「こんにちはぁ」
インターフォンを鳴らしても何の反応もなかった。ならば、先に来ていると言ったブラッドは、出かけているか寝ているか、何かしていて気付かないとか手が離せないとかそんな感じなんだろうと判断したエリックは、「好きに使って♪」と渡された合鍵を使わせてもらうことにした。
しかし、いくらいわゆるひとつのその、パートナーという奴でも何でも、親しき仲にこそ礼節は必要である！と思うエリックは、そっとそう呟いてから鍵を開けに掛かった。
一応ニューヨークの高級アパートメントハウスなので、鍵を開けるのもひと苦労なくらいついていた。
「みんなこんな面倒なことしてるのか……あ、そうか……中の人が開けてくれる、か……」
ひとつずつ鍵を開けながらぼやいていたエリックは、基本的なところに気付いて、ちょっと赤面した。もしかしたら他の部屋には、執事とかハウスキーパーがいて、インターフォンを鳴らせばそういう人たちが応対に出てくるのかも、と思えるほどだった。
「まさかね」
ホテルでもあるまいに、あまりそういったハイソな暮らしに縁なく過ごし、別に縁が欲しいとも思っていないエリックは、最後のセキュリティを突破して、ブラッドの部屋に足を踏み入れた。
「クリスマスにニューヨーク？」
「そう。どう？」
ブラッドがそう言い出したのは、ようやっと秋が定着して少しは涼しくなり始めた頃だった。
「もうクリスマスの話？」
気が早いね、とエリックは笑った。涼しくなってきたといっても、一年を通じて快適な気候の多いロスなので、２人の飲み物はよく冷えたビールだった。
「だって、早めに予定入れとかなきゃだろ？」
おまけに２人のいる場所がプールサイドとあっては、気分が出なくても無理なかった。ブラッドは隣のビーチチェアに座っているエリックに身を乗り出して、甘えるように鼻を鳴らして言った。身を乗り出したり鼻を鳴らしたり身をくねらせるのはあくまでついでにすぎなくて、本当にしたいことは別にあった。その別のことをすべく、ブラッドはくちびるを、あひるのようにつきだした。
「ブラッド……パパラッチに狙われるよ」
「木で隠れるから大丈夫」
「……だといいけどね」
ブラッドのお気楽なご意見に、肩をすくめながらもエリックも同意した。
言葉にして同意してはいなくても、ブラッドのキスを求めるそのしぐさにこたえて、目を閉じたのだから同意したも同然だった。「…ん……」
「……エリック……」
「いやちょっと待って、それはさすがにちょっと……ブラッド！」
キスが高まるにつれて、どんどん気持ちも高まっていき、当然のことながらキスだけではおさまらず、ブラッドの、エリックにむけて伸びてくる手がエスカレートしていった。その手をとっつかまえながらエリックはストップをかけようとした。しかし、これまた当然のことながら、エンジンのかかってしまったブラッドも、そう簡単には止まれなかった。
「ゴメ……でもごめん……もうちょっとだけ……」
とかなんとか言いながら、プールサイドで日光浴でもないけど、のんびりしようというコンセプトで出てきたので、エリックの格好はゆるゆるＴシャツにハープパンツという、ブラッドにとっては大変に都合のよいものとなっていた。
「……ブラッドの…あほんだ、ら……」
エリックは悪態をつきながらも、ブラッドのくちびるが喉元から胸元へ、そしてその先へと移動していくにしたがって、思わずその頭を引き寄せずにはいられないようだった。
「はーい、バカでーす……」
ブラッドもまた、汗ばんだエリックの肌の、少しばかりのしょっぱさを楽しみながら、笑って答えたのだった。「……それで……クリスマスが、……ぁ…どうしたって？」
さすがにそこまで理性を吹っ飛ばしているのではないようで、ブラッドも、だんだん加減しながらエリックに触れるようになっていった。エリックも、最初のうちこそ驚いて、いつも以上に敏感に反応してしまっていたが、ブラッドが落ち着けば、エリックのほうも少しは余裕を持つことが出来た。
「……こんなところで……さかるなよ……バカ」
エリックの艶っぽい恨みごとに直撃されながらも、どうにか抑えたブラッドは笑いながらエリックの鼻にキスをした。
「そんな顔すると、続行するぞ？」
今だって、まだ、まったくスタンバイＯＫ状態なんだからな、分かってる？と覗き込まれながら、笑いながらのその具体的かつ本気の宣告に、それは嫌だとエリックは諸手を上げて降参した。
「え、と……続行するなら……是非……家の中で……」
しかしエリックも、ただ降参はしなかった。ちょっと恥ずかしいなぁと思っているのが丸分かりな顔をしながらそう提案したのだった。
「そうこなくっちゃ」
ブラッドはエリックを、抱えあげるようにしながらもう一度キスしたのだった。
あのとき確かブラッドは「ベッドで待ってるからね♪」とか言ってたけどまさか……と思いつつエリックは歩を進めていった。ブラッドのことだし誕生日間近だし。
「ありえないことじゃないな」
エリックはそう呟きながらブラッドの姿を探していった。
ブラッドが普請好きなのは知っていたし、ホテルは落ち着かないから好きじゃないんだといって、あちこちに部屋を持っていることは知っていたが、ニューヨークにまで持っているとは知らなかった。アメリカ国内だったら、飛行機でどこでもすぐだろうに、とエリックは思った。
「この分じゃもしかして、アラスカとかにも別荘があったりなんかしたりして……」
エリックは知っていた。建築志向のあるブラッドの、最終的な野望は、土地の選定からの完全に自分好みの家を建てることだということを。いくら住む家を用意しても、身体はひとつしかないのだから、そんなにたくさんは必要ではないという考え方をするエリックにとっては、よく分からないこだわりだった。
１２月には大きなイベントがあった。
ひとつはクリスマス、もうひとつは、ブラッドの誕生日だった。だから、ブラッドと同居するようになってからはいつも、ブラッドの誕生日から新年にかけては一緒に過ごすのが恒例となっていた。もちろん２人とも――――ブラッドは特に――――忙しく働いているので、どうしてもその期間中すべて身体を空けることは出来ないこともあったし、期間中ずっとということはなくても、取材やちょっとしたキャンペーンのような、小さな仕事が入ることはあったがそれはお互い了解しあっていた。
しかし今年は、初めて２人ともスケジュールはまっさらだった。ブラッドが喜ぶまいことか。
「……ついにやった！」
某低予算大ヒットボクサー映画のヒーローのように、両の拳を振り上げて喜んだものだった。さらには。
「じゃあその間、エリックを独り占めね」
そう宣言した。いつもそうだろう？という至極まっとうなエリックの確認というか問いかけは、すげなくスルーされた。そして、喜んだブラッドは、あの秋の日の提案を実行に移したのだった。すなわち、クリスマスは――――出来たら誕生日から――――ニューヨークの隠れ家で、新年まで、エリックとゆっくり過ごす、と。スイートな冬のことを考えて笑み崩れるブラッドとは裏腹に、エリックが考えたのは、ブラッドはいったいいくつ『隠れ家』を持っているんだろう？ということだった。「ブラッド？」
いくら豪華だとはいえ、普通の家ならこの辺がリビングで……という部屋に入って、エリックはそう呼びかけた。狙いたがわず。
「ようこそ、エリック！」
パーンとクラッカーを鳴らしてブラッドは出迎えてくれた。
「……人に向けちゃいけないんだぞ」
クラッカーから飛び出したテープを被りながらエリックが換言すると。
「ちゃんとそらしてるから安心して♪」
お茶目に笑いながらブラッドは答えた。
「いたんだ」
「そりゃあいるよ。エリックを招待するんだから、きちんとしておかないと」
そう言ってブラッドは、一足先にニューヨーク入りしていたのだった。本当なら、誕生日を祝われる立場の、ブラッドのほうこそのんびりして欲しかったのに。「ま、いいか。誕生日おめでとう、クリスマスおめでとう、新年おめでとう」
「前渡し？」
「の、ようなもんだよ。それで？お祝いに何をすればいいのかな？」
ブラッドの首に手を回しながら、エリックは訊ねた。もちろんちょっとしたプレゼントは用意してあったが、その他にもブラッドが望むならなんでも叶えましょう！……出来る限りのことは、と思ってきたのだった。
「何もいらないよ」
しかしブラッドは意外なことを言ったのだった。
「何も？」
「エリックがずっといてくれるだけで充分」
「それだけでいいの？」
「ああ。ずっと俺だけのこと考えていてくれるんだろう？」
「それはもちろん……なんだそうか」
「エリック？」
気が抜けた、と言うエリックにブラッドは問い掛けた。何か変なこと言った？「いや……ごめん。ちょっと覚悟してただけ」
「覚悟？どんな？」
「うん……ブラッドの見立てた服を着て、リンカーンセンターでコンサート聞いたり食事したり」
「ふんふん」
「それを脱がせたり……ストリップしたりとか？……そういうことを要求されるのかと……怒るなよ？」
「そりゃ残念なことをした。来年は是非」
「ブラッド！」
「雪の山荘とどっちがいいかと思ってたんだ。そういうのもいいな〜」
「ブラッド！！」
「エリックは嫌？」
「いや……じゃないけど……」
のぞきこまれてそう聞かれれば、どうしても分が悪いのはエリックのほうだった。そんなことを考えて、しかも口に出してしまえるということは、そうしてもいい、と思っていたということだったからだった。「じゃ、とりあえず。再会を祝して……」
「再会を？何時間でもないのに？」
ちょっと照れかくしにむくれていたエリックが、花がほころぶように笑って言った。
「祝いたくない？」
「いいね。……お祝いしよう」
「ベッドルーム見て驚くなよ。白と金だ」
「そりゃゴージャスだ」
ブラッドが茶化すように言うものだから、エリックもつい目を見張って見せてしまった。
「さらにそこには！」
「うん！」
「シャンパンといちごがある！」
「そりゃすごい！！」
「行きたくならない、エリック？」
やわらかく笑いながらブラッドは誘いかけた。
「なった」
エリックもまた、幸せそうに笑ってそう言った。「抱き上げようか、エリック？」
「君のほうこそ、誕生日なんだから」
「カンベンして」
「そっちもね」
そう言いながら肩を並べながら。
「しかしいったいいくつ『隠れ家』があるわけ？」
「いくつだったかな……」
「……分かった、もういいよ」
指折り数え始めたブラッドの指を手で押さえて、エリックは止めた。
「そうだね。今は他にすることあるもんね」
「ここでは嫌だぞ」
「分かってますって、でもちょっと……」
「どうして君はそう……」
いつもの会話をくり返しながら。
いつも以上に仲睦まじく。
ちーさん誕生日おめでとう！
もはや何歳なのかなんて、考えるのもアホらしいほど若々しいですけど
それでもひとつ年を重ねたね、おめでとう！（笑）
ニューヨークで大人のデートも良いし
雪深い山荘に２人きりでこもりきりもいいし
いつもとちょっと気分を変えた場所で
のんびりするのもまたよし！
おめでとうちーさん、いつまでもエリックと仲良くね♪