「愛してる」
「知ってるよ」
知って、いたよ、愛しいヘクトル。
いつ言おうかいつ言おうかと思っていたけれど、まだはっきり口に出して言ったことはなかったっけ。先を越されちまったな。
ああ泣かないでくれヘクトル。
泣くのは２人きりのときに、出来ればベッドの中で、何ならその辺の暗がりでも、全然かまわないが。いや。いや、１番いいのは船の中、俺の愛機の俺の部屋の、さして広くもないけど馴染みのあるベッド。そこへあんたをご招待したいよ、ヘクトル。
そこでゆっくり、あんたを堪能させてくれ。
あんたの中はどんな風に俺を歓待してくれるんだろう？きっと今までのどんな経験でも味わったことのない、ステキな世界へ俺を連れて行ってくれるんだろうな。
だからそんなに泣かないでくれ。叫ばないでくれ。自分も一緒に！だなんてとんでもない。冷凍されるってのは、なかなか最低な感じだぜ？そこまで考えて、アキレスは一気に覚醒した。
今の今まで何をしていたのか、古いつきあいのオデュッセウスを頼っていけば、あっさりと長いものに巻かれていて帝国に売りとばされ、さらには冷凍されて転売されたことを。
そして、目を覚ましたことに驚いた。
どうして目を覚ますことが出来たんだろう。裏切り行為をしたと思ってこんな真似をしたのだとしたら、ひとおもいに殺すよりもずっと、冷凍状態のほうがいい気味だと思ったんだろう、あのぶよぶよは。
だったら自分は、この世の終わりが来ても、目なんか覚まさないはずではなかったのか？
「アキレス……」
まだ目がよく見えなかった。これはじきに治るだろう、だがもどかしかった。アキレスは声だけを頼りに手を伸ばした。
「アキレス……」
ヘクトルの声が、どんな慈雨よりも甘やかに染み渡っていった。ヘクトルはアキレスの伸ばした手を取って、濡れたものに、おそらくヘクトルの頬に触れさせた。「ヘクトル……」
使っていなかった声帯は、情けないほど掠れきった声しか出してはくれなかった。しかし、ヘクトルの耳には届いたようだった。ヘクトルは一瞬動きを止め、それからアキレスを抱きしめた。
「アキレス……良かった……」
「ヘクトル……」
アキレスも、おぼつかない腕でヘクトルを抱きしめた。骨を折れよとばかりに抱き寄せることが出来ないのが、もどかしくてならなかった。
「アキレス、すぐに……」
ヘクトルはそっと、アキレスにキスをした。自分からそんなことをしたヘクトルが、どんな顔をしているのか見ることが出来なかったのが、アキレスにとっては痛恨事だった。はっきり言ってそうだった。
そのあとすぐに起こった、ぶよぶよプロデュースの公開処刑にまつわるどたばたよりも、ずっと。まあそれも、その時のヘクトルの、仰天コスプレで帳消しとなったのだが。