「ただいまぁ」
明かりがついているのが分かったので、ブラッドは笑顔でそう言いながら入っていった。
「おかえりぃ」
案の定、奥からはエリックののんびりした声で返事が届いた。２人で住むにあたって、ハード担当のブラッドはこじんまりした家を選んだ。
「あんまり広すぎない家にしてもらえないか？迷子になりそうなほど広い家って住んだことないんで、落ち着けないと思うんだ……」
そうエリックが、控えめにお願いしたからだった。もちろんブラッドも家の中で野球の試合をするつもりはなかったので賛成した。ブラッドが選んで２人で決めた新居はこじんまりはしているけど一部屋一部屋が十分な広さのあるもので、広々とした庭のあるものだった。ソフト担当のエリックは喜んで家の中を考えうる限りセンスよく居心地よく整えたのだった。
声によって喚起されるもの。
エリック、愛しい人、褐色の巻き毛、笑うと下がる目尻、キスしたくなるようなチャーミングな口元、抱き応えのあるボディ、それらすべて。『エリック』を構成しているものすべてを、ブラッドは瞬時に思い描いた。
今すぐ抱きしめてキスしたい、久しぶりなんだから、そうブラッドは考えた。今日は授賞式で、本当ならパートナーのエリックにも一緒に出席して欲しかった。でもエリックはオーストラリアのテレビ時代にとてもとてもとーっても！お世話になった人の引退記念パーティにどうしても出たい、ということで里帰りをしていたのだった。
それにはもちろん、いくらパートナーだからって妍を競うようなパートナーたちの中に立ち混じるのが、気恥ずかしいからという理由もあるとブラッドは睨んでいた。ブラッドがエリックを抱きしめたいしキスしたい、ほんの数日の不在を、埋められるべくもないがせめてとでもいうように、いやそうでなくてもただ抱きしめたかった。エリックを腕にした、あの充実を味わいたかった。
ブラッドがそう思っていたように、エリックも同じことを考えていたようだった。エリックに一刻も早く向かうべく、大股で歩きだしたブラッドと、奥から同じように急ぎ足でやってきたエリックは、当然のごとく途中の廊下で再会を果たした。
「エリック……おかえり……」
「ただいま、ブラッド」
今度は別バージョンの帰宅の挨拶を交わすとどちらからともなく伸ばした腕に抱きしめあった。
腕の中にお互いの望む相手がいて、そしてどちらもそのことに酔った。抱擁は、当たり前のようにキスに発展していった。まずは確認しあうようにそっと、それからノックしなくとも開かれたドアの向こうの世界に飛び込むべく、２人はキスを進めていった。
「……ふ、ぁ……」
「エリック……」
お互いを確かめ合う必要があった。キスの合間、ほんの少し離れたときにどちらかが囁くと、相手も呟きかえした。２人で肩を竦めあって小さく笑ったり、抱きしめなおしてもう一度、今度はもっともっとと互いに挑みあうようなキスをくり返していった。何度でも、たっぷりとお互いを確認しあうために。「もう着替えちゃったんだ」
それでも２人は少しずつリビングに向かって移動していった。薄暗い廊下と違って明かりがあますところなくお互いの顔を照らすリビングにやってきて初めて気づいたエリックは笑いながら言った。
「あんまりぎゅうぎゅう抱きしめたから皺が寄っちゃったかも、と思ってたんだけど」
エリックはブラッドのあごを撫でながらそう言った。
「そしたらお詫びにアイロンかけてあげるつもりだったのに」
「手触りでとっくに分かってたろ？」
エリックの後ろ髪をくしゃくしゃと、地肌は愛撫するようにかきまわしながらブラッドは言った。ブラッドがジャケットの下に着込んでいたのはカジュアルなセーターだった。
「あんな特別仕様の格好なんて、いつまでも着てらんないよ。もう肩こっちゃって」
そう言いながらブラッドは腕を上げて、肩をごきごき鳴らしてみせた。
「作品賞おめでとう、ブラッド」
「ありがとう、エリック」
軽いキスでお祝いをすると、ブラッドが残念そうに言った。「これが去年だったら、エリックから賞もらえたかもしれないのにな」
ブラッドの出演映画で取った賞で、エリックは去年プレゼンターをしていた。
「賞が違うだろ」
エリックは笑ってそう答えた。
「でも、楽屋とかで会えたじゃないか」
「いつでも会えるだろ」
「そしたらジョージとかにも見せびらかせたのに」
「なんだそれ」
ブラッドの面白い言い草に、ちょっとあきれちょっと嬉しいエリックだった。
しかし、エリックには他にも気になることがあるのだった。
「ところで、アフターパーティには出たのか、ブラッド？帰ってくるの早くない、か？」
もしかして自分に会うために不義理をしたんじゃないだろうかと、心配したエリックは眉尻を下げた。
「顔は出したよ。乾杯して、人の出入が多くなって、訳がわからなくなって来た頃に引き上げたから大丈夫」
だから安心して、とブラッドは言った。
「そりゃ、エリックがなるべく早く帰るっていうから、なるべく急いで帰ってきたけど？」
なんでもないことのようにブラッドは言った。「でも……」
まだ眉尻が戻らないエリックに、今度はブラッドが訊ねた。
「そっちこそ、パーティ楽しんできたか？」
エリックの頬を、むにっとつまみながらブラッドは言った。
「とても。久しぶり懐かしい顔にたくさん会えたし……今度ブラッドも一緒に行こう。みんなのこと紹介したいよ」
頬をつまむ手にキスしながらエリックは答えた。
「そうだな、まだ見てないとこたくさんあるし」
「そう？でも地元民だから、観光地とかってかえって案内出来ないかも……」
そりゃ少しは知ってるけど、と首を傾げるエリックに、ブラッドは笑いながら言った。
「ちがうちがう、エリックの思い出の場所とかだよ」
「え？」
「小学校とか、お気に入りの店とか……何軒か教えてもらったけどな。でも、もっとあるだろう？」
ブラッドはいたずらっぽくウィンクしながら言った。
「それならこっちだって……ブラッドの故郷を、もっと見たいよ」
「ああ、いいぞ。今度２人で旅行しよう」
「『お互いのルーツを探る旅』？」
「いいな、それ『お互いのルーツを紹介しあう旅』」
２人は笑いながらまたキスをした。「……コーヒー、飲む、だろ、ブラッド？」
用意してあるんだ、と言ったエリックはそういえばずっと、ブラッドが帰ってきたときから、くっついて彫られた２体の彫像のように離れずにいたことに気がついて、頬を赤らめながらそう言った。
「もちろん飲むけどさ。ご褒美は、エリック？」
「え？」
「ご褒美ないの？」
そう言ってブラッドは、具体的にどこにどういうご褒美が欲しいのかを示すため、くちびるに指を当てた。
「さっきさんざんしたじゃないか……」
一緒に暮らす前から、つきあいはそれなりに長くなるというのに、いまだに初々しい反応を示しながらエリックは言った。ブラッドは、そこがエリックのナイスなとこなんだよなぁとしみじみ思った。そして、自分はなんて素敵なパートナーを持っているんだろうと満足すること限りなかった。
「あれは、ただいまの挨拶だろ？まだエリックからご褒美はもらってないよ？」
「それを言うなら、こっちだって正装したとこ見たかったんだぞ」
くっついて来ようとするブラッドを、ぐいぐいと押し戻しながらエリックは主張した。しかしブラッドは。
「なんなら着てみせようか？ついでに、脱がしてくれる？」
いたずらっぽくブラッドが言うと、エリックは瞬時に赤くなった。「なに言ってるんだか」
強がってみせも、目元が赤くなったままでは効き目は少なかった。
「ご褒美は、コーヒーもいいけどエリックのほうがもっといい」
「それなら……もう持ってるだろ？」
「確認したい」
「もう……」
「あきれた？」
額をあわせてブラッドは問い掛けた。エリックは最初からこんなの、フェアな要求じゃないよ、とかなんとかぶつぶつ言いながらそれでもブラッド言うところの『ご褒美』をあげるために。
「目ぇつぶれ、バカブラッド」
「はいはーい、かわいいエリックの頼みとあれば」
「言ってろ」
「愛してるよ、エリック」
「……愛してるよ、ブラッド。おめでとう」
おめでとうのキスと、それから。
「わお、サービスいいな〜」
そのさらに先の、再会を確認しあう行為に。
「……言ってろっ、てば」
突入していった。
黄金手袋賞で個人賞ではないけれど出演映画が作品賞取ったね
ということで。お祝いを言うえりりんと、去年でなくて残念
というちーさんを書きたくて。しかし、これがなかなか。
はたしてどうえりりんを絡ませるのか？
ダブル不倫なのか、それともオンナ無用でいくのか。
遠く離れているのか、ご夫婦になっちゃっいるとかなのか？
なーかなかしっくり来なくて悩みまして。
結局こんな風になりました。出来上がっていて
一緒に暮らしている２人です。
ああ、それにしても悩ましい！
２人の関係に悩む今日この頃です。