海に行こうと誘ったのはどちらだったのか。
そして、海に入ろうと誘ったのは。
「もう岸が大分遠いな、ヘクトル」
「ずいぶん来てしまったようだな、アキレス」
あまりの暑さに、海風にあたりに行こうということになって。
浜辺に来れば海の青さは誘うようで。
「久しぶりに泳いだが、忘れてはいないものだな」
「それはそうだろう。こんなに海の側にいるのだから」
はじめは波打ち際で遊んでいた。水を掛け合い転げあい。
そのうちにアキレスの手が伸びていって、ヘクトルはそれをよけていって。
「でもさすがに疲れた」
「むきになって泳ぐから」
気がついたら泳いでいて。気がついたら競争になっていて。
ちょっとした遠泳、鍛錬のようになっていて。
「腹が減ったな……」
「そのうち陸につけるよ、アキレス」
今は潮の流れに身を任せ。
プティアの海を漂っているという訳だった。「気持ちいいな」
「たまにはな」
ぷかぷかと浮くようにして力を抜いて、そうしているうちにまた、岸辺は手繰り寄せられるほどに近づいてきていた。
「あ、エウドロスだ」
「パトロクロスもいるようだぞ」
浜辺で手を振っているのは確かにパトロクロスだった。そして籠のようなものを持って控えているのはエウドロスだった。
「何か持ってるな、昼飯かな？」
「だといいな。わたしも腹が減った」
うっかりすると腹が鳴りそうな２人だった。
ふりそそぐ陽光や、海水は流石に食べることは出来ない。どんなに恵み深いものであろうとも。
「食ったら少し寝よう」
「その前に身体を洗わないと」
浮いているのにも飽きると、潮の流れにのって少し泳いだ。
岸に近づいていくに連れて、パトロクロスが何か言っているのが聞こえてきた。「『早く来ないと全部食べる』？いい度胸だ」
「パトロクロスがそんなことをするわけないだろう。エウドロスもいるのだし」
「ああまあな……」
「こら、どこ触っている」
「ちょっと触りたい……」
「陸に上がってからだ」
そして何か食べてから、とヘクトルは厳しくそう言った。
「退屈だからって何をする」
「退屈していなくてもするぞ？」
「分かったから、あとでな」
「必ずだぞ」
「何か食べて、身体を洗って、少し眠ってからな」
「………」
岸辺は、もうすぐそこに迫っていたのだった。