「ほら、これ飲んで」
まだシーツを身体に巻きつけたままのヴィゴが、いい匂いの湯気の立つマグカップを差し出すまで、わたしはベッドに石のように腰掛けたままだった。
「まーだくよくよしてんのか？」
笑いながら隣に座られた。ぴったりとくっつくように寄り添われても、今の自分には悲しいだけだった。
髭をくすぐる湯気だけが慰めだった。
ミルクにはちみつとをブランデーをひとたらししたものは、ほんのりした甘さとともに大いに涙を誘った。
「……そりゃ、気にするよ、ヴィゴ」
およそ男と生まれたからには、常に恐れているといっても過言ではない。
年も年だし、一気に「もしもこのまま……」というお先真っ暗な想像があふれてくる。
「じゃあ協力してやるからもう１回ためしてみるか？」
けけけ、と笑いながら、ヴィゴはわたしのふんにゃかしたものをたわむれに掴んでみせた。
わっ、と驚きはするものの、それで急に反応すれば誰も苦労はしない。「まあそれはおいといて。夜に悩むとろくな考えにならないぞ。もう寝ようぜ、ショーン」
ベッドサイドのライトしかつけていない部屋の薄明かりでは、近くのヴィゴの露になった肌はぼやけていて、そのところどころに浮かび上がるキスマークや、なまめかしい（とは感じる）肌の陰影を見て、いつもならこんなもんでは済まないはずなのに。はずなのに。
ヴィゴがわたしの分までカップを受け取って、サイドテーブルに置こうとした。ら。
ぼとっ。
質量のあるものが落ちる音がした。正確には、紙物の……本が！
「何これ？」
わたしがとびつくよりも早く、ヴィゴが拾い上げた。ぽんやりしてそうに見えていたずら者のヴィゴは行動がはしっこい。
いつもならそれなりな青春時代を過ごしたわたしだって引けは取らないのだが、今の今までしんなりしていたために反応が遅れてしまった。
「『バーバラの甘い蜜』……」
すでにパラパラめくっていた。「……なになに？『ジョージはおもむろにバーバラの××に顔を埋めた。彼女は激しく喘ぎながらも』……。ポルノじゃん」
そんな分かりきったことを、ばっちりこっちを見ながら言わないで欲しかった……。
「なーになに？ショーン！なに！こんなの読んで研究してたのかぁ！？」
１００％楽しみながら、ヴィゴはお得意のきししし笑いをして、わたしを見た。あああ……、なんてこったい。今日は厄日だ！
……確かに、会えない時なんかにすこーし世話になっているからなおさらだった。
「あっはっは！」
無慈悲に笑いながらヴィゴはベッドから降りた。相変わらずシーツは巻きつけたまま。どうやらすっかり古代ギリシャ風トーガルックが気に入ったようだった。
「えーと、入れたはずなんだけどな……」
何をいったいと思ってみていると、自分のリュックをごそごそやりはじめた。あった！と言うと戻ってきて、その手に持っているのは薄手のペーパーバッグ。
「俺はコレだよ」
そう言ってわたしに持たせた。「『カリブ海の赤いバラ』……こ、これは……？」
「見て分からない？」
それで自分はまださっきの本をめくっている。
「いや分かるがしかし……」
「オモシロいよ」
そう言うと、わたしの手から『カリブ海の赤いバラ』を取り上げた。
「『ナンシーはどしゃぶりの雨の中を走った。（信じられない！ケリーはドロシーのことを愛してるんだわ！あたしのことなんてもう……）ナンシーの頭はそのことでいっぱいだった』。ご静聴ありがとう」
「……どういたしまして」
「ほーら！もう寝る時間は過ぎてるぞ！ショーン！！ご本を読んであげるから寝た寝たっ！」
そう言うヴィゴに思い切りぎゅうぎゅうとベッドに沈められた。「えーと、どこがいいかな……よし、ここだ。『ナンシーは信じられない思いで一杯だった。（ケリーがあたしのことを愛してる？そんなバカなことってないわ！だって、だってケリーは……）』」
片方の手はしっかり握られていた。あたたかい。
「『（こんなことってないわ！）ナンシーはケリーのあまりの気の落としように、慰める言葉がなかった。しかしどんな言葉も今のケリーには届かなかった。ケリーは自分の失敗にあまりに深くとらわれすぎていた。ナンシーの言葉など耳に入っていなかった。ナンシーに取って、ケリーの価値はそれだけではないというのに』」
「ヴィゴ？」
なんだか話の辻褄が合わなくなってきたような気がして声をかけると、黙って聞いてろ、とウィンクされた。
「『（どうしたら信じてもらえるんだろう？）ナンシーは必死で考えた。』……おいこらどこ触ってるケリーさんよ」
「……信じたらたまらなくなったんだよ、ナンシー」
「大人しく寝るんじゃなかったのか？」
「そうしろと言ったのはきみであってわたしじゃないね」
まだ本を持ったままのヴィゴを敷き込んで、シーツをはがしにかかった。照り映えるように、魅力的な肢体がそこにはあった。喉が鳴る。
「品のない奴だなー。寝ろよ、もう」
「却下」
さっきのつづきではなくて。最初からもう一度。「ハーレクインで元気になるなんてあんたもロマンチストだなぁ」
わたしの頭を抱きしめがてら強く押し付けて、ここにキスしろと行動が言っている。
「常備してるやつに言われたくないね」
ヴィゴの伸ばした手の中の、さっきまで自信を失っていたものに血が集まって脈打っている。
「こんど貸してやるよ。おもしろいぞー」
どくんどくんと言いながら。
「……きみがいれば必要ないね」
はやく目の前の相手に収まりたいと。