「見学？」
「そう、是非！」
「パトロクロスが見学したいそうだがヘクトル……」
「却下」
アキレスがすべて話す間もなくヘクトルはパトロクロスの提案を取り下げた。
「駄目だそうだ」
「えー！？」
「パトロクロス様……」
控えていたエウドロスに心労というものがあれば、それは間違いなくこの主筋からもたらされるものだった。
「だいたい人のなんか見てどうするつもりなんだ？」
「向学のために」
「向学？になるのか？あんなものは実践あるのみだろう？」
「それにしたってお手本はあったほうがいいでしょう？」
「それはそうだが手習いでもあるまいに……」
「あーあ、駄目かー。どうするエウドロス？」
「パトロクロス様……」
流す涙もちょちょ切れそうなエウドロスだった。
「ヘクトルさんは恥ずかしがりだからなーちょっと見てみたかったのになー」
「パトロクロス様……」
「何、エウドロス？」
「ああいったことは、その……ことさらに見せたりするものではないかと……」
「まぁね。そういう商売でもないしね。残念だけど。どうしよっか、エウドロス？」
「は？」
「他に聞ける人もいないし……どうしたらよくなる？」
もう分かんないから、と笑うパトロクロスに、出来たら最初から自分に聞いて欲しかった、と身も心もよろよろになっているエウドロスは思った。
「そもそもなんでそのような考えを持たれたんですか？」
「うん？だって僕は毎回とってもいいんだけどエウドロスはどうなのかな〜、と思って」
「はぁ……」
それならばいつまでも自分などにへばりついていないで、少女でも年増でもこのさいいいいから、とにかく女性に関心を向けて欲しい、と思うエウドロスだった。
「エウドロスはいっつも眉間に皺寄せて、苦しそうなんだもん」
「そうでしたか？」
「そう。なんだか僕がいじめてるみたいといつも思ってたんだけど？」
それにしては……という感想を、エウドロスは急いで頭から追い出した。昼間っからなんて不埒な、と。
「いえそんなことはありませんが……」
口篭もりながらエウドロスは言った。頬も赤い。
「でもエウドロスは僕につきあってくれてるだけだろう？別に男にされるのが好きなわけでも僕を愛してる訳でもないでしょう？」
さらりとすごいことを言うパトロクロスだった。
「そんなことを考えてらしたんですか？」
ちょっと呆然としてエウドロスは言った。
「そんなことじゃないよ！大事なことだよ！！」
「はぁ……すみません、ちょっと意外だったものですから」
「なにが？」
「いえあの私とても、パトロクロス様のことは好きですよ？」
でなければあんなことにはつきあわない。腕っ節ならまだまだエウドロスの方が上だ。いくらなんでもそんなに嫌なら力づくでも退けている。
「エウドロスの好きはどんな『好き』？」
「どんなって……」
「アキレスの従弟だからとか、領主の一族だから？」
「もちろんそれもありますが……それだけでもありませんが」
「じゃあなに？」
「……なんでしょう？えーと……パトロクロス様は好きです」
「僕が僕だから？僕の容姿とか性格とか財産とか？」
「財産は別にどうでもいいですけど……パトロクロス様は面白いし……」
「なにそれ」
「いえ、ええと……どう言えば良いのかな？」
エウドロスはかなり困ってしまっていた。この質問は、ずっと身体を使うことで暮らしを立てていたエウドロスには難しすぎた。
困り果てているエウドロスの髪を掴んで引き寄せて、パトロクロスはくちづけた。
「僕のこと好き？」
「好きです」
「こんなことをしてぶっ飛ばさないくらいには？」
「他の奴がこんなことをしたらぶっ飛ばします」
「アキレスがしても？」
「アキレス様は私にこんなことしませんよ」
「こんなことで悪かったね！」
ぶーっとふくれながらパトロクロスは言った。
「こんなことですよ。私にこんなことをしようという物好きはパトロクロス様くらいのものですから」
「僕は物好き？」
「物好きでしょう？何の酔狂を起こして私なんぞに」
「エウドロスだからだよ」
「それが分からないんです。どうしてこんなおじさんなんかに……」
パトロクロスのような若者に似合うのは、花のような少女しかあるまいと思えるのに。
「エウドロスがエウドロスだからだよ。僕が僕であるみたいに」
「はぁ……」
「もういいよ。ぶっ飛ばしたいほど嫌なわけじゃないんだろう？」
「はい」
「ならいいや。あんまり難しいこといっぺんに考えて、熱でも出したら困るから」
「それはアキレス様のことでしょう？」
「あんあん言わせるのはいつかの目標にするから」
「あんあん……？」
「それじゃとりあえず場所変えよっか♪」
「は？」
「まあまあまあ！僕がんばって上手くなるから！」
「はい？」
「さ、行こうか、エウドロス！」
相互理解到達への道は、長く遠い。
でも、近づけるといいね。
ある意味、エウドロスはヘクトルよりも難敵かもしれないな。
自分の気持ちもしっかり把握しきっていないところなんかは
アラゴルンに似ているかもしれない（笑）。
やっぱり、がんばれパトロクロス！エウドロス！
それでも一緒にいられるのは幸せだぞっ！！