誕生日にはバラが届いた。
真っ赤なバラだった。しかも年の数。
「何を考えているんだ、ブラッドは」
そのとき家にいたのがエリックだけなのは幸いだった。
今日はエリックの誕生日なので、両親と兄一家も集まって、ちょっとしたパーティをする予定だった。
家族はそのための買い物に出かけていて留守だった。エリックは玄関先で受け取ったバラの箱を抱えて、ちょっと呆然としていた。
こんなところを誰かに見られたら、爆笑されること請け合いだった。
どこの世界に３８歳の男のバースディに年の数だけのバラを贈る野郎がいるというのだ？ここにいるけれど。
しかも、わざわざ地球のあっち側から、こっち側のオーストラリアまで。
でも、花を贈ろうというのがいかにもブラッドらしくてエリックは少し笑った。
「女性へのプレゼントと、ごっちゃになったんじゃないか？」
相手がブラッドでなければ、いったいこれは何のジョークだ？と問いただしたいところだった。救いはバラが、手のひらほどもある大輪ではなくて、
つぼみのような小さな花であるということか。
「でもまあ花に罪はないか」
バラはすぐにだめになってしまうから、早いとこ生けないと、とバスルームへ向かって歩き出した。いつまでも玄関先にいるのもなんだしと。
「花瓶あったかな？」
あるとすれば、バスルームのクローゼットだった。バラと同じ色をしたリボンを解いて開けた箱の中には、小さなカードが添えられていた。
「こんなの入ってたんだ」
カードを取り出すと、見覚えのある字でメッセージが書いてあった。
『エリックへ 誕生日おめでとう！ 愛を込めて』
「しょーもなー」
口ではそう言いつつも、やぱり嬉しかった。誕生日を忘れないでいてくれたこと、おめでとうと言ってくれたこと、プレゼントをくれたこと。
今日という日に、会ってその言葉を聞くことは出来なかったけれど。
「サンキュ」
誰が見ているはずもないのに、キョロキョロしてから、こっそりカードにキスをした。メッセージは手書きだからきっと、
ブラッドもこのカードに触れたはずだった。誰１人見ていなくても、ちょっとばかり恥ずかしかったけれど。
「おはよ、エリック。朝メシ来たぜ」
ブラッドはもうシャワーを浴びてきたのかさっぱりとした顔をしてバスローブを着ていた。
｢んぁ……おはよ…ブラッド……」
素っ裸のままで丸くなってて寝ていたのがありありのバクハツ気味の頭をして、目も全部開いていなかった。
「んー」
朝食、という言葉に引かれてもそもそと動きだしたエリックは、つい目をこすった。
「こら、目ぇこするなってば」
その手はブラッドに止められた。止められて、まだアイドリングが終了していない感じのエリックは、ぼへーっとしてから盛大にあくびをした。
「そんなおっきな口あけてると食われそうだな」
エリックが起き上がったベッドに、ブラッドも座った。ついさっきまで２人のアクティウな動きを受け止めていたベッドにとって、
大人しくしている２人分の重みなど、なにほどのこともなかった。
ブラッドが座ることによって出来た傾斜に逆らわず、エリックはころんと横になった。
「エリック」
「眠い〜」
「いたずらするぞ」
「だってー寝足りないー。ブラッドのせいじゃないかー、寝かせてくれないからー」
「人聞きの悪い」
エリックの駄々に、ブラッドはそう言った。要するにブラッドに甘えているのだ。甘えモード全開になっている寝起きのエリックが、
ブラッドには愛しくてたまらなかった。
「朝メシ冷めるぞ。食わないのか？」
「うーん、食べるー」
と言いつつ起きないエリックの、脇に手を入れてブラッドはよっこらしょと起こした。
「ほらほら、眠いなら食ってからまた寝ろ」
まだ半分寝ているエリックにバスローブを着せると、朝食の用意されているテーブルまでずるずるひっぱった。
ブラッドの昨夜はりきりすぎた腰に響きそうだった。
「あー、染みるー」
まずはこれから、と手渡したオレンジジュースを一息に飲んでエリックは言った。美味しそうに飲む姿もかわいいなぁ、
とブラッドはちょっと赤くなりながら自分のジュースを飲んだ。幸せだった。
幸せがオレンジジュースの形をして、エリックと自分の喉を潤しているようだった。
「やっと少し目が覚めた」
エリックがそう言ったのは、卵とベーコンとトーストを少し食べてからだった。
「物を食べるってスゴイなぁ」
「そりゃ良かった」
サラダをつつきながら、ブラッドは笑った。
「夜更かしはもうダメだなぁ、若くないんだなぁ」
「コラコラ。そんなこと言ったら俺はどうすりゃいいんだ？」
「だって……ちょっとすごくなかった？」
誕生日は無理だから、ちょっと時期ズラして会えない？と言ってきたのはブラッドだった。
予定をあわせたその週末、ブラッドから連絡してきたホテルの部屋を訪ねてみたら。
「そっか？普通だろ？」
「普通なのかアレが……」
ホテルの部屋に入った途端、ブラッドに引き寄せられてキスされて、しかも濃厚かつ熱烈な奴を。その間にどんどんと、
玉ねぎのように着ていたものを剥いてかれて、気がついたらベッドの上で抱き合っていた。ずっとベッドの上だった。
「せっかくスイートなのに、ベッドしか知らないかも……」
ベーコンエッグに添えられているソテーをつつきながらエリックがぼやいた。
「今見てるじゃないか」
そう言いながらナイフを使うブラッドの、金色のまつげが、もうずいぶん高く上った日の光に透けていた。
きれいだな、と思いながらエリックはそれを見ていた。
「どうした？」
ブラッドが視線に気づいて顔をあげた。
「うん。きれいだな、と思って」
フォークを持ったまま、エリックは見たまま感じたままを口にした。
「見惚れたか？」
いたずらっぽい目をするブラッドに、エリックはふふっと笑うことで答えた。それから身を乗り出して、テーブルに足をかけるほどに身を乗り出して
ブラッドの額にキスをした。
「どうせならこっちにしてくれ」
ブラッドはすぐに戻ろうとするエリックの後ろ首を捕らえて、昨夜ベッドでしていたようなキスをした。
「バラをありがとう、ブラッド」
なんで今頃？という顔をして、それからブラッドは気がついた。会ってすぐにベッドに引っ張り込んで愛欲まみれの一夜を過ごして
そういえば自分も、本来の目的のひとつを、果たしていないじゃないか、ということに。
「誕生日おめでとう、エリック」
シャンパンも何もなかったので、飲みさしのオレンジジュースの入ったグラスを掲げて言った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そう言いあって、またオレンジジュースを口にした。ちょっと甘くてフルーティなカクテルだと思えばいいか、と考えながら。でも一応聞いてみた。
「シャンパンでも頼むか？」
「来るまでに寝ちゃうよ」
飲んでも寝ちゃうだろうし、とエリックは笑った。
「ワインはもうみんな飲んじまったからな……」
「あああの」
ブラッドがまた、カリフォルニアワインなんて持ってくるものだから、それはオーストラリアワインへの挑戦か？とエリックが拗ねて見せたワインは、
昨夜のうちに全部飲んでしまっていた。
「あとはケーキ、とか？」
「ケーキにシャンパン？」
胸焼けしそう、とエリックは言った。
「フルーツとかさ。……そういうの全然考えてなかったな……」
「まあまあまあ」
「俺の誕生日には用意しよう」
「自分の誕生日に自分で？」
それってちょっと……とエリックが笑うものだから。それが一番大切なことだから。
「俺の誕生日はロスでしよう。招待するから。……来て、くれるよな？」
「おみやげは、オーストラリアワインにするよ」
何時までいられる？とか次の約束が、２人には宝石よりも大事だった。
宝石よりも、何よりもずっと。
「……連れて帰っちゃおうかな。それで、ケーキとシャンパンは機内で食べるんだ」
「ほかの人もいるのに？それはちょっとヤだな」
「じゃやっぱり頼む？」
「あとで外で食べよう、いいとこ知ってるんだ」
ほんのちょっとした約束や、ほんのちょっとした本音とか。
「キチネットタイプだったら、朝ごはん作れたのに」
「次はそうするよ」
そういったものが大事。なによりも、誰よりも、とても大事なものだった。
遅くなりましたけどえりりん誕生日話にゴザイマス。
こういう話を考えていたので、誕生日にＵＰ出来なくても
ダメージが少なかったりして。
そして今頃気がついたんですが
血襟にこだわらなくても別に
ラス襟とかいうのもアリだったのでは？
思い込むと、視界が狭くなるからなぁ（笑）。