「……おはよう、エリック」
もぞもぞもぞ。
動いているのだから、起きているのは確かだった。
「そこで寝たの？」
うごうごうご。
部屋の隅でミノムシよろしくシーツにくるまって、見えているのは毛先だけ。それでもその、黒髪巻き毛が、どれだけいとしいことか。
（昨夜キスしたしな〜）
ブラッドは、ベッドの上で頬杖ついて、自主的ミノムシの動きをながめ、シーツの向こうを透かし見ようとする試みを続けていた。
「エリーック」
ぴた。
名前を呼ばれて、逃げようか隠れようかという、逡巡の動きは止まった。「起きたらいないから」
ブラッドも、エリックにならってシーツをいい加減にまきつけてベッドから降り立った。でないときっと、ミノムシは顔を見せてくれないだろう。すっぽんぽんのままであったりなんかしたら。
その動きにまた、ミノムシはびくっとした。
「どっかいっちゃったのかと思ってびっくりした」
ミノムシのすぐ隣にかがみ込んで、ブラッドは言った。
「いや違うな。悲しくなった」
見限られたのかと思って。
「そんな……っ！」
ミノムシが声を出した。その日初めて聞くエリックの声だった。「やあ、はじめて声聞かせてくれた」
本当に嬉しそうに言うものだから、つい目だけ出したりなんかして、そうしたら、心底嬉しそうな目が自分を見たりしているものだから、ミノムシは困ってしまった。いまさらひっこんでしまうのも決まり悪く、顔を見ていたかったし笑顔を見ていたかった。
だから戻るに戻れなくて。
「ブラッド……」
「うん？」
もっと聞かせてなんでもしゃべって、とでも言うように、ブラッドは辛抱強くエリックの次の言葉を待った。
「おはよう……」
「おはようエリック」
はじまりは、朝の挨拶から。「逃げてないから……」
「うん」
「でも居たたまれなくて……」
「うん」
「寝たのはここじゃないから……」
「そりゃよかった。安心したよ。いくらカーペットでやわらかいからって、床の上は寝るのには向かないよな。立派なベッドも、立場ないだろうし」
人懐こい、としかいいようのない顔で、ブラッドが笑うものだから、ついそれがもっとよく見たくなって、エリックは鼻の高さまでシーツを下ろした。そのシーツを持つ、指先にもキスしたっけ、とブラッドは幸福を呼吸しながら思い出していた。
「ブラッド……」
「うん？」
のぞいている、エリックの目はうるんでいた。何よりもそれが、きれいだった。ただし今は。そのうちにきっと、何よりきれいな部分は、変動することが、ブラッドには分かりきっていた。「どうしよう……」
ぽろり、とエリックの目から、重みに耐えかねた涙が一粒落ちた。
「とりあえず、ベッドに戻るってのはどう？」
「ブラッド……」
「うん？」
「ブラッド……」
泣いている、エリックが腕を伸ばすから、もちろんブラッドはその手に答えた。
指を絡ませ引き寄せて抱きしめて、それから目に鼻に唇にキスをして。
「ブラッド……」
エリックを抱えたまま、１、２歩歩くともうベッドだった。ぽすん、と膝が当たったその場所に、ブラッドはエリックを座らせた。
「おかえり、エリック」
ブラッドはひざまづいてそう言った。愛を乞う、忠誠を誓う、騎士のように。
はじめての夜と、はじめての朝に。