「ここにしようと思うんだ」
温室のそばの枯れ井戸の奥の洞窟に案内すると、さすがの執事も驚いたようだった。
「これはまた……」
洞窟探検ルックのブルースと違って、いついかなるときもはずさないブラックタイとスーツという、執事スタイルのままで来たというのは、なかなか驚異的だったが、それでもちゃんと驚いていたのにブルースは満足した。もしかしたら、主のそんな思いを察して、驚いて見せたのかもしれなかったが。何しろアルフレッドは有能な執事なのだ。
「なかなかよさそうなところですな」
忠実な執事のその言葉に、ブルースはほっとした。まるで、初めての自分の買い物を、褒められた子供のように。
「秘密基地には良いところです」
「秘密基地？」
「そうではありませんかな？『バットマン』の秘密基地に、これほど相応しい場所はありますまい。お仲間もおりますし」
アルフレッドは、天井に鈴なりになっている生き物を指してそう言った。「ああ……だからか」
「何か？」
結構な大声を出さないと、自分がなんと言っているかも聞き取れないほどだった。
滝の水音もあったし、先住者たちの声もあった。
「だからそうか、我が家に戻ったような気持ちがしたんだ」
ブルースは笑ってそう言った。アルフレッドも頷いた。
「さようでございましょうとも」
「上の館は、ブルース・ウェインの我が家で」
「バットマンの我が家はここである、と」
「そういうことだ」
「ではせいぜいこちらも、居心地の良い場所にしませんと」
「そちらのほうはよろしく頼む」
とりあえずあれを下ろしてこれを直して、と楽しい日曜大工算段をしているブルースが、ふとアルフレッドの笑っているのに気がついた。「どうした？」
「いえ、あれほど蝙蝠を怖がっていらした方が、と思いましてつい」
「……昔の話だ」
「蝙蝠に噛まれたから吸血鬼になってしまうに違いないと泣いてらした坊ちゃまが……」
アルフレッドは目頭を押さえる真似をした。
「昔の話だ」
「旦那さまがありったけの医学書を持ち出してご説明していたものでした……」
「昔の話だ！」
「奥様は吸血鬼映画のビデオや本をすべて処分なされて……」
「昔の！」
「おやもうこんな時間でございますね、坊ちゃま」
アルフレッドの時計が４時を告げていた。
「お茶にいたしましょうか、坊ちゃま」
そのための飲み物食べ物は、ちゃんとバスケットに詰めてあった。魔法のようにそれを広げながら、アルフレッドは言った。
「吸血鬼にならなくて、本当にようございました」