「あ………っ」
ヘクトルは絶え入るような声を出して果てた。
アキレスもそのヘクトルの蠕動に引き込まれるようにして、ヘクトルの中に埒をあけた。胴震いとともに達した快楽は得も言われぬものだったが
反面終わってしまったことを惜しむ気持ちも確かにあった。ただそれも、打ち震えながらもアキレスを切なげに見上げるヘクトルを見るまでのことだった。
「ヘクトル……」
まだ収めた状態のまま、アキレスはヘクトルの髪に手を差し入れた。その動きが、その手がまたヘクトルに快感をもたらしたらしく、
逃れたいのかもっとと望むのか本人も判別はつかないだろうふるえを見せた。
「う……ぁ……」
「ヘクトル……」
「アキレス……」
整わない息のまま喘いでいたヘクトルだったが、ようやくそれだけの余裕が出来てきたのか、アキレスに向けて手を差し伸べた。
その手を背に首に回させる前に、アキレスは指先を取り、くちづけた。とても、敬虔としか言いようのない気持ちにさせられたので。
「ヘクトル……」
何を言えば良かったのだろう？素晴らしかったとか愛しているとかいう言葉ならいくらでも浮かんで来たが、そのどれも違うような気もした。だから
ただ名前を呼んだ。
「ヘクトル……」
「アキレス……あ……っ」
既に萎えてはいたが、ヘクトルの中にいまだアキレスは収まったままで、気まぐれな動きで時折またヘクトルを呻かせていた。
その、徐々に頼りなげになっていく様が。ついさっきまでは傍若無人に暴れまわっていたアキレスが収束していく様までが愛しくて、ヘクトルはなまじ
のことをされるよりもずっと、胸がつぶれそうな気分を味わわされた。
「どうだった、ヘクトル？」
「え？」
なかなか抜けきらないし、また抜けたくもないと思いながら余韻にひたっていると、一足先に余韻にひたるよりも面白そうなことを見つけたらしいアキレスが
ヘクトルをのぞきこんだ。その目を見れば一目瞭然だった。アキレスはまた何か、とんでもないことを言うぞ、ということが。
ヘクトルは、一応心の準備だけはしてみた。
「おととい言っていたじゃないか、「いっそ……」と何度も。それで感想はどうだ？あっちよりもこっちの方が良かったか？」
わりと、本気でそう聞いているんだろうな、とか、もしもそれで冗談にでも「おとといの時のように、指と舌でじらされるだけじらされたほうが
どっちかと言うと好きかも」などと言ったらどんな顔をするんだろうなーという誘惑などが、波のように次々とヘクトルを襲った。
それでちょっと返事が遅れてしまったのを、アキレスは不安に思ったようだった。
「ヘクトル？」
大丈夫か？……もう抜こうか？それとも……と言いさすアキレスを引き寄せて、ヘクトルはちょんとくちづけた。
「心配しなくてもどっちも良かったから……ただやはりどうもその……わたしばかりがその……されているのはどうもその……
どちらかというと遠慮したいな」
あれはあれでそれなりに悪くはなかったが、アキレスのしたことだし、と言うと、アキレスの顔は『喜色』という刷毛で顔を撫でたように変わった。
「そうか！」
「でもそろそろ……抜いてくれるか、アキレス？」
さすがにちょっと、このままにしておくとのちにさわりが出そうな予感がしてきたので、ヘクトルはそう要請した。まだそのまま続けてやったことはなかったが
だからといって体験したいわけでもなかった。それにどうしても、アキレスが入ったままでは落ち着かない。ほんのちょっとの身じろぎでも、
とても分かりやすく影響が出てしまうから。
「ん……」
「………っ」
どうにか声を漏らすことは防げたが、そう言えばアキレスはよく「声が聞きたい」と言っていたっけ、とヘクトルは思い出した。ので、出してみた。
「あ……んぁ……ぁっ」
楽は楽だった。ヘクトルは我慢していないわけだから。しかし、アキレスはそうもいかなかったようで。
「………………っ」
今度は刷毛で赤色を塗りたくったように赤くなっていた。ヘクトルの両脇に手をついているアキレスの顔が、それこそパトロクロスくらいの少年かなにかの
ように、照れて赤くなったような顔になっていた。だからヘクトルは聞いた。
「……？どうした、たアキレス？」
アキレスのものはまだ当っていた。抜くことは抜いたが、アキレスがその場で固まったようになってしまっていたからだった。それもまた
ヘクトルを落ち着かない気持ちにさせていたが。しかも、局所からはアキレスの放ったものが滴っている。どろりと音さえ聞こえてきそうな量と質感に、
いつもならのんびりと身震いするのだが。
「アキレス？」
「……いや、その……」
あんたの声に感じて、腰に来て、ちょっと……とアキレスは顔を髪で隠しながら言った。
顔のみならず、見えている肩や腕まで赤かった。
「アキレス」
ヘクトルが引き寄せて、アキレスはヘクトルの上に身を伏せた。抱きしめる腕とに隠されて、アキレスはまだ顔をヘクトルに見られたくはないようだった。
「いつもあんなに声を聞きたがっているのに、それこそ最中はひっきりなしなのに、どうしてあれくらいでそんなに照れるんだ？」
「いやちょっと……思いがけなかったんで……」
もごもごとアキレスは言った。
「嬉しいっていうか、ヘクトルはやっぱりすごいっていうか、そんなヘクトルとやれて幸せだとか……なんだか上手く言えないんだが……」
抱きしめるアキレスの髪を、よしよしとヘクトルは撫ぜた。そういうのなら得意だった。
「そんなものなのか？」
「そうなんだ……気持ちいい……」
髪を梳かれる感触に、背を肩を撫でるヘクトルの手の感触に、アキレスは目を細めた。
「アキレス、こっちを向いてくれないか？」
「うん？」
まだ目もとは赤いままだったが、アキレスが身を起こした。そのアキレスの頬を持って、ヘクトルはくちづけた。それを合図のようにして、ひとしきり舌を絡めあわせ
唾液をも奪い合い、吸いすぎて頬が痛むほどにつづけていった。
名残は尽きないがようやく区切りをつけるようにくちびるを離すと、ヘクトルはアキレスを見上げて言った。
「たまにはいいかな？」
「うん？」
「わたしが君に声を上げさせても、いいかな？」
「ヘクトル？」
「ん……ふ……っ」
アキレスを座らせて、ヘクトルはその足の間に顔を伏せていた。
アキレスの足に片方の手をかけて、もう片方の手ではアキレス自身を持っていた。時にその手を使って擦りたてていたが、
動きのほとんどは口と舌で行っていた。
さっきと同じだった。
さっきまで自分の中でこらえ性のないやんちゃ坊主のように暴れまわっていたものが、自分を息もつけないほど荒れ狂わせていたものが
今はこうして自分の手と口の中でふるえながら快感を得ているのかと思うと実に楽しかった。
「ヘク、トル……ぁ………っ」
ときどき、アキレスは額に手を当てる。そしてそのまま髪に手を差し入れる。それが感じているときの動作だということはもう、
ヘクトルには分かっていた。もうずっとアキレスの片手は、額に頭に置かれたままになっていた。もう片方の手は、時にヘクトルの肩に、時に自分の足に
置かれていた。
じゅぶじゅぷと、あるいはぢゃぶぢゃぶと、およそ考えうる限りの水音をさせて、ヘクトルはアキレスを愛撫していた。合い間に他の部分も撫ぜながら。
足の付け根は揉むように、わたりの部分は出来うる限りそっと、袋は逆に抓むようにして。
そして、ゆっくりと後庭へも手を伸ばしていった。
「あ……はっ…あ………ヘクトル？」
今は答えることが出来なかった。他の仕事に口が忙しいからだった。アキレスを舐め上げるのに、舌はとても忙しかった。
「ヘクトル……っ！」
なるほどアキレスの気持ちが分かった。汚いからやめろと何度言っても聞き入れてもらえなかった。そんなところを舐める奴があるかと怒って見せても
駄目だった。なるほどまったく気にならない。かわいらしいだけだった。
「ヘクトル……」
ただ指では入り口を突付いてみるにとどめた。それはやはり結構なことだったし、何もここを使おうというつもりはなかったので。
アキレスがいつもしてくれることをするのはどんな感じがするのか知りたかっただけなので。
お留守になっていたアキレス自身が少し萎えていた。驚かせてしまったからかな？と思うと、それも楽しかったので黙っていようかとも考えた。だが。
「……これなら大丈夫かな……」
多少萎えたといっても、かたさは申し分ないようだった。ヘクトルは最後に一度先端にくちづけると伸び上がった。
アキレスの口にもくちづけようかと思ったが、たったいま局所やら後庭を弄ったからなぁ、と逡巡した。しかしアキレスの方が先に。
「ヘクト…ル……」
その好機を逃さなかった。おかげで自分から挿入しようとしていたヘクトルの行動は、中断を余儀なくされた。
「…ん……っ…」
さんざんヘクトルに弄られながら触ることも出来ないでいたアキレスは、この時とばかりにヘクトルをなかなか離そうとしなかった。
「……やってみるか？」
ヘクトル自身に手を伸ばして、アキレスはそう聞いてきた。アキレスは何度もそう言った。ヘクトルを抱くのでも、自分が抱かれるのでも
別段構わないと。その都度ヘクトルは固辞してきたけれども。
「……されたいか、アキレス？」
今度はヘクトルのほうこそいたずらめいた瞳でアキレスを覗き込んだ。
「アキレスがどうしても！というなら考えるぞ？」
「ヘクトル……」
さあどうする、アキレス？と。
聞いていてヘクトルは本当に楽しかった。アキレスが珍しくも虚をつかれたような顔をしていたからだった。
「あ……ああ……っ」
さあどうする？と聞いて、結局アキレスもする方を選んだ。まあそれはいつか、お互いに気が向いたらやろうという合意に達した。したくなったらすみやかに
言うこと。どちらかが言い出さないのにやるのかやらんのかとやいのやいの言わないこと、などのことで。
「ああ、あ………んっ」
自分で腰を落としてみるのは正直少し怖かった。今までのようにアキレスまかせではなく、屹立するアキレス目指して、
自分で埋め込むような真似をする日が来るとは思ってもみなかった。それをいったら男とこんなことをする日が来ると思ったことなど一度もなかったが。
それが、アキレスと他国まで来て、しかもこんな関係になって、さらには溺れきっているだなんて。
人生って分からない、とヘクトルは何度も思った。
国ために生きて死ぬのが『王子』として生まれた自分の役目だと思っていたのに。
アキレスの言うことには父や妻に、許されて送り出された自分がここにいる。
ここでこうして、アキレスを好きで。ずっとアキレスといたいと望む自分が。
まったく人生というのは分からない。目をつぶるまできっと分からないのだろう。
ヘクトルはそう思いながら、アキレスを飲み込んでいった。アキレスも眉間に皺を寄せて、苦しいような悦ばしいような顔をしている。きっと自分も
そんな顔をしているのだろうと思う。
「あ……あ……ああ――――っ！」
でもどうか出来ることなら。
あきれてもいいからどうか。
こんな自分でも、嫌わないで――――出来たら好いていて欲しかった。
アキヘクを書いていると常に何かにチャレンジしているよーな気が。
やおい描写とか特に。←あんたそんなはっきり！（笑）
そして前回あたりになってようやく気づいたのですが
いつもは攻め視点で書くことが多いのに
どーしてアキヘクはヘクトル視点が多いんだろう？
そりゃあ確かに金髪の獅子さんでは話にならなかろう。
何しろ「ヘクトルが好っき――――っ！！」
しか言わなそうだから♪（笑）