた。足は相変わらず蠢いていた。
ひとときもじっとしていることはなく、ヘクトルの足といわず腰といわず擦り付けていた。
それでいて手は、ヘクトルの両脇に、戒め捕らえようというようについているだけなのだった。
「ひっ……ぅ……っ」
「かわいいな、ヘクトル……こんなに震えて」
そう言ってアキレスは唇を離したヘクトルの胸にも息を送った。濡れた皮膚にあたる空気に、ヘクトルは身をすくませた。
「ヘクトル……」
肩と、頬をすりよせながら、アキレスは囁いた。
「あ……」
魂を、全部ではなくとも一部どこかへ飛ばしてしまったようなヘクトルの様子に、アキレスは幾度もくちづけた。
「アキ……あ……っ」
ヘクトルがまたあえかな声をもらした。アキレスが己の猛りを股間に当てたからだった。
「不自由だな、手が使えないというのも」
苦笑しながらアキレスは言った。
「挿れられん」
笑いながらアキレスはまたヘクトルに頬を寄せた。そうは言っても方法はあった。そのために、それに手を伸ばそうとすると――――。
「ヘクトル？」
ヘクトルの方が先んじてアキレスの一物に手を伸ばした。ヘクトルに誓言の禁忌はない。アキレスに何をしようと自由だった。このまま手に、
あらん限りの力を込めようと。しかしヘクトルはそうはしなかった。
「これを……挿れればいいのか？」
「ヘクトル……」
確かにヘクトルに指一本触れない、しかしその代わりヘクトルはアキレスの要請を断らないということにはなっていた。
しかしアキレスは最後の最後までをも強要するつもりはなかった。
ヘクトルに奉仕を強いることも、自慰を強請ることもしてはいなかった。
「命令すればいい……わたしは……聞くぞ、アキレス？」
「無理するな、ヘクトル」
髪を撫でられないのが悔しかった。アキレスは、慰撫の気持ちを込めて、今こそヘクトルに触れたくてならなかった。
「…………命令してくれないと……アキレス」
思いを込めた潤んだ瞳で見つめられて、アキレスはとどろいた。
「ヘクトル？」
「命令してくれないと……わたしは……」
それから目をそらし伏すなどということをされて、アキレスはもう。
喉が鳴った。
「ヘクトル……」
本当にいいのか？と聞けばヘクトルは答えづらいだろう、だからこそ命令してくれと、アキレスに悪者になってくれと頼んでいるのだ。それならば、いくらでも
とアキレスは心を決めた。
「挿れたい。が、その前にヘクトルこれを」
寝台の脇の小物の中からアキレスはひとつの小瓶を取った。
「これで指を濡らして、それから馴らしてくれ……でないと、きっときつい」
あんたがつらいだろうと言っても聞き入れるヘクトルではなかったからだった。
「分かった……」
思いつめた顔をしてヘクトルは小瓶を受け取った。そしてその中の油で自分の指を濡らして、それから――――。
「――――っ」
アキレスは何も言わなかった。ただヘクトルの額に目尻に顔中にくちづけの雨を降らせた。
「………っ…っ」
すすり込むような息の音をさせながらも、ヘクトルはやめようとしなかった。アキレスは身体をずらしてヘクトルのその部分に目をやった。
目を硬く閉じているヘクトルは、そのことに気付かなかった。
「――――あっ」
しかしアキレスがヘクトルの手の甲を舐めるに至って、自分が何をアキレスに晒しているのかを知って、気の毒なくらいに顔を赤らめた。
「ア、アキレス……っ」
不自由な姿勢から、ほんの少しでも身を捩れば身を隠すことが出来るとでもいうように、ヘクトルはアキレスの視線に抗った。
「もう充分だろう、ヘクトル……」
そこからヘクトルを見上げてアキレスは言った。開いた足の間に陣取っているアキレスを見下ろしていたアキレスと目があうと狼狽のきわみのような顔をした。
その顔のあまりの愛しさに、アキレスのほうこそ目が眩みそうだった。
「挿れてくれ」
アキレスは身を乗り出して、ヘクトルの手にアキレスの物をもたらした。ヘクトルはさきほどの思い切りが嘘のように、
おずおずと手を伸ばした。アキレスのそこはもう、何をする必要もないほど猛っていた。それまでにもさんざんヘクトルの足や腰にすりつけてはいたのだが。
ごくり、と今度はヘクトルが喉を鳴らした。
「…………」
そしてそれを、油にまみれた自分の窪みに押し当てた。その、ヘクトルの手には触れないように、アキレスも手を添えた。
正直、ヘクトルの逡巡につきあっていたら、挿れるまえに果ててしまいそうだからでもあった。
「後は俺がやる」
そう言うと、自然とヘクトルの手は離れた。
ずっ、っという音とともに入っていく感触を、ヘクトルは目を閉じ味わった。
「あ……っ」
アキレスがじらされたように、ヘクトルもまたじれていた。
やっと来てくれた熱い硬いものに、ヘクトルの中は狂喜していた。
「あ……アキレス……」
「入ったぞ、ヘクトル……」
「おか……おかしい……」
「何がだ？」
またヘクトルの頬にくちづけた。
「おか……ああっ……」
切れ切れのヘクトルの言葉をつなぎあわせると、入れられたそこからずくんずくんと脈打つものがあって、それがこの上もない心地にさせて、
もっとと思うし動かないでそのままでいてとも思うということだった。
「ヘクトル……」
挑みかかるのにも手が使えないのには往生した。律動にしたがってずりあがっていくヘクトルを留めることが出来ないのだった。
ヘクトルもアキレスの肩や背に手を回して掴んではいるのだが、汗で滑ったり、ともすれば外れがちだった。
「ヘクトル……しっかり掴まっていてくれよ」
そう言ってアキレスは、寝台の布ごとヘクトルを腕で抱え込んだ。手、では触れないように。
そしてつながったまま一気に身を起こした。
「あああ――――！あ……あっ……」
髪を振り乱して惑乱するヘクトルを、胡坐をかいた自分の上に座りなおさせると、アキレスは両腕でヘクトルの胴を固定した。
「あ……う、ん……アキレス……深っ……い、い、あ……あっ」
ヘクトルはうっとりとした表情を隠そうともせずに喘いだ。
「ヘクトル……動くぞ」
両腕でヘクトルを捕まえることの出来るようになったアキレスは、首にかかったヘクトルの腕を感じながらより強い律動を送り込んでいった。
手、では触れていなかったが、腕でヘクトルを支えていた。
「あ…あ……っ、アキレ…ス……ああっ……あ…んぅ……」
「ヘクトル……ヘクトル……っ」
耳にいくつもの愛し言を送り込みながらアキレスはヘクトルを味わった。
ヘクトルが今度こそ、意識を飛ばさんばかりに果てるまで、それは続いた。
身繕いが出来ないのが不満だったのか、アキレスはヘクトルに自分で物を食べることを禁じた。
代わりにアキレスが手ずから差し出すものを食べさせられた。
「アキレス……子供ではないのだから……」
「子供にこんなことはしないぞ」
他の誰にもしないがな、と言いながらアキレスは満足そうだった。
「人形遊びをしているんじゃないんだぞ……」
「こんなに愛しい人形なぞいやしないぞ。――――こんなにいい反応を示す人形もな」
先ほどまでのことをひっかけてアキレスがにやっと笑うと、ヘクトルも遠慮なくはたいた。顔は正直に赤らんでいたが。
「素晴らしかった、ヘクトル……」
手が使えないのは相変わらずだったので、顔を近づけてヘクトルの髪に首筋にくちづけるアキレスだった。
身をすくませながらもヘクトルも。
「そ、それは何よりだったな、アキレス」
「ああ、夢見ていた通りだ……」
「変な夢を見るな」
「夢を見るのは俺の自由だろう？」
「禁止する。もう何も考えるな」
「無理だ……」
アキレスはヘクトルの肩に顔をうずめてしまった。そっと触れるだけのそれと、アキレスの髪がくすぐったくて、ヘクトルは落ち着かなかった。
「ヘクトル……」
アキレスがまたヘクトルを見上げた。獅子のように煌くその瞳に、ヘクトルは胸が跳ねるのを感じた。
「アキレ……」
掬い上げるようにしてアキレスが伸び上がってきた。ヘクトルのくちびるを目掛けて。
希うようなその動きに、どうして目を閉じてしまうのか。唇を開いてしまうのか。
すべてを不問に付すことにした。とりあえず、今は。
甘い。ヘク兄さんはアキに甘い！
つねづねそう思ってはおりましたが、またしてもその思いを新たにいたしました。
いーんだヘク兄さんが幸せならそれで……（涙）。
性懲りもなく競技会の夜の別バージョンです。
こっちのはデキている２人かなと思っていたんだけど、どうもここの人たちも初めてのような？
初めてであのようにおよろしいのかどうかについては、ワタクシのファンタズィですので念の為。
痛苦しいのも、いつかチャレンジするかもだけど。原案：ずきこ様。この話は謹んでずきこさんに捧ぐ。
だって原案協力者だし、辱めを受けるヘク兄さんのところを書いていて
ずきこさんの絵で想像していたんですもの！
なんだか襟さんの顔ではないなー誰の顔かなー
と思ったらずきこさんの描く人たちでした。
なんかオカズにしてしまったよーな罪悪感があります！
ずきこさんすみません！！そしてありがとう！！（笑）