バタン！と扉を閉めるのに、大きな音を立てるな！と苦情を言おうとして口を塞がれた。
担いでいたのを降ろそうとして、そのまま拘束される。手も、足も、腰も、口も。
アキレスが後ろ手で部屋の鍵をかけているのが分かった。
ヤメロ。イマスグニ。
コノオトコヲタオシテ。
ヘヤヲデルンダ。エジヲヨンデ――――。
「………ん……っ」
「…ヘクトル……」
アキレスはわたしの名前をうっとりと呼んだ。そんな熱っぽい目で見ないで欲しい。
どうしていいか分からない。理性では制御できないものに支配される。そんな瞬間は、
好きではないのだが。
「ああ、あんただ……」
何に使っている部屋でもないが、作り付けの長椅子や敷布程度はある。アキレスはわたしを長椅子に座らせて、自分はひざまずいた。
「あんただ……」
何が嬉しいんだか、わたしに触れるのが嬉しくてしかたがないという風に撫でくりまわしていた。……布地越しに触られるのはくすぐったいんだが。
「あの甲冑を脱がすのが夢だったんだが、これもいいな」
そう言ってアキレスはわたしの上衣を銜えた。
「………そんなもん食っても美味くないぞ」
「味の問題じゃない」
ふがふがしながらも、アキレスは律儀に言った。
「これが問題の胸か……確かにあるな」
「それは筋肉だろう！女性の胸とは違う！」
歯で剥いた服の下を、検分しながらまたそっと手を置いた。全体、なんだってわたしはこの男の為すがままになっているんだ？
「なるほど、あの甲冑の下の身体はこんな風になっているのか」
「何度も見ただろう……」
「見たかったわけじゃないからな」
ついには舐められた。身体が跳ねないようにするのが骨だった。アキレスのざらりとした、湿った舌が肌えを這い……飽くことなく舐めまわす。
挙句の果てには――――。
「触って、舐めて、摘んで、齧って、吸って……」
「……全部言わなくていい」
眩暈がした。
「顔を隠さないでくれ。――――見ていたい」
手を取られた。その手に、またくちづけられる。まったく全身舐めまわすつもりなのか。
「……なんだって……」
下衣はもう大きく広げられていた。片足は長椅子にかけるように持ち上げられ、アキレスがその間にうずくまっている。うずくまって、わたしを嬲っている。
「……こんな……」
自分のその有り様を見たくなくて、目を手で覆った。それを許さずに、アキレスはすぐ腕を掴む。そのままその手は首筋を撫ぜる。
髪ごと撫ぜるその手つきは、深く官能を刺激して――――生殺与奪をすべて、相手に委ねているようで――――たまらない。
「泣くな」
「泣いて、など…ないっ！」
「俺はこういう男だよ。あんたが思っていたような、もう１人の弟みたいな都合のいい奴じゃない。
あんたが望もうと望むまいと忍び込んできて――――あんたを抱く。こうして」
とんでもないところに舌を這わせた。心ごと、身体が跳ねる。それは拒絶なのか、応諾なのか。
「………………もしかして、初めて、なのか？」
あろうことか指まであてがいはじめて、どう諌めようか、それともぶん殴ろうか、それにしても身体に響くと思っていると。
蹴っ飛ばそうとしたら空振ってしまった。しかもその足を取られて、踝に奴はくちびるを寄せた。そんなところまで、舐めまわすなと言うのに。
嬉しそうに頬擦りまでする。足だぞ。きっと臭いぞ。
「怒るな。事実だろう？あんた、男とやるのにここを使うのは初めてなんだろう？」
……事実でも、言っていいことと悪いことがあると誰かに習うか自分で学ぶかしなかったのか！
思い切り今度は、背に当てていた布の塊を押し付けた。
「そうか俺がはじめてか……」
何をしみじみしてるか！と怒鳴りつけようとしたら。
「それじゃあ俺があんたをかつぐってわけだ」
「――――は？」
「レテを渡るときは、はじめてやった男の背に負われるんだそうだ。聞いたことないか？」
「ないっ！だいいちそれは……！」
女性の話だろうと言い募ろうとしたらまた口を塞がれた。
ついでに乳首もつままれる。というか捏ねくりまわされる。――――やめてもらえないだろうか？
「……堅くなってきた」
だから何がそんなに嬉しいんだか！
「嬉しいぞ？こうしてあんたに触っていられるんだからな」
それがどうしてそんなに嬉しいんだろ……もしかして読まれているっ！？
「あんたは神様みたいだと思ったんだがな。……こんなにかわいい神様だったとは思わなかったな」
「わ、たしのどこが、か…みだなどと……」
父ではないが「不敬はよせっ！」と叱咤したい気だった。いったいどこをどう押せば
そういう頓狂な考えになるんだか……。
「俺がそう思ったんだ」
それが理由のすべてだと言わんばかりだった。
そして、相変わらず手は休めようとしない。……熱心なことだ。本当の神に仕えるときも、こんな風に熱心にして――――
いるわけないか。
「じゃあこれを持ってきて良かったな」
そう言って奴は、調味料でも入れるような小瓶を――――。
「ちょっと待て。それは何で何をするつもりだ？」
「この期に及んで野暮なことを聞くな」
「野暮ってなんだ！？これが落ち着いていられるか――――っ！？」
「大丈夫、ちゃんと準備するから」
「ちゃんとってなんだ――――！！」
「うるさいといきなりつっこむぞ」
だからどうして、それで黙ってしまうのか。この、押しの強い相手に弱い性格を、今すぐ誰かどうにか出来ないだろうか？今までこれで、
何度どんな苦労をしたことか！
「……そんなことはしないと言っているだろう？嫌か？俺に触られるのは嫌か？こうされるのは嫌か？……だったらやめとくが」
かなりずるい。この獅子殿は。こうして正面切って聞かれたことに答えれば、そこからは逃げ場がないではないか――――。
どうして有無を言わさず奪ってくれないのだろう？考える余裕がなくなるように。これでは被害者にはなれない。共犯者になるしか、
ない。
「……『嫌だ』と言ったらすぐにやめろよ」
「……努力する」
おいこら！言っていることが違うじゃないか！
そんな蕩けそうな顔をするんじゃない。
わたしがおまえを、そんなに喜ばせたのかと、勘違いするじゃないか――――。
「いたっ………」
「痛いか？」
首を振った。
「………っつ…」
「きついか？」
首に手を回してしがみついた。
「………っ！」
『ヤメロ』とか『コワイ』とか『ハヤクオワラセテクレ』とかそういうことは。
何も言わなかった、何も。
自分でもこの意地っ張りで、いつか身を滅ぼすかもしれないと思ったことはあったが。
こんな風に近々にその危機に会うとは思わなかった。しかもこんなことで！
『イタイ』んだか『キモチワルイ』んだか『ゴリゴリスル』んだか。そのすべてなのか。
ああ、そのすべてなのか。
早く終わって欲しいと、当の相手の首にしがみついて。
合間に身体中撫でまわされるやら、舐めまわされるやら。この身体の、どこがそんなにいいものやら。
「……ゃくっ……っ！」
きつく目をつぶらずにはいられなかった。アキレスがどんな顔をしているのか見られないのは残念だったが、こっちもそれどころではなかった。
この次は必ず！と。
その時自分のその考えが、根本的に間違っていることには気づけなかった。
「ヘクトル……っ！」
本当はあのスパルタの浜辺で、初めて会ったときからこうしたかったんだとか。
実は神殿で再会した時だってよっぽどそうしようかと思っていたんだとか。
こうしていても夢みたいで嬉しくて仕様がないとか。
好きで好きでたまらないとか。
ずっとこうしていたいとか。
そんなことをたくさん言ってアキレスは帰っていった。
「おまえを好きになって、それで済めばいいんだがな……」
ぼんやりと、１人部屋の中で呟いてみた。名残りの雰囲気があるようで、本当は居たたまれないのだが。
遠くで赤子の泣く声がした。
「あ――――襁褓かな？」
我が子の呼び声に、ヘクトルは立ち上がった。事後の下肢の面倒まで見る奴なんて嫌われるぞ、とかなんとか呟きながら。
なんかちょっと中途半端になってしまったかしら？
お笑い路線でいこうと思っても、どーしても映画の流れが頭をよぎって……。
しょせんこの世では結ばれぬ２人だからなぁ（涙）。
とりあえず書きたいところは書けた！
パリスのよーにヘクトルの首を撫で繰り回させたり、
ハジメテなのでまだあんまりヨくない感じとかね！（←今回の目標）
おっと！忘れちゃいけないっ！歯で銜えて服を脱がせるとかね！！（笑）
ところでヘクトルの衣装は、船でも着ていたあの青いのを想定。
……巻スカート風って、イイよね（笑）。