「あ、ブラッドそこ曲がって、スーパーよりたいから」
久しぶりに顔を出した『組織』でのひと悶着の帰り道に、エリックは運転席のブラッドに指示を出した。
「どしてまた？」
指示された方向にハンドルを切りながらブラッドは聞いた。
「今日お肉が安いんだ」
指示通りに曲がってくれればあとは１本道だった。エリックは満足そうに言った。
「肉？」
どうしても肉を買わないとならないほどなかったっけ？それに近所の人やパトロクロスたちにあのあんぽんたんを任せたままにしてきたから、
早く戻ったほうがいいのでは？という疑問が丸分かりの表情のブラッドにエリックは言った。
「うん、たくさんいるだろ？ご近所さんにふるまうには。ビールも欲しいし」
「ガーデンパーティするか？」
確かに肉とビールを買っていってふるまえば、みんなも喜ぶだろう。大勢でわいわいやることが出来るだけの庭もあるし。
「どうかな？ガーデン・バーベキュー・パーティ。迷惑かけちゃったことだし」
「いいんじゃないか？あんなことがあったんだから、ぱーっと行こうぜ」
それに、エリックのバーベキューは近所でも評判がよかった。
「よかった」
「そうと決まったら、早いとこ買い出しいこう」
「うん」
「おっかえり〜」
電話して貸していたバーベキューの用意をしておいてくれるよう頼んでおいたので、エリックとブラッドが大量の肉とビールを買い込んで戻ってきたときには
もう準備万端整っていた。
「ただいま」
「ただいま、パトロクロス」
「留守番ご苦労」
ブラッドが肉のはいった袋を頭の上に置くものだから、パトロクロスから重い〜と苦情が出た。
「バ−ベキューの準備もありがとう」「いえいえ。こちらこそ、セット借りっ放しで」
「そのおかげで準備しておいてもらえたから」
結果オーライだよ、と笑いながらエリックも荷物を置いて手を洗ってエプロンをしめて、お料理部隊に加わった。
「これどうかしら？うちで取れたキノコ」
「自家製ハーブはどうかね？」
キッチンに籠もるの禁止！のガーデンパーティなので、食べ物はみんな焼くだけとなった。例外は残り物で、
それだって近所中から持ち寄れば結構な量になった。
「助かるわ〜このままじゃポテトサラダをコロッケにして冷凍するしかないかと思ってたの〜」
もっとも多かったのは先日パトロクロスとエウドロスも処理に苦労していたじゃがいもで、切って焼いたりアルミホイルにくるんで蒸し焼きにしたりとさまざまだった。
「ビール足りてる？」
「ワイン持ってきてもいいかな？」
しばられたままのオーランドも、腰は木にくくられたままだったが、手は開放されて渡された皿から食べていた。ピーマンが苦手と聞けば焼きピーマンを、
脂身が好きじゃないと聞けばわざわざ脂身を集めた皿を渡されて、涙目になりながら食べさせられていた。
夜の帳が下りてきて、それなりに腹もくちくなってきたところでご近所さんたちは１人また１人と帰っていった。
邪魔すんじゃないぞ、坊主、とオーランドにでこぴんしていくのは忘れずに。
「いいご近所さんだな」
「だろ？」
しみじみ呟くエリックに、ブラッドは我がことのように自慢した。
「サイコウだよな。セルフディフェンス意識も高いし」
「自治会が上手く機能してるから。ところで、直談判はうまくいったの？」
まだ旺盛な食欲を見せているパトロクロスは残っていた。肉もまだ残っていた。
「おう、きっちり済ませてきたぜ」
「あのおぢさんたちもテティスおばさんに弱いねぇ」
「やっぱりおもらしの面倒まで見てもらった過去はぬぐえないんだろうよ」
ご近所さんがいるときはホストに徹していたためあまり食べていなかったブラッドは、やっと落ち着いて肉に取り掛かっていた。うまうまと、
幸せそうに値段も味もバツグンの肉を頬張った。
「こわいこわい。どうせおばさんが糸引いてたんでしょ？」
「……やっぱり分かったか？」
「そりゃあもう、おむつしてた頃からのつきあいだもん！」
あまり自慢になるようなことでもないだろうが、パトロクロスは胸を張って答えた。
「そうだ、それで思い出した」
肉を食べる手を一時止めて、ブラッドは携帯電話を取り出した。
「エリック、ショーンの家に電話してくれるか？相方はいるはずだから、夕食に招待して」
今日の今日に？という顔をしながらも同じく電話を取り出したエリックに、きっと来るから大丈夫！とブラッドは請け負った。
そうこうしているうちに、コールした先が出たようで。
「ああショーン？俺、俺、ブラッド……分かってるんだろうな、ぇえっ？」
おだやかならぬ声を出すブラッドに、電話をかけるエリックが不審そうな顔をしてはいたけれど。
「いやぁブラッド悪いなぁ！夕食に招待してもらっちゃったりなんかして！！」
同居人を人質に取られたような形になったショーンは、学会を終えて帰るその足でブラッド邸にやってきた。
「さすがにメシも食わせんのは気の毒かと思ったんでな」
一通り食べ終わったブラッドは、今度はゆっくりとビールを楽しんでいた。バーベキューパーティも大分規模を縮小していて、
現在の参加者は家主のブラッドとエリック、おとなりのパトロクロスとエウドロス、招待されたショーンとその同居人、それからがっくり寝こけているオーランドだった。
すでに暗示は解かれていた。同居人のことをちらつかされてすっとんできたショーンに、真っ先にさせたのがそれだった。
そのおかげでいま、オーランドは虚脱して寝こけていたが。不幸中の幸いは、一足先に来ていた同居人が、さっきまでのブラッドのように、
おいしい肉をもぐもぐ食べていたことだった。
「野菜も食べて」
「あんたもな」
と、仲睦まじく肩寄せあって。
「まったく、どういうこった。油断もすきもありゃしない」
「そう言ってくれるなよ。テティスさまに言われて、ＮＯと言えると思うか？」
肉を食べる手を止めて、ショーンがあわれっぽく訴えた。
「……だからってなぁ」
その気持ちも分からないでもなかったが、簡単には納得したくないブラッドだった。
「でも、おかげで会えたし」
「エリック？」
「ブラッドにはすまないけど……感謝してるんだ」
デザートに作った、ほかほかのスフレオムレツを食べながらエリックは言った。
「エリック……すまないなんて、そんな、そんなことないぞ」
そりゃあいつのことは、もう２、３発ぶっとばしても構わないが、とブラッドはエリックの手を取って言った。
エリックはその言い草に苦笑しながら礼を言った。
「ありがとう、ブラッド。ありがとう、ショーンも」
「いや……」
「おかげで上手くいったし」
ソノことについて、エリック自らリークしたものだから、ブラッドは目をむいて驚いた。しかし、ショーンはそのネタに飛びついた。
「なんだっておい！そりゃ誰のおかげだ！？」
ショーンは勢い込んでバンバンブラッドの背をどやしつけた。いてててと顔をしかめながらもブラッドもまんざらでもなさそうで、
居合わせた誰もが新たな展開を迎えたエリックとブラッドをあたたかい目で見ていた。
またたきはじめた夜空の星も、２人を祝福しているようだった。
「こんにちはっ」
「こんにちは、オーランド」
それでオーランドが懲りて、２度とこの家に足を踏み入れないかというとそうではなかった。むしろ１度エリックに会って
思い切りぶつかって玉砕したのですっきりしたのか、ひんぱんに訪ねてくるようになっていた。
下宿屋が出来るんじゃないかというほど広い家なので、当人は押しかけ下宿人を狙っている節もあったが、
さすがにエリックもオーランドにこの家に住むようには勧めなかった。もともとここはブラッドの家で、エリックのほうこそ間借り人居候のようなもの、
と思っているので本人にしてみたら、それはとんでもないことだった。最近になってやっと、ブラッドの許可を得ないでも友人を入れるようになったくらいだから。
「いま大丈夫？」
オーランドはたいていいきなりやってきた。
今日もそう言いながら、おみやげの箱をぶらぶらさせて現れた。
「うん、大丈夫。いまちょっと、ブラッドは出かけてるけど」
そいつは好都合！とはさすがにオーランドも言わなかった。家主に用はない。会いたいのはエリックだけだった。
「初めてのお給料が出たんで、はい！」
家の中に通されたオーランドはそう言って、エリックに持っていた箱を手渡した。
「そんな、いいのに……」
「ほんの、気持ちだから。はじめてのお給料では絶対に、エリックのところに何か買っていこうと思ってたんだ。いつもご馳走になってるお礼に」
オーランドが目を輝かせてそう言えば、一時のこととはいえ義理の兄だったエリックに断れるはずはなかった。
「そう、か？じゃあ、ありがたくいただくよ、オーランド」
エリックは箱を受け取ると、お茶を入れてくるからとオーランドを居間に通してキッチンへと向かった。
居間は居心地のいいごちゃごちゃさで整えられていた。
最近ではエリックもブラッド同様趣味のものを置くようになっていたので、趣味の部屋としてとってある２階の部屋とはまた別に、
ブラッドの好きなジオラマの雑誌や、エリックが手入れをしていたと思われるダーツのセットなどがあった。それらをふんふんと眺めていると、
エリックがお茶のいい香りとともにやってきた。
「おもたせだけど」
オーランドが持ってきたケーキとお茶、それとこんなのも食べるかなと持ってきた昼食の残りのサンドイッチを乗せた盆を持ってエリックが現れると、
オーランドは満面の笑みを浮かべながら手伝った。
「ありがとう、オーランド」
「どういたしまして」
オーランドは終始にこやかだった。これからのことを考えると、自然と笑えてきてしまうのだった。
「エリック？」
ブラッドが帰ってきたのは暗くなりかけてきた頃だった。それなのに家に明かりは点いていなかった。
「エリック？」
出かけるって言ってたっけ？それとも急に呼び出されたとか買い物とか？そう思ってブラッドは、まずはキッチンに向かった。
留守の間に相手に伝えたいことが出来たときには、冷蔵庫にメモを貼り付けることになっていたので。何もなかった。
冷蔵庫の表面はつるつるのさらっぴんだった。
「エリック？」
それからブラッドは、もしやどこかで寝ちゃってるとか？と思いつつ居間へ移動した。夜目は利くので電気は点けなかった。それでも、
居間に誰かいるのは分かった。エリックではない誰かが。ブラッドはとっさに手近にあったぬいぐるみのポケットから小型の銃を取り出し、
いつでも撃てるよう構えながら近づいた。気配を消そうなんて気はさらさらない素人くさい相手のようだったが、油断は禁物だった。しかし、
ブラッドが銃を向けたその相手は。
「――――っ！？」
それはオーランドだった。しかも転がされていた。
うめいているところをみると意識はあるようでかなりもがいていはいたようだったが、手を後ろに回されてがっちり、
足もしっかりとビニールテープでしばりつけられていて、ちょっとやそっとでは取れそうもなかった。
口のまわりにベタベタに貼られたテープだけは、さすがに少しはがれかけてはいたが。
「………」
とてーも嫌だったがだいたいの見当はついてしまった。
ブラッドは眉をしかめるとオーランドの前にかがみこみ、無造作にテープをひっぺがした。
「って！」
何をいっちょまえのコメントを、と思いながら、ブラッドは反射的にオーランドをはたいた。
「エリックに何した」
「せっかくうまこと飲ませたのに、ひどいんだよエリックったら！僕を縛ってさっさと２階へなんか行っちゃって！いつからこんなに冷たくなったんだろう！？」
つきあう奴が悪いんじゃ……と、放っておいたら実のない話がずっとつづくかと思われたオーランドの口に、ブラッドが手近にあった雑誌を丸めてつっこんだ。
オーランドはむぐむぐ言っていたが知ったことではなかった。これ以上何も聞くことはなさそうだと判断するとブラッドはあたりに目を向けた。見覚えのないものはなかった。
散らかっているように見えてもどこに何があったのかはすべて覚えていた。部屋の隅々までくまなく見ると、壁際にアンプルのような小瓶が転がっていた。
ポケットに入れっぱなしだったドライビンググローブを取り出してはめなおした。
小瓶を見る目も厳しかったが、匂いを嗅ぐとその目はさらに険悪に細められた。口をきくのも汚らわしいとばかりにブラッドは、
オーランドのところへ戻ると腹に１発お見舞いした。
「……っ」
声もなく腹を丸めるオーランドの頬を掴むとブラッドは、こじ開けさせた口の上で小瓶をさかさにしてみせた。
「……っ！」
さきほどとは違う意味で目をむいたオーランドを引きずると、キッチンへ向かう廊下にある地下室へのドアの中に蹴りこんだ。地下へ向かう階段を、
遠慮会釈なくひっぱりおろし、オーランドを転がしたまま上に戻ると叩きつけるようにドアを閉め、念のため鍵をかけた。
それきり、オーランドのことはブラッドの頭の中から抹消された。
エリックの気配をたどりながら２階へあがりまずはベッドルームをのぞいてみた。
そこには、ベッドメイクされたままの部屋があるだけだった。次にエリックの部屋へ。ここにもいなかった。
ブラッドの部屋、２階の居間、客間それから使っていない部屋と順々に見ていった、がそのどこにもエリックの姿は見当たらなかった。
イライラと爪を噛みながら、エリックが身を潜めそうなところを考えてみた。あの馬鹿に何か飲まされておかしなことになっているに違いないエリック。
エリックのことだからおそらく、ブラッドからも姿を隠すつもりでどこかにひそんでいるに違いない。それは一体どこなのか？
「物置にもいなかったし……」
ブラッドは腕組みして考えた。そしてひらめいた。
「うんうん、探すときは徹底的にしないとな」
そう言って、もう１度ベッドルームに戻った。ベッドルームにはドアが廊下につづくドアの他にもいくつかドアがあって、バルコニーに出るための大きな窓もあれば、
バスルームへのドアもあった。それから。
「……見つけた」
エリックとブラッド、それぞれのワードロープの納められているウォークインクローゼットと。
「……ブラ……っ」
エリックは、エリックのクローゼットの奥深くに隠れるようにして身を潜めていた。身をちぢめるどころか身体の中に収納したいとでも言うように、
少しでも小さくなるようにと両腕を抱いて、足を引き寄せて。そして『ブラッド』と名前を呼ぶのも苦しげだった。
「ベッドへ行こう、エリック」
ブラッドが何気なく手を伸ばすと、それによって空気が動くのか、エリックがビクっといっそう身を縮めた。固く目をつむって荒い息を漏らすエリックが、
よりいっそうきつく自分の腕を掴んでいた。
「触られるのもダメ？」
エリックはこっくりとうなずいた。
「布も？」
「……少し、な…ら……」
エリックはかぼそい息の中、ようやくそれだけを言った。ごく近くで、空気をゆらさないようにいるブラッドには、エリックの息が
２人でメイクラブをしているときのように色づいているのが分かった。そしてあの野郎ぶっ殺す、と心の中で毒づいた。
「そか」
ブラッドは手近にあったシーツを、ふわりとエリックの上に広げた。その布の触れる感触も堪えるようだったが、エリックは懸命にこらえた。
「こんなとこにいるとよくないから。ベッドに運ぶよ？」
エリックは固くつむった目に涙をにじませてうなずいた。やっぱりあの阿呆はロンググッバイしなくてはならん、とブラッドは思った。それが世のため人のため俺のためだ、と。
シーツでくるんで運んだエリックを、そっとベッドに横たえた。はあはあと熱い吐息をひっきりなしにもらすエリックは、
目を開けても何も見えていないようだった。だが、ブラッドがベッドに手をつき覆いかぶさろうとすると。
「だ、め……だブラ…ッド……ォ…」
ブラッドのキスを、エリックはいやいやをするように首を振って拒もうとした。
「でも、このままの状態がいつまで続くか分からないよ？」
まずはそっと、エリックの髪に触りながらブラッドは言った。まるで、魅惑者のような目をして。
「ほ……ぉうって、おい……っ、てぇ……っ」
そう言うのだけでも骨なようで、エリックは重い病に罹った者のように苦しげだった。
「俺が？エリックを？」
ブラッドはおどけて言った。
「そりゃ出来ない相談だ、エリック」
ブラッドはゆっくりと身を倒してエリックの耳元にくちびるを当てながら言った。それと同時に、エリックの下肢にも手を伸ばした。
「………っ！！」
どちらに触れられたときもエリックの身体は跳ねた。ブラッドはそれをおさえるでもなくあちこちにさわさわと手を這わせていった。
「我慢は身体によくないぜ、エリック。吐き出しちまえ」
「あ……あ……あ、ぁ……っ」
ブラッドの声ももう、おそらくエリックの耳には入っていないのだろう、ただ身体が反応するだけだった。びくっびくっと何度もエリックは鋭い反応をした。
そのたびにブラッドはエリックの耳に囁いた。
「思い切り感じちまえ、エリック。最後までつきあうから」
「あ………ぁ…っ」
その言葉どおり、エリックは何度でも達したのだった。
「…………っ」
触れられただけでどうにもならなくて、何度もイカされて、ブラッドに奥底を探られるたびによがり狂って、
身体中汗と精液やらでべとべとになる頃にようやくクスリの効果が切れてきたので、やっと落ち着いてブラッドと認識出来るようになってからまた、
疼く身体を完全に鎮めるためにして、ブラッドに風呂に入れてもらったエリックはボロボロだった。
とりあえずベトベトになったシーツをはがして、その上に新しいシーツを広げた上に、エリックは倒れこんだ。起き上がるのも億劫だった。
「よしよし」
ペットボトルのミネラルウォーターを飲みながら、クスリのダメージがない分、エリックよりはダメージの少なかったブラッドが言った。エリックの湿った髪を撫でながら。
「……あ、りがと…、ブラッド」
枕を抱きしめながらエリックは言った。とても顔を見ては言えそうもなかったからだった。
「どういたしまして」
役得だったよ、とブラッドはいたずらっぽく笑いながら答えた。そう言うブラッドに背筋を指でたどられると、クスリのせいなのかどうなのか、
また目を固くつむる羽目になるエリックなのだった。
「も……やめて、お願いブラッド……」
そう懇願するエリックの声はすっかり掠れていた。無理もない、とブラッドは思った。今日１日で１月分の痴態をまとめて見せたようなものなのだから。
でもブラッドにとっては本当に役得だった。クスリで感じやすくなって息が当たっても喘ぎまくっているエリックは気の毒ではあったものの、
そのさまがとてもそそったのも厳然たる事実であって、ブラッドにとってこれは、許しがたい馬鹿の愚行であるとともに、
滅多にないおいしい体験でもあった。自分で仕掛けようとは思わなかったが。
「はーい」
だからブラッドは素直にエリックの背中から指を離した。見えているとつい何かしたくなってしまいそうな背中にそっと毛布をかけ、ブラッドは言った。
「エリック、腹減らないか？何か作ろうか？」
「……よく分からない……」
エリックはちょっと考えてからそう言った。
「そりゃそうか。じゃあ、食えそうか？それとも、何も口にしたくないか？」
ブラッドは質問を変えた。ブラッドの質問に、エリックは腹と相談してから答えた。
「大丈夫……だと、思う」
「よし！それじゃなんか持ってくるよ」
ブラッドは身軽にベッドから飛び降りた。その振動がまたエリックの腰に響いたりなんかもしたが。
「すぐに戻るよエリック」
なんだったら寝てて、と軽いキスをすると、ブラッドはバスローブの下にズボンだけ履いていった。
「元気だなぁブラッド……」
自分はどうにも、立てそうにないというのに、とエリックは、ブラッドを見送りながらひとりごちたのだった。
「さて」
滅多に見られないエリックの乱れようで目を楽しませて、さらにそのエリックと思う存分いたして、ぐったりするエリックを風呂に入れて、
さらにそのエリックの世話を焼くことが出来るなんて！ああ、俺はなんてしあわせなんだ！！
としあわせを噛みしめながらブラッドはキッチンに立った。
とにかく手早く出来るものがいいだろう。１人でいるとどんどん悪いほうへ考えてしまうかもしれないし、
第一ブラッドがエリックを１人にしたくなかった。
はやいとこ何か用意してエリックのもとへ戻りたかった。
「トーストと卵とか……」
でもそれじゃまるで朝メシだよなぁと思いながらブラッドは冷蔵庫を閉じた。オレンジジュースと牛乳だけを取り出して。
今すぐ食べられるようなものはなし。食べられることは食べられるけど、ピクルスだけでは腹は膨れないだろう。
お次は冷凍庫、こっちには何かストックがあるだろうと開いてみる。ひゃっこい空気が引き出し式の冷凍庫から立ち上ってきた。
その靄みたいなものをかきわけて見てみると。
「お、いいもんみっけ」
エリックの作りおきのスープストックを発見した。あとは、火を通せば食べられそうな肉巻きだとか揚げ物とかで、
今このときにはあまり向かなかった。
「これにするか」
ブラッドはスープストックを使うことに決めた。とりあえず、お湯なら大量に沸かしているからそれでパスタを茹でて、スープスパゲティにしてしまおう、
エリックにも食べやすいだろうし、すぐ出来るし。バケットも１本添えて、野菜室にあった野菜を適当にちぎってサラダにして、ゴマ粒のようなかりかりベーコンも
ストックがあるからそれを散らして出来上がり。そうこうしているうちにスパゲティが茹で上がったからお湯を切って深皿に取り分けて、
カチコチだったのがスープ状になって湯気を上げているのをざぶんとかけた。
「あ、いけね」
つい癖でコーヒーをセットしてしまっていた。
「今はやめといたほうがいいよな……」
どう考えても今のエリックは、コーヒーのような刺激物はやめておいたほうが無難だった。
「ま、持っていってみるか」
そう言ってブラッドはお盆にスープスパゲティの皿ふたつとサラダの小皿ふたつ、それからコップとマグカップもふたつずつ、
最後にコーヒーポットを乗せた。乗り切らないオレンジジュースと牛乳の瓶は、口をしっかり閉めて両脇にはさんだ。
「あ、そだ」
仕上げに口でフキンを銜え持った。
「おまちど〜」
部屋に戻るとエリックは本当にうとうとしていたようで、ブラッドの声にあわてて起き上がろうとして――――果たせなかった。
「ああ無理すんなよ、そっと起きろ、そっと」
口の端にぶらさげていたフキンを落としてブラッドはまずは背の低いタンスの上にお盆を置いた。それからオレンジジュースと牛乳と。
「すごいな」
ベッドから降りようとするエリックをそのままそのままと留め置いて、背にクッションをあてがったりと、ブラッドはたいそう甲斐甲斐しく世話を焼いた。
「これが役に立つときがきたな」
そう言ってブラッドは、いつもはほとんど使ったことのない、ベッド用のローテーブルを持ち出した。
「すごい、お客様みたいだ」
「似たようなもんだろ」
エリックの前に持ってきた食べ物を置いてブラッドは笑った。
「ささ、どうぞどうぞ」
自分の分は手に持って、ベッドに乗り上げた。
「いただきます」
エリックは嬉しそうに、ブラッドに渡されたフォークでくるくるとスパゲティをからめ取った。
「おいしー」
「そりゃ良かった」
もとはエリックのスープなんだけどな、と思いながらブラッドも食べ始めた。そりゃあちょっとは手を加えているけども。
疲れた身体にスープに投入したトマトの酸味はよく効いた。スープもサラダもたいらげて、オレンジジュースで喉を潤して、
コーヒーも飲みたそうにするから半分以上牛乳で割ったミルクコーヒーを差し出した。
「ありがとう」
エリックはそれにも美味しそうに口をつけた。
ごはんがおいしく食べられるんなら大丈夫だな、とブラッドはエリックよりは牛乳控えめだったが同じようにミルクコーヒーにして一口すすった。
「これ食ったら寝るんだぞ」
りんごの皮を剥いてやりながらブラッドは言った。
「はーい」
クスリの反動か、しんどかった体験ゆえか、すっかり甘えっこモードになってエリックが言った。毛布ごと膝を抱えて、くすくす笑っている。同じくるまるなら、
こっちのほうがずっといい、とブラッドは満足げに考えた。
「ほい」
食べやすい大きさに切ったりんごを差し出すと、エリックは手ではなく口で受け取った。そのままにこにこともぐもぐやっていた。
つづきを剥こうと手元に目をやったブラッドだったが、すぐにエリックにつつかれた。早く剥いてくれと催促するのかと思って目を上げると、
エリックが身を乗り出していた。りんごを、口に銜えたままでにこにこ笑いながら。
「どした？」
そう言ったら、エリックはまた身を乗り出した。
「もういらないのか？」
今度は首を振った。
「どうした？」
重ねてそう訊ねると、エリックは銜えたりんごをちょいちょい、と指差した。
「いらないのか？」
また首を振った。エリックは楽しげでいっかなじれることもないようだったが、ブラッドのほうはそうでもなかった。
「分からないよ、エリック」
降参だ、と言うとエリックがちょっと残念そうな顔をしてりんごを口からはずした。
「どした？」
口のまわりについていたリンゴのかけらを取ってやろうと手を伸ばすと、エリックはすかさずその指を銜えた。
「エリック？」
「ブラッド」
そう言って、謎かけみたいにまたりんごを銜えた。にっこり笑いながら。
行き場をなくしたブラッドの手を、胸元に抱き寄せて。
「エリック……」
これは、もしかしてとブラッドが顔を寄せると、エリックも顔を寄せてきた。りんごもまた目の前に迫ってきた。
もしかして、これを食べろと？そういうことなのだろうか？おそるおそるブラッドがその想像を実行に移すと、
エリックも反対側を噛み切らないようにしょりしょりと食べ始めた。もはやうたがいようもなかった。エリックがそれを望んでいるのだ。
ほどなくりんごは食べつくされて、必然的にくちびるが触れ合った。
エリックの吐息に誘われるようにブラッドもくちびるを開いて息を分け合った。
「ブラッド……」
ようやく自由になった口で、エリックは蠱惑的に囁いた。それが合図だった。
息をも奪うような、激しいキスのはじまりの、それが合図だった。
「あっ！」
思う存分キスをして、思う存分触れ合って、今もあちこちくっつけあって、それでもそろそろ休もうかと部屋の灯かりを消したときだった。エリックが
勢いよく起き上がろうとして――――まだ果たせなかった。
「どうした、エリック？」
そんなエリックをやさしく抱き寄せながらブラッドは訊ねた。
「オーランド縛りあげて居間に転がしてきたままだ……」
「一晩くらいなんてことないさ」
「大丈夫かなぁ……」
「家の中なんだし、もしかしたら今頃抜け出してるかもしれないし」
「だといいけど……」
「どっちかっていうと戸締りのほうが心配だな」
真面目くさって言うブラッドに、エリックも笑って答えた。
「う……ん、まあいいか。一晩くらい」
「ああ、寝てるとこ起こしても気の毒だしな」
「うん……おやすみブラッド」
「おやすみ、エリック」
もう１度おやすみのキスをして、それで今度こそ目をつむりあった。
（あのクスリの残りを全部飲まされて、寝られるもんならな……）
地下では何をする人ぞ。
というわけで後日談でした〜。
お花ちゃん懲りませんねぇの巻（笑）。
どこからそんなややこしいクスリを入手したのか？
ＮＹに来てからか？それとも放浪生活で手に入れたのか？
どっちにしてもそういうクスリは合意の上で
使用上の注意をよく読んで使いましょう！
果たして地下室ではどんなことになっているのか？
その前に地下室には大掃除が必要ではないのか？
それはお花ちゃんにやってもらいましょうかね〜。