【イアン】
「どうぞ、ボス」
そう言って部下が置いた、南国リゾートに相応しい、花やグリーンでにぎやかに飾り立てられた大ぶりなグラスの中身を、イアンは一口すすった。
「あまい……うまい……ありがとう」
のべっとしながら海を眺めていた彼らの金髪のボスは、力ないながらも礼を言った。
どういたしましてのしるしに、お盆を手に一礼すると、部下は去っていった。
イアンはまた１人になった。
「あーあ」
テーブルに顎をのせて眺めるには、明るい昼の海は似つかわしくなく、知らなければきっと、元気のないその様子では、一緒に来るはずの恋人にふられでもしたのかと思われることだろう。実のところ、それに近くはあったのだけれど。
「せっかくいいプレゼントになると思ったのに……」
そしてまた、ドリンクを一口飲んで、身体中の酸素を搾り出すようなため息をついてしまうイアンだった。
南の島を惜しみなく照らす太陽も、溶かすことの出来ない旅人の鬱屈に、つい苦笑してしまうしかないような有り様のイアンだった。
「どうだボスの様子は？」
「ダメだ。まだヘタれていらっしゃる」
「あのでこっぱちに出し抜かれたのがそんなにショックだったのか」
「それもあるだろうが、宝が手に入れられなかったのが効いているんだろう」
「ボスはあの、アレキサンドリアの書物を欲しがっていたからな」
「ああ。あいつへのプレゼントにするとか言っていて……」
「バカ！泣く奴があるか！」
「す、すまん……思い出したら目から鼻水が！」
「せっかく古い友人がたの尽力で脱けられたというのに、あの有り様じゃな」
「のんびりしてもらうために、この別荘を選んだというのにこれじゃあ台無しだな」
「……いや、ひとつだけ方法が……しかし……」
『なんだそれは！？』
過去にいろいろあったお金持ち氏の、部下にしてファンクラブ、彼らは愛するボスの御為ならば、とえ火の中水の中、気に食わない奴にだって、連絡をとるのにやぶさかではないのだった。
「ボス、お電話が入っております」
「あー？」
そう言ってうやうやしく差し出した受話器からの声を耳にした途端、イアンの顔つきが変わった。あえて言えば、スイッチが入ったようにしゃっきりした。
「君かい！？どうしてここが……ああ、ああ無事だよ……心配かけてすまなかった……ああ、準備が出来次第、そちらにも顔を出すから……ああ、ああ……すまない、アレキサンドリアの図書館の……いや、君に贈りたかったんだ……ああ…」「……良かったんだよな、これで」
「泣くな！ボスが喜んでいるのならそれでいいはずだぞ！」
「はい！でもこの謎の水分はいったい！？」
「波だ！われわれを高波が襲ったんだ！！」
『はいっ！！』「そっちはもう夏の終わり？それなら涼しくていいだろうね……こっちかい？ここは常夏の島だから……ああ、ああ、お土産は南国フルーツの缶詰にするよ……ああ、会えるのを楽しみにしてる……愛してるよ」
「泣くな！」
「鼻水も止まりません！」
「あああああ〜ボス〜〜」
あっちでもこっちでも。
海のあっちでもこっちでも。
かけた電話やかけられた電話にいろいろと忙しく、宝捜しとはまた、一味違う事件のほうは、まだまだ終わりきってはいないようだった。