「つ……か、まえ……た……」
ブラッドがどうにかエリックをつかまえたときには、暮れかけていた街はもうすっかり暗くなっていた。街はもうすっかり白茶けた昼の顔を脱ぎ捨てて、夜の怪しい気配を漂わせていた。どんなところにも人はいたが、それでもまったく人のいなくなる瞬間というものはあって、その路地も今はエリックとブラッドの貸切りだった。
「ブラッド……」
身軽な分、エリックのほうが息がおさまるのははやかった。帽子も吹っ飛ばして走ったブラッドは、やっとつかまえたエリックを逃がすまいと、きつく腕をつかんでいた。
「……どうして？」
「え？」
ようやく息が出来るようになったブラッドは、髪をかきあげながらそう言った。
「どうして、追うんだ……？」
本当に不思議そうに、たよりなげにエリックは聞いた。まるでほんの小さな子供のように。ブラッドは、そんなエリックを思わず抱きしめた。「エリックが行っちゃうかと思って」
「どこへ？どこにも、わたしの行くところなんて……ないのに……」
「ふるさとは？」
「いつかは、行きたいと思ってるけど、こんなじゃ、とても……」
エリックはうつむいて答えた。ブラッドはエリックの髪にキスしたい衝動と必死に戦いながら続けた。
「呼んだのに、エリック行っちゃうから」
「だって、ブラッドの…邪魔…しちゃ……」
「邪魔なんかじゃないよ」
「だって……」
「話を聞いてただけだよ」
「だって……仲良さそうだった……」
「人懐こい奴だったな。応援もされたし」
「応援……？」「ああ。好きな人がいて、その人とのときのために、男同士ってどうすればいいのか聞きたい、って言ったら激励された」
「そう……」
「まさか本人に、エリックに聞くのも間抜けだろう？」
「え……？」
エリックはようやく顔を上げた。何を言われたのか、分かっていない飲み込めていない顔をして。
「ブラッド、なにを……言って……」
「エリックのことが好きだから、いつかそうなりたいと思ってるから、下調べのつもりで本職に聞いてみたんだ。そんなまどろっこしいことしないで、最初に本人に言うべきだったよな。ごめん、エリック」
「え……？」
「エリックが好きだ」
「え？だって……」「ここにいる、腕の中で「え？」ばっかり言って目を見開いてるエリックが好きだ」
「だって、わたしは……だって……」
「今度は「だって」？」
「だってブラッド……だって、わたしは……」
エリックは混乱のきわみにあった。
「俺のこと好き？好きって言って、お願いエリック」
「ブラッド、だって……そんな……」
「エリック？」
「だってわたしは……」
「エリック、愛してる」
「そんな、こと言われても、わた、わたし、は……」
「泣かないで、エリック」「だってブラッドが……」
「俺、いじめてる？」
エリックは懸命に首を振った。
「そんなに振ったら、首がふっ飛んじゃうよ、エリック」
ブラッドが笑いながらそう言った。
「エリック、俺のこと好き？」
「ブラッド……」
通りかかる人がいたらみんな、にらみつけて追っ払ってやる、とブラッドは心に決めていた。
こんなエリックを誰が見せるかもったいない、と。
「ブラッド、わたしは……」
「うん？」