「この髪、もっと伸ばしてみないか？」
いわゆるひとつのそういう仲になってしまって、いわゆるひとつのピロートークなるものの中で、ブラッドはそう言ってエリックの巻き毛を指に絡み付けた。
「もっと？ヘクトルみたいに？」
ヘクトルあの長い髪は、半分はエリック自身のもので、半分はつけ毛なんだけれども。
そんな会話が交わされているのは、トレーラーハウスなので、もちろんベッドはせまい。その狭さはさながら寝台車の如く、というほどなのに、そうでなくてもがたいがでかいのだから、１人寝るのだってきゅうきゅうで、寝返りを打つときはご注意ください〜♪とアナウンスが流れそうなくらいだと言うのに、２人はひっついて同じベッドでごろごろしていた。
じっさいに転がったが最後、床までダイブ出来そうではあったが。
「ううん、もっと」
しかもブラッドはアキレスのように、つまんだエリックの髪の匂いをくんかくんか嗅いでいた。
汗臭いだろうに、と思うのだが好きにさせておいた。身じろぐほどの場所もないし、第一指一本動かすのも億劫だったからだった。そして、ああやっぱり、と思っていた。やっぱりハリウッドにはニンギョ肉が出回っているのだ。おおっぴらなのかひそやかにかは分からなかったけれども。でなければ、自分よりも年の上なブラッドが、こんなに元気なわけがない。
ニンギョ肉のスープか何かを飲んでいるので、このセレブさまは年を取らないのだ。少なくともゆっくりなのだ。きっと表向きの年齢は自分よりも上だけれど、実際の肉体精神年齢は２０代くらいになのに違いない。エリックはそう思った。
「もっと？なんで？」
でも口は動くので、ブラッドの好きにさせておきながら、しゃべることは出来た。そうでもしないと、このまま眠ってしまいそうだったが。こうしている今も、まぶたがくっついてしまいそうで困っていた。一応お客がいるのに。
「伸ばせば縦ロールにならないか、これ？」
「ああ、くせっ毛だからな……」
ってことはヘクトルもパリスも、もしかしたらプリアモスもオデュッセウスもアガメムノンも伸ばせば縦ロールになるのか？
……ミニスカ縦ロール隊……。とりとめもなくおばかな妄想は広がっていった。しかしそこで、エリックははたと気がついた。
今は現代だ、古代ギリシャでも中世もなんでもない、裁判官でもないし。「なんで縦ロールにする必要があるんだ？」
しかもならないと思うぞ、きっと。エリックはあきれ半分感心半分にそう言った。いったいどこから、そういう発想が出てきたのだろうか？暑いからかな？確かに表の気温は、知りたくも聞きたくもないほどかもしれないが。
「面白いから」
「あそ……」
素晴らしきご意見にエリックは脱力した。そうともそれがブラッド・ピットだ。
でなければ共演女優でもなんでもないこんな共演男優と、こんな関係になったりなりたがったりするわけはないのだった。
つまりは珍しい物好きの面白がり。誰から受け継いだものなのか、ブラッドにはそういう血が精神が、脈々と受け継がれていると思っていた。そういう血が、少しほしかったなぁ、と言うとじゃあ輸血しようか？と返されたのも記憶に新しかった。
「縦ロールをこう、さっとなびかせてだな……」
「うんうん」
「バイクを転がしたりオープンカーで髪をなびかせたりするんだ」「ちょっと待て」
「うん？」
「わたしがするのか？ヘクトルじゃなくて？」
「うん」
横にいるブラッドの顔を見てみると、きょとんとしていた。そして言った。
「だってヘクトルはお話の中の奴だろう？俺は、あんたで見たいんだ」
すみませんブラッドさん、あなたが見えません。
エリックはちょっと泣きたくなった。
「ブラッドって中世志向だったのか？」
「いや、別に。特別史劇が好きなわけでもないし」
「あそ……」
また虚脱した。まあぶっちゃけ、いわゆるひとつのピロートークなんてこんなものだった。「ずっとこうしてみたかったんだ」
ブラッドは飽きもせずにエリックの髪にさわり、その匂いをかいでいた。エリックはだんだんと、汗の匂いが気になりだしてきた。シャワー浴びに行こうかな、と。足腰が言うことを利いてくれれば、の話だったが。
「は？」
「はじめて会ったときから」
すんすんと、髪に鼻をすりつけるのはいいが、そのうち髪の奥にひそむ、皮膚やら顎やら首やら頬やらにまで、その魔手ならぬ魔鼻は伸びていった。ついでに、ブラッドの腕も胸も足も。
「こうして、髪に触って指に絡ませて匂いをかいで……」
それはちょっとフェチ入っていますね、お客さん、とエリックが胸でそう考えている間にも、ブラッドは新たなるたくらみを進行させていた。
「おいこらブラッード！足を絡めるな！もう……っ」
もうごめんだぞ、というのは、言葉にならなかった。ブラッドが、尻をつかんで、その奥に指を含ませたからだった。「もう？」
「ブ…ラッ、ド……」
「もうおしまい？」
せっかく明日は休みなのに？とブラッドはエリックの耳元で囁いた。
「エリックは、もう満足しきっちゃった、の？」
胸や腹、それから足を撫で回して、とても見事な彫刻を、愛撫するコレクターのように。エリックは目をつむってこくこくうなずいた。
「でも」
ブラッドがエリックの耳たぶを噛んだ。そのまましゃべるので、振動は耳に鼓膜にその奥に、股間にダイレクトにつながる快感中枢に、刺激はすべて伝わっていった。
「俺はまだしてないんだ」
だからつきあって、とセレブさまはのたまった。エリックは必死で、いやもう無理だからそろそろシャワー使いたいし、ということをたどたどしく言うと。「シャワー？シャワーもいいけどあそこ狭いから……あそこでやるのはちょっと……」
誰がシャワールームでつづきをしたいと言ったぁっ！！と、いうエリックの叫びは、これまた飲み込まれた。ブラッドの手が、エリック自身をこねくり回していたからだった。ちょっともう、たいそう執心なことをうかがわせるような、熱意と細心の注意の感じられるその繊細な手つきと言ったらもう、もう無理終わり、と思っていた持ち主自身をも裏切るような反応を引き出していて。
「こんなになってるのに、やめるの？シャワーでしずめるの？……そんなもったいない。こっちだってほら……まだまだイケそうなのに……」
余計なお世話ですよブラッドさん、と思いながらエリックは泣きそうだった。今ならきっと縦ロール要請にも、応じてしまうくらいには。
「ブラッ……ド……」
「軽めにするから」
なんだそれは、と思った。料理の盛りつけじゃあるまいし。「挿れないから」
それはそれで、また。確かにブラッドの一方の手は、後孔から離れがちになっていて、付近を撫でさする程度になっている。でも、それでも、身もだえしてしまうには充分なほどで。
「………ット……」
「お願い、エリック」
こっちからしてみれば、そっちのほうがよっぽど羨ましいストレートの長めに伸ばしたアキレスヘアーが頬にかかった。しょうがないな、とかそれなら、とか言いたくなくて、エリックはぎゅっと目をつむった。
つむって、ブラッドの頭を引き寄せた。
「はやく……すませ、ろよ……」
「……努力、する」
なんだその間は！と思っているうちに、両足を抱えられた。これまた結構な重さがあるだろうに、アキレス用に鍛えた腕にはなんでもないようだった。よっこらしょ、というのでもなく、もちろんどっこいしょでもなく軽々と。縦ロールの、お姫様もかくやというほど、軽やかに。ぎゅっとつむった目のままに、ぎゅっとブラッドの頭を抱えていたら、エリック痛い、とものいいがついた。
少し腕の力をゆるめるついでに、ちょっと細目を開けてみたら、汗を浮かべて一生懸命なブラッドの頭が見えた。その汗に、ちょっと気をよくしていると、ブラッドの動きがはじまった。
またなんだって、そんなことまでして、この身体で吐精したがるのか、不思議な気がしないでもなかった。まったくもって、自分を含めた、最大の不思議。
こっちもよっこらしょと、足を持ちあげて、ブラッドに協力するとにっこり笑った。なんだ意外と、かわいいじゃないかと思って、また頭を抱え込んだ。
とりあえず今だけはこのさらさらヘアーは自分のものだった。
暑い日差しに少し荒れて、荒れたぼさぼさだと、ブラッドが騒いでたっけ、と思い出しながら。
意趣返しに、ちょっと引っ張ったりしながら。
それでもって心の中ではこっそりと、好きだぞーとか呟いたりなんかしながらも。
天然パーマだからって必ずしも縦ロールにはならないと思うんですが。
アキレスは絶対に髪フェチだと思うけど
ちーさんもそうだったりして〜と思ったものですから（笑）。
狭いベッドで、きゅうきゅうひっつきあっているガタイのいい人たちって萌〜。
狭いシャワーブースもきっと萌〜。
電話ボックスとかじゃ、さすがに不憫だけど（笑）。