限界ならもうとっくに超えていた。
　それはもう、空行く雲が、どんな高い山もものともしないように軽々と。
　それでもアキレスが我慢していた。ここまで来ると、我慢もちょっと快感かも。俺ってそっちの方も結構いけるのかも、などと思ってしまうくらいには。
　おせっかいなのか好奇心なのか、国にも戻らず残っているオデュッセウスが感心していたほどだった。
「よくもまぁ！おまえがこんなに禁欲できるとはまぁ！」
　何を言っているんだこのあほたんが、というのがアキレスの答えだった。
　だってヘクトルがそう言ったのだ。する気になるまで、しない、と。
　誰でもない、ヘクトルが。
　だからアキレスは待っているのだった。本当はちょっと、このままじゃ腐るかも、と心配はしていたが。他で済まそうという気も、しないではなかったが。
　限界なんてとうに超えている。
　それでもアキレスは待っていた。ヘクトルとの、あの濃密は時がやってくるのを。
　今日も今日とて滾るものの処理を、いささかもてあましながらも。

　アキレスの目覚めはいつも良かった。
　起こされなくても、寝が足りればそこで、ぱっちり目が覚めていた。
　まあたまに、用件のあるオデュッセウスや、呼び出しを受けたからとエウドロスに起こされたりもしていたが。
　基本的には寝覚めは良かった。今日もバッチリだった。だがそれは、扉の外に人の気配がしたからだった。
　アキレスやオデュッセウスがいるのは、客のために用意された棟だから、召使いの類の出入はあったが、人の行き交うようなことはない。
　しかも、扉の前を通り過ぎるだけならともかく、扉の前で止まっているようなことはなかった。
　オデュッセウスなら扉の前に立った瞬間に開けているだろうし、エウドロスなら控えめに扉を叩くか声をかける、召使たちはアキレスが部屋を出た後か
呼んだときにしか来ない。すると扉の前に立っているのは誰か？
　気配をたどっていたアキレスは、じきににやりと笑った。
　扉の前に立っているのがヘクトルだと分かったからだった。
　どんな用があってやってきたのかは分からないが、それなら扉の前でためらっているのも道理だ。ヘクトルのことだからきっと、
こんな朝早くから訪ねてもいいものだろうか、とか気を回してためらっているに違いない。アキレスは考えた。このまま狸寝入りを決め込んで
ヘクトルがそっと入ってくるだろうまで待つか、それともこちらから扉を開けて驚かすか。どちらも楽しそうで、アキレスは悩んでしまった。
　どちらにしろ、こんな早朝からアキレスのもとを訪れるくらいだから、またにしようと思い直して戻ってしまうようなどうでもいいことではないはずだった。
　アキレスはただ待っていればいいはずだった。
　しかし、そんな楽しい悩みは、扉を叩く小さな音で終わりを告げた。
　告げられば告げられたで、アキレスは出迎えることにした。全裸で寝ていたのでそのまま歩いていきそうになって、思い直して衣を取った。自分は
全然まったくちっとも気にしないが、ヘクトルが嫌がるかもしれないと考えたのだった。ヘクトルはよく、情事のあともいつまでもしどけない格好でいるのを
嫌っていた。けじめのないのは嫌だといって。それを思い出したアキレスは、下衣だけを巻きつけて出た。

「おはよう、ヘクトル」
　アキレスが扉を開いてそう言うと、ヘクトルは驚いたようだった。
　扉をあるかなきかのように叩いただけでアキレスが起き出してきたことも、扉を開く前から誰が来たのか気づいていたことにも。
「あ……お、はよう、アキレス」
　驚いてそれから、ヘクトルは顔を伏せてしまった。伏せた顔の向こう、柱に隠れるようにしてパリスの姿があった。パリスはアキレスに認識された
ことに気づいてヘクトルにがんばれ！とアキレスに牽制するような身振りを示して薄暗い回廊の奥へと消えていった。ヘクトルについてきたのか？とアキレスは
思ったが、消えたようなのでよしとすることにした。
「まあ入れ」
　部屋に入れるということは、そうでなくても限界を突破している我慢心をまたぞろ刺激することになるのだが、アキレスはヘクトルを招き入れた。
　ヘクトル相手に立ち話もなんだろうし、恥らっているヘクトルの姿を人目に晒したくなかったからだった。
「あ、りがとう、アキレス……」
　朝だからなのかここへ来た用件の内容ゆえなのか、ヘクトルの言葉はどれも歯切れ悪いものだった。
　アキレスはヘクトルを座らせると用意されていた飲み物を置いて自分も座った。すぐ隣ではヘクトルが嫌がるから、ちょっと離れた隣へと。
「あ…こんな朝早くから…すまない、アキレス……」
　回廊と同じく、部屋の中もまだ薄暗かった。
　窓はあったが寝室なので、ごく小さなものだったし、不自由がなかったのでアキレスは灯かりをつけていなかった。ヘクトルも持ってきてはいなかった。
　薄暗い中でもアキレスにはヘクトルの顔が良く見えたし、恥じらいやはにかみを体現しているような姿は、見ていてたいそう嬉しいものだった。

「起きていたから大丈夫だ」
　嘘ではなかったが真実でもなかったが、アキレスは力強く断言した。そもそもヘクトルが訪ねてくる以上に大事な睡眠など
アキレスには存在しなかった。
「そうか？ならばよかった……」
　ヘクトルは、熱でもあるかのような吐息を漏らした。アキレスが入れた飲み物を手に取ったものの、それに口をつけようとはせずに、ただ杯をもてあそび
何かを言いかけては言葉を飲み込んで、ということをくり返していた。しかし、ついに決心して口を開いた。
「ア、アキレス……」
「うん？」
　目にも楽しくヘクトルを見ていたアキレスは、ヘクトルのように正面を向いて椅子に腰掛けてはいなかった。片足を椅子の上に置き、身体はほとんどヘクトルの方を
向いているという行儀の悪い格好だった。いつもならばたしなめるところだったが、今日のヘクトルはそれどころではなかった。
「そ、その……なんだ」
「うん」
　そう言いながらアキレスはヘクトルの方へ手を伸ばしてきた。閨事は禁止されていたが、アキレスにとってそれは閨でのみするようなことは禁止、
と受け取られていた。だからこうして髪を手に取ったり、その髪にそっとくちづけたりするのは有りだろうと勝手に解釈されていた。おかげでヘクトルによって一切ならず
退けられてもいたが、アキレスは懲りるということを知らぬかのように同じことをしていた。
「アキレスは、その……」
「うん？」
　いつの間にかアキレスは、ヘクトルの息がかかるほど近くに移動していたが、やはりヘクトルは咎めなかった。アキレスはしだいに大胆になって
ヘクトルを頬にくちづけた。ヘクトルが聞こえるか聞こえないかのような声で言いだしたのはその時だった。

「アキレスは……まだその……わたしのことをその……」
「うん？」
　髪にくちづけ頬にくちづけ、もうちょっといいだろうかとヘクトルの手を握り、ヘクトルを足の間に囲い込んでみてはどうだろうかと考えながら、身体にも心にも
正直なアキレスはすでに、下衣の中身を高揚させていた。それをヘクトルに擦りつけ貫くときのことを考えて、うっとりしていたアキレスは
ヘクトルの言葉で一気にずっこけた。
「……まだ、わたしと……そ、その……せ、性交を…してもいいと…その……思っている、だろう、か……？」
　ヘクトルは真っ赤だった。相当に恥ずかしいのだろう、ヘクトルは自分の膝ばかりを見つめていて、アキレスの方を見てはいなかった。
　自分の言葉によって、アキレスがどんな顔をしているか、もしもあきれ果てていたらそれを見たくなかったためだった。しかし、アキレスにとっては
ヘクトルの言葉は、何をいまさら以外の何物でもなかった。
　もちろんしたいとも、それもたっぷり！と、言葉にするのは簡単だったが、アキレスは別の方法でヘクトルに伝えることにした。すなわち、実力行使つきで
ヘクトルの問いに答えることにしたのだった。
「あ……」
「さっきからこんなだ」
　アキレスはヘクトルの手を引き抱き寄せると、身体に触れさせるだけではなくヘクトルの手にも触れさせた。ヘクトルは熱いものに触れ
火傷しそうにでもなったかのように手を離そうとした。アキレスはヘクトルの咄嗟を許さずに、さらに囲い込んだ。
「ずっとこんなもんだ」
　そう言って、ヘクトルの下肢にも手を伸ばした。

「したいに決まっているだろうが。あんたが駄目だというから待ってたんだぞ。もういいのか？だったらするぞ。したくてしたくて、たまらないんだから」
　アキレスはそう言って、ヘクトルに身を乗り出してきた。要するに押し倒してきたのだった。
「ア、アキレス……っ」
「なんだ？まだ駄目なのか？」
　そう言いつつアキレスは、一方ではヘクトルの下衣から手を差し入れ太股を撫で、もう一方ではヘクトルの喉元を息と舌でくすぐり始めていた。
「わた、わたしは、こんなにアキレスのことを待たせていたし、誤解して身を投げようとするし、第一男なのだが……」
「でもヘクトルだ。そのヘクトルがいいと言っているんだ、俺は」
「ア、アキレス……」
「いいんだな？」
　アキレスは頭を起こしてヘクトルに確認した。よほど以前のことでヘクトルに待ったをかけられたのが効いているようだった。
「い……ア、アキレスは……その……」
「うん？」
　どうやらいいらしいと判断したアキレスは、制止がかからないうちに少しでも、というように、ヘクトルの口元にもくちづけた。
「わたしでいいのか……？」
「ああ」
　アキレスの答えに、ヘクトルが目を見開いた。アキレスはそれを楽しげな目で見て笑った。

「あんたはおもしろいことを言うなぁ」
「そ、そうか……」
　横になるにしても固い椅子のこと、ごつんとならないように横になろうと、ヘクトルは背後を探りながらそう言った。
「俺はあんたが好きだし愛してる。だから抱きたいんだ、ずっとそうだ。あんたのとこに来たのもそうだし、あんたがいいというまで待ったのもそうだ。
まだ何か聞きたいことは？」
　こちょこちょと、ヘクトルの顎をくすぐるようにしてアキレスは問うた。
「……アキレス」
「うん？」
　ヘクトルの目は潤んでいるようだった。アキレスはここじゃなんだから、ヘクトルを寝台に移そうかと考えながらそれを聞いた。
「わたしも、愛してる、アキレスを……」
「ああ」
　ヘクトルの言葉を聞いてアキレスは笑った。それはもう、晴れやかな笑顔だった。
「知ってる」
「アキレス……」
「いいんだな？いいんだろうな？朝だからとか後でとか言うのはなしだぞ？」
「アキレスの、いいように……」
　そう言ってヘクトルは、アキレスの首に腕を回し、思い切りしがみついたのだった。

　アキレスは抱き上げて寝台まで運ぼうとしたが、ヘクトルがそれを断った。さすがにそれは恥ずかしすぎたし
第一自分の体格を思うとアキレスに悪すぎた。それでもほんのわずかの移動中もアキレスに抱きしめられたままのような格好で、
手はつないでいたし何度もくちづけた。出来ることならアキレスだけを見ていたかったし、それはアキレスも同じだった。
　アキレスが起きたときのままに寝乱れている寝台に腰掛けさせられたときは、新たな羞恥心が沸き起こったがヘクトルはそれを意志の力でねじ伏せた。
（わたしは、わたしの意志でこうなることを望んだのだから！しっかりしろ自分！がんばれヘクトル！！）
　自分自身にそう声援を送りながら、ヘクトルはアキレスからの覆いかぶさるようなくちづけを受けた。もちろん手指はかたく結び合わせていた。
　指の間の皮膚さえも、アキレスが押さえる後ろ頭の皮膚さえも、アキレスが触れるなにもかもすべてにヘクトルは感じ入っていた。そして、
これまでの自分はアキレスによくもアキレスに触れられずにいられたものだと関心さえした。もっとずっと以前、アキレスからの行為を
苦痛にしか思っていなかったときの自分は、いったい何を考えていたのだろうか？とすら思った。それほどに、アキレスのまなざし指先すべてがいとしく嬉しかった。
「あ……」
　寝台にそっと横たえられ、喉元から鎖骨にかけてをアキレスのくちびるが這っていく感覚に、ヘクトルは思わず声を漏らした。それがまた、
ヘクトルにしてみればあまりにはしたなくあさましい声に思えて、つい手で口を覆った。しかし、見上げてくるアキレスの目が、
興がっているようでもあり、喜んでいるようでもあったので自分を許すことにした。アキレスがいいなら、それでよかった。
「あ……アキ、レス、…あ……」
　ヘクトルが感じていることを確認すると、アキレスはもっと下へと手や頭を移動させていった。
　ヘクトルの手首を掴み、アキレスに与えられる快感に酔って悶える手指の動きを楽しんだ。
「あ…ぁ……やっ……あ……そん、な……アキレス……っ」
　ヘクトルの着てきた部屋着なら、わざわざ脱がさなくとも用は足りた。上衣も下衣もどちらも、前で合わせてあるだけなので、左右に割り開けばいいだけのことだった。
　そしてアキレスはそうしていた。衣をはいでヘクトルが羞恥に顔を赤らめるさまを見るのも楽しいが、今は久しぶりのヘクトルを一片も逃さないよう味わうのが先決だった。
　もっとも、衣を着けたままならままでもまた、ヘクトルは羞恥心を覚えているらしかったが。

　アキレスはそんなヘクトルの、恥ずかしながらもアキレスの施す指やくちびる、吹きかける息に悶え喘いでいるのを満足げに見ながらヘクトルに耽溺していった。
　それまで手を入れるだけだった下衣を、秘められた場所へ通ずる最初の関門を、アキレスは大きく割り開いた。ヘクトルはそれを恥ずかしがって
身をくねらせた。むしゃぶりつきたくなるようなヘクトルの腿の奥、今はまだはっきりとは見えない暗い繁みの奥から、ヘクトルの興奮が顔をのぞかせていた。
　アキレスだけを待っているようにうち震えたそれは、早くも先走りを滴らせていた。かわいらしいそれを舐め取ってやるには、衣の合わせが邪魔だった。アキレスは
その紐を解こうと手を伸ばし、止めた。
「ヘクトル」
　アキレスの手が止まっていても、凝視されているという興奮だけで肌を火照らせていたヘクトルは、閉じていた目をおそるおそる開けた。
「……アキレス？」
　ヘクトルの目の前には、身を乗り出したアキレスの顔があった。
「いい子だ、ヘクトル。……出来るか？」
　ヘクトルの手を胸の前の上衣の紐を持たせ、もう片方の手に下衣の紐を持たせてアキレスは言った。
「この紐を」
　ヘクトルの鼻に自分の鼻をこすり合わせるほどの距離で囁いていたアキレスは、さらに顔を近づけヘクトルの耳朶を愛撫しながら囁いた。
「そのまま……解くことが出来るか？」
　アキレスの顔は笑っていたし、目はいたずらっぽく輝いてはいたが、口元は真剣だった。触れれば手が切れそうなほどに。アキレスは問うているのだった。
　ヘクトルに、そうされる準備は心も身体もすべてにおいて、整っているか？と。ヘクトルはごくりと喉を鳴らすと、ゆっくりとうなずいた。ヘクトルは
アキレスに連れて行かれた手をおずおずと伸ばし、あとは紐をはずすだけに肌蹴られた上下の衣の紐を思い切り引いた。
「ん……っ」
　ヘクトルの今のおぼつかない手では力で引くことは出来なかったので、かわりに勢いで紐を解いた。ヘクトルが紐を引くと、上下どちらの衣も左右に開いた。
　横たわるヘクトルの裸身はアキレスの目には眩しいほどで、恥ずかしさのあまり少しでも身を隠そうと身をよじりながらも、
アキレスに隠してはいけないのだという懸命な気持ちとがせめぎ合う様は、たとえようもなく愛らしかった。衣の紐をヘクトル自ら解いたことは、
ヘクトルがすっかりアキレスを受け入れてくれた証のようにも思え、アキレスは勇気を持ってそれを示してくれたヘクトルをやさしく抱きしめ、
いたわりを込めたくちづけを贈るのだった。

「アキレス……？」
　不安そうにアキレスを呼ぶ声も愛しかった。どうしたらいいのか分からなくなるほどだった。
　アキレスはその気持ちを少しでも示すべく、ヘクトルを思いの丈を込めて抱きしめた。
「アキレス……苦しい……」
　ヘクトルは笑いながらそう言った。アキレスも笑ってヘクトルにくちづけた。口内を存分に舐め味わい、舌を絡め、やがては息をも吸い尽くそうというほどの
激しいくちづけを終えるとアキレスが問いかけた。
「つづけても？」
「……ああ」
　ヘクトルは言うだけではなくうなずいて、アキレスにつづけるよう促した。アキレスの手を、下肢に導くことによって。
「ヘクトル……」
「アキレス、アキ、レス……はやくここを……」
　かわいがってほしい、とまでは言えなかった。そこまで言うのにも顔から火を噴きそうなほどになっていた。事実ヘクトルの顔は薄暗がりでも分かるほど、
熟れた果実のように真っ赤だった。
「……すぐだ」
　ヘクトルのあたたかみを増した頬にちょん、とくちづけるとアキレスはまたヘクトルの下肢に向けて身体をずらしていった。ヘクトルの
あらわになって震えている場所に、アキレスはゆっくりと顔を伏せた。ヘクトルは一瞬抗う風を見せたがこらえた。アキレスの舌が最初に触れた時には
びくりと身をふるわせたが、そのあとはもう。
「は……あぁ……あ……っ」
　アキレスが与えたいと思った以上のものをヘクトルは受け取っていた。アキレスの舌が触れるところ、手が触れ指が弄ぶすべてを甘く受け止めた。
　ヘクトルもまた、アキレスの乱れた髪ごと頭を撫でさすり、首から背にかけてをやわらかに撫で下ろしていったのだった。
　歯で舌で口でヘクトルのものをしごき舐めねぶりながらアキレスは、何度もヘクトルの逐情を促すべく頬をすぼめ、ヘクトルを翻弄した。さらにアキレスは、
ヘクトルの奥の準備をするべく手を伸ばしていった。ヘクトルの臀の奥を、伸ばした指でつつきアキレスを受け入れる孔のまわりを撫で、
ヘクトルにやがて来る時間へのおそれと不安と、それを凌駕する期待にうち震わせたのだった。

「あ……アキレ、ス……あ、あ……っ」
　絶頂が近いことを示すヘクトルの声を合図に、アキレスは己の口という檻からヘクトルの屹立という虜囚を解放した。
「あ……」
　あともう少しで極めるところだったヘクトルは瞬間恨みが増しげな目をアキレスに向けたが、すぐにアキレスの手に包まれ撫でられてまた言葉を失った。
「ああ……」
　アキレスはヘクトルに寄り添うようにして抱き込むと、自身のものとヘクトルのものを合わせて擦りはじめた。アキレスが導くまでもなく、いつしかヘクトルの手も
そこに加わり始めていた。
「どう、だ……？」
　淫らな欲は止めようもなくアキレスとヘクトルの２人を覆いつくし、ヘクトルは快感の狭間をたゆたいながらも懸命に目を開き、潤んだ目でアキレスを見つめ喘ぐのだった。
「アキ、…レ、ス…」
　ヘクトルがくちづけを乞うような仕草をしたのでアキレスは望みに答えた。ヘクトルがただ名前を呼んだだけだとしても、
アキレスも同じくらいくちづけたかったのだが。
「アキ……アキ……あ、あああぁっ」
「ヘク、トル……うっ…く、ぅ…」
　互いの顔をくちづけるほどに近づけたまま、アキレスとヘクトルは達した。
　最初の虚脱状態から抜け、荒い息が収まると、アキレスはヘクトルの額に手にくちづけ、ヘクトルは気恥ずかしげにそれでも嬉しそうにそれを受けた。
　２人は、これでまだ終わりではないことを知っていた。身体を寄せ合って絡めあいくちづけしあいながらも次を望んでいた。
「ヘクトル……」
　アキレスは瞼にくちづけたのを最後にして、ヘクトルをうつぶせた。
「ア、アキレス？」
　顔が見えないこと、手の先にアキレスのぬくもりがないことに、ヘクトルの声がゆれていた。アキレスは顔を向けたヘクトルを、なだめるようにくちづけ微笑んだ。
　しかしアキレスも、ヘクトルの臀を目の前にするとつい鷲掴むように力を込め、荒々しい指を境にそって下ろすのだった。

「……っ…」
　ヘクトルが痛みを覚えて抗議するように振り向いたのも目に入らなかったようで、アキレスの前にあるのはただ、
ヘクトルの臀とその奥のいずれ自分を受け入れとろけるような快楽を味わわせてくれることを約束したような孔だけだった。
「…う……ぁ…」
　割り開いた臀の奥にそっと息づく場所に、アキレスはためらいもなく舌をあてがった。本来ならばこんな無遠慮な、それでいて熱く濡れた感触を
味わうはずもなかった場所への久しぶりの感覚に、ヘクトルは思わず息をつめた。
「あ…あ……アキ…レス、ぁ……」
　しかしじきに、ヘクトルは何ひとつ考えることが出来なくなっていった。アキレスが後ろの孔をとろかしていくごとに、ヘクトルの物を考える力をもとろかし、
もっとその愉悦を味わわせて欲しいと、切なく身悶えるばかりとなった。
「…ふ…ぁ……ぁ……」
　アキレスの舌でさんざんにとろかされ、次いで香油を塗ったアキレスの指の進入を許し、ヘクトルはもうどうすることも出来なかった。
「あ…ん………んぁ……あ…ん…あぁ……」
　敷布に涎による染みをつけ焦点も定まらなくなったヘクトルだった。アキレスは、そんなヘクトルに早く己を突き立てたくてしようがなくなっていた。
　息も荒くヘクトルの後孔を指で攻め立てているといつしか、己自身でヘクトルを犯しているような気がしてくるのだった。
「アキレス！アキレス……も、う……っ」
　もう駄目だから、勘弁して欲しい、とヘクトルが涙ながらに止めなければ、アキレスはヘクトルの中が火を噴くまで止められなかったかもしれなかった。
　それほどに夢中になってしまっていた。
「あ……」
「も、う……お願いアキレス……もう、我慢、出来…ない…から……アキレス……」
　放心の果てに、ようやく沈静化してくれたアキレスに、ヘクトルは涙を浮かべながら懇願した。

「…すまん……」
　夢中になって我を忘れたことを詫びると、アキレスはヘクトルの中からそっと指を抜き出した。なるべくヘクトルに触れないようにして。
「アキレ、ス、アキレス……何か…わたしは…」
　アキレスを怒らせるようなことをしたのか？とヘクトルは言った。それを訊いて、アキレスはたまらずにヘクトルを抱きしめた。
　敏感になっているヘクトルは、アキレスに触れられることとその力の強さに悲鳴を上げた。
「すまん、ヘクトル……もちろんそんなことは、ないんだ…俺が…いや、あんたはいつも俺の理性の箍を外してしまうがな」
「アキレスの、理性？」
　ほっとしたヘクトルはアキレスの弁解を聞いて思わず笑ってしまった。
「そうとも、俺の理性だ。知らなかったわけじゃあるまい？」
「まだ見たことはなかったな」
　ヘクトルはくすくす笑いながら言った。
「滅多に見ることは出来ないんだ。あんたは運がいい」
　もったいつけて言いながらもアキレスは、静まってみれば、一刻も早くヘクトルの中に入りたくて、うずうずしているものを、笑うヘクトルにあてがった。
「あ……」
　その感触にヘクトルの笑みはたちまちのうちに、恍惚とした表情にとって変わられた。

「…こんなになっているのに、よく辛抱したと思わないか？」
　ヘクトルの、余分な力が抜けたところを狙ってアキレスは徐々に侵入を果たしていった。
「あ……ん……」
　猛々しく熱く、さきほどの指以上のものをもたらすことが分かっているというのにヘクトルの表情は蕩けていた。ヘクトルのそこは、
舌よりも指よりも確かな質量を持ったそれを、明らかに歓待しているのだった。
「すごい、な……ヘクトル、とても、いい……」
「あ……ア…キレ……ス……あ……」
　ヘクトルは目を閉じて、より深くアキレスを味わおうとした。アキレスもまた、ヘクトルに包まれ至福の時を迎えようとしていた。
「ヘクトル……ヘクトル……」
　思いの丈がいつしか、腰の動きへと変わっていった。今度こそヘクトルの腰に打ちつけるために、アキレスはヘクトルの腰を掴み挿入をくり返した。
「アキレス……あ……アキ、レ…ス……ぁ……」
　ヘクトルもまたアキレスが見えない体勢での交わりに対する不安を忘れていった。
「ヘクトル、…ヘク…ト、ル……」
　アキレスにももうヘクトルを思いやる余裕はなくなっていた。あるのはただ、互いを貪りつくしたい奪いつくしたいという欲求だけだった。
　そしてそれを凌駕する、互いに対する愛しさといたわりとに、ほの暗い寝室は支配されているようだった。

　ヘクトルにしてみれば急転直下の展開で、アキレスにとってはやっと解禁になった展開に、２人は存分に酔った。
　もうとっくに起き出して動き出している時刻だったが、客人であるアキレスが出て行かなければ召使いもやっては来なかった。
　それに、パリスは知っている。上手くやりなよがんばって！あとのことは僕にまかせといて！兄上がんばって！！という、ありがたい応援の言葉を
もらっていることだし。
「あ……あぁ……アキレ、…ス…」
「ヘクトル……」
　何度目になるかは分からなかったが、アキレスはまだヘクトルを離したくはなかったし、ヘクトルも離れたくなかった。
　久しぶりだしどうだろうかという懸念は無用だった。アキレスが用意の香油でとろりとそこを濡らせば、ヘクトルは昂ぶってどうしようもないくらいだったし
アキレスも１度や２度の逐情ではとても足りるものではなかったからだった。
　息も出来ないような激しいやりとりをしたのは最初のうちで、今はじっくりとお互いを確かめ合うためにゆっくりとした緩慢な動きで情を交し合っていた。
　ヘクトルが胡座をかくアキレスの上に跨るようにして繋がっているために、どちらもあまり激しく動けず、ためにじれったくも長い愉しみを
思う存分味わっているのだった。ヘクトルはアキレスに舐めて欲しいとでもいうように豊かな胸の先、固く尖った部分を突き出していたし、
アキレスはゆるく突き上げるものに答えて揺れるヘクトルの腰使いを堪能しながら、ヘクトルの尻の肉を撫で掴み、前に回してヘクトルの
勃ちあがりきったものを撫でたり抓んだりして翻弄していた。ヘクトルもアキレスも、互いに翻弄されあいしあっていた。
　どちらもたとえようのない感覚に悶えていたし、久しぶりに味わう感覚ゆえなのか、それともついに心が互いに向いていることを確認しあったためなのか
そのすべてなのか分からない情動に身を任せきっていた。

「ヘク、…トル……ぁ……」
「あ……あ、ぅ……あ……んん……」
　アキレスはヘクトルの乳首を加え、ひっぱるようにして歯と舌で愛撫すれば、ヘクトルは髪に手を差し入れて身をのけぞらせた。
　王子の証である黄金の髪飾りは随分髪から落ちてしまっていた。アキレスが取ったものもあったし、動きにつれて取れてしまったものもあった。
　髪についたトロイの黄金の代わりに、別の黄金に侵されていく過程を表しているようでもあった。
「ヘクトル、ヘクトル……」
　やがてアキレスが、このじれったい快感に値を上げた。
「ヘクトル……動くぞ……」
　それは確認ではなく宣告だった。
「あ……アキレス……？」
　アキレスに翻弄されて目の焦点とともに、思考の焦点も絞れなくなっていたヘクトルにとっては理解不能の宣言だった。
　しかしそれは、ヘクトルがアキレスの意図がつかめないのは確かなことだったが、アキレスになら何をされても構わないと、ヘクトルが思っていることを
知っているがゆえのことだった。
「あ……あ、あ、んぁっ、あ、あぁっ！！」
　アキレスはヘクトルの腰を掴むと、一息に突き上げた。アキレスの動きが激しさを受け止めきれずに浮いてしまう身体は、
アキレスによってしっかりと押さえられていた。だからヘクトルは、それまでのゆるやかな快感とは打って変わった激しい突き上げに、
物も言えないほど喘ぐ羽目になったのだった。

「アキ……アキ…レ……あ、あっ……アキ…レスぅ……」
「ヘクトル……いい、か……？」
「……ん……ん……っ」
　言葉にして答えられないヘクトルは、懸命に頷きながら涙をこぼした。アキレスはその涙を、ヘクトルを引き寄せるたびに舐め取った。
「お、れも……いい……さいこう、だ……」
「ア、…アキレス……」
「ヘクトル……おれの、もの、だ……」
「アキレス……」
　やがてアキレスはそれだけでも足りずに、ヘクトルを組み敷いた体勢にさせた。ヘクトルはもう喘ぐ以外に出来ることもしたいこともなく、
あとはただアキレスを感じて悶えるだけだった。アキレスは何度もヘクトルの名前を呼び、極める瞬間を思いながらも少しでも長くこの交合をつづけたいという
相反した思いを抱きながらヘクトルを攻めた。
　ヘクトルは本当だ、と思った。アキレスに抱かれながら、貫かれ快感に涙しながらそう思った。
　パリスの言うことは正しかったと。
　これまでも、意に反して身体は反応していたと思っていた。でも違う。これはあれとは全然違う、と。
「アキレス、アキレス……あ……、アキレス……いい……」
「おれもだ、ヘクトル……」
　喉も裂けよとばかりに叫びたかった。アキレスが自分を望んだからこうしているのだ、と。

　ヘクトルは恥ずかしがったが結局は説き伏せられた。
　アキレスは別にいいぞ、といった態度だったから援軍にはならなかった。
　パリスが話をもちかけきて、アキレスは了解してしまったし、オデュッセウスも是非やるべきだと言ってしまっては、ヘクトルに拒否権はないも同然だった。
「やはりみんな見送りがしたいと思うし、兄上」
　パリスがかわいくそう言えば。
「そうだな、仮にもあんたは一国の王子なんだし」
　その一国の王子を攫っていくも同然のアキレスも同意した。
「お披露目をしないでプティアへ行く？……正気か、ヘクトル？」
　オデュッセウスにも心底不思議そうに言われてしまった。
「意見を差し挟める身分ではありませんが、ヘクトル様。私がトロイの国民ならやはりよそながらお見送りしたいと思います」
　良識派のエウドロスにまで言われてしまった。それでヘクトルは観念したのだった。
「良かった、兄上が承知してくれて。プティアへの船出前に是非、国民へのお披露目をしたいと思うんだ。大通りを行進するとかして。
兄上は自分のことで仰々しいことは嫌いだし恥ずかしがるけど、国民にしてみれば慶事なんだし、兄上の門出を見送りたいと思うんだ」
　確かにヘクトルは自分のためにそんなことをしてもらうのは、と思ったし、恥ずかしいしで嫌だった。
　しかしそう訴えられてみれば確かに、これまで尽くしてくれていた国民に挨拶もなしというのはどうかと思うのだった。
　パリスも上手くそこをついて説得していたし、和平の一環として、それに尽力したオデュッセウスたちをも見送るのだといわれれば首肯せざるを得なかった。
　何よりもこれはヘクトルのためでもあり、国民のためでもあり、パリスたちのためでもあった。

「さて行くか、ヘクトル」
「ああ、アキレス」
　プティアへ船出する前に、国王たるプリアモスへ挨拶し、身内に別れを告げ、神殿に詣で、市街を騎乗して城門まで行くことになっていた。
　いくらパリスとヘレンのときのように、ということでも、ヘクトルがどうしても！馬車ではいかない絶対に！！と強硬に反対したので
妥協案としてそれぞれの愛馬に乗って行進することにしたのだった。例の騒動のときの功労者でもある馬たちは、熱狂する民衆のざわめきに
びくともするものではなく、誠に頼もしい限りだった。
　馬はそれぞれエウドロスとリュサンドロスが引くことになっていて、騎乗するので略式とはいえ鎧姿なのもヘクトルにとっては有難たかった。
　正式な格好には違いないが、これがもし婚礼の時の衣装などを着せられるのなら、恥ずかしさのあまり悶死してしまうかもしれないと
考えたからだった。アキレスは単に動きやすい格好なので嬉しいようだった。
　並んで駒を進める２人に、先導するオデュッセウスやパリスにも歓呼の声は降り注いでいた。
「すごい見送りだな」
　大音声の中に馬を寄せてアキレスが言った。
「まったくだ」
　ヘクトルはパリスが集めたのだろうと思っていた。もちろんそれは、とんでもない勘違いで、みな自分の意思でヘクトルたちを見送りに来ていたのだったが。
（みんながアキレスに見惚れている。無理もないな、アキレスだものな。……しかし、なんだあの熱い眼差しは！？）
（さすが美男美女が多いことで有名なトロイだな。しかし、ヘクトル以上に見目良くて気立てが良くてその上閨事の上手はいないようだな）
　それでもアキレスとヘクトルは胸中はいざ知らず、人には笑顔を互いにはよりいっそうのゆたかな笑みを見せるのだった。
（いよいよプティアへヘクトルを連れて行けるな。そうしたら、あんなことやこんなことを……）
　アキレスはヘクトルとするあんなことやこんなことを想像して笑み崩れていた。
（いよいよアキレスとプティアへ行くのか。さぞかしアキレスの昔の女性が……いや、いやそれはもう昔のこと……）
　ヘクトルはいまさら考えてもどうしようもないアキレスの過去への妬心を押さえ切れずにいた。
『ヘクトルさまー、アキレスさまーおしあわせにー！！』
　それでもアキレスとヘクトルは、雨霰と振り注ぐ民の言葉に、笑みを浮かべ手を振って答えつづけていたのだった。

そういうわけで、ヘクトルは
かのマライヒのようなやきもち焼きに
見事決定いたしましたー！！（笑）
なお、参考文献ならぬ参考画は
ずきこさんのところのアキレス婿入り図にございます。
マンガはともかく過去日記絵を探すのは大変でした…
いつの日記絵なのかメモしました、もう大丈夫！（笑）
それにしてもやっと終わりました、長かった…。
ほんの軽い気持ち出始めたベタネタが
まさかこんなに長くなろうとは！
いやはや本当にびっくりです。
なにはともあれこれで終わり、いや良かった！
でももしかしていつか、プティアでの２人を
書くかもです。その時はまたどうか
おつきあいくださるようお願いします＞ペコリ。

【追記】
なんだかとってもえいちシーンが消化不良な気がしたのと
旅立ちお披露目シーンもちょっと簡素すぎたかも？
という気がしたので書き足しました。
あーおなかいっぱい！
というくらい書けて満腹満足♪

モドル＞＞