「……あれ？」
起きたということは、寝ていたということなのかしかも口元には、だらりと液体が。
「いかん、寝ちゃったか。あーあ涎たらしちゃった……」
証拠隠滅証拠隠滅、とばかりにティッシュッを引き寄せてごしごしと拭いた。
「どした、エリック？」
何か言ったか？と、キッチンからブラッドが大振りのスプーン片手に顔を出した。
「なんでもなーい。ちょっと居眠りしちゃっただけ」
てれかくしに伸びをしながら言うと、ブラッドは春の日差しのような笑顔を浮かべた。
「寝てろよ。出来たら起こすから」
親切でそう言っているのに、ついまぜっかえしたくなってしまった。
「……本当に？」
こののんびりとした雰囲気がそうさせているのだと、ブラッドも分かっているから。
「ホントほんと。だーいじょうぶ！皿は残しておいてやるから」
笑いながらそう言うものだから、エリックももう１度。「手伝おうか？悪いよ、居候なのに……」
「いいっていいって。たまには任せろよ」
そう言ってブラッドはまたキッチンに姿を消した。まあ確かに、よその家の台所なんていうのは、使いにくいと相場が決まっているし。
エリックがオーストラリアに帰ってしまう前に、気の早いクリスマスを祝おうというコンセプトの今日は、ついさっきまでエリックは仕事をしていたのだし、オフでのんびりしていたブラッドが台所に立ったほうが、もろもろいいのは確かだった。たいしたことするわけじゃないし、もう九部通り出来ていて、後はあっためたり混ぜたりといった最後の仕上げだけだから、エリックはテレビでも見てて、とこの『隠れ家』のリビングい押し込まれたのだった。
流しっぱなしにしているのＤＶＤは『トロイ』で、映画が好きだからってなんだってこんな……とエリックを苦笑させた。ブラッド曰く、エリックの不在を補うために必要だった、ということなのだが。
大型のテレビの前には他にも、『ハルク』だとかいったエリックの出演作が置いてあって、エリックに軽い頭痛を起こさせた。「なんだって、まあ……」
テレビの中のエリック……ではなくてヘクトルは、妻と別れの抱擁を交わしているところだった。
「あーうねうねだなぁ……」
「出来たぞー」
ブラッドが、食べ物と酒瓶を持って現れた。
「どした？うねうね？」
「ああ、このときは大変だったなぁと思って」
ワインの瓶を受け取ってテーブルまわりに置きながらエリックは言った。
「ああ、大変だったよな。毎日カーラー巻いてて」
ブラッドも笑ってそう言った。
「『ヘクトル』はしっかり巻き毛だったしなぁ」
「うん、後姿見るとよく分かるよな、くっきりしてるし」
残りの料理を取りに、ブラッドはキッチンに向かっていった。「ミニスカにカーラーなんて、１０代の女の子みたいだよな」
「いいじゃん巻き毛、アゴガレだなぁ」
ローテーブルなので、床にじかに座りながらそう言った。
「『アキレス』のさらさらヘアのほうがいいと思うけどなぁ」
「ないものねだりってもんだぞ、それは」
とくとくと音を立てながらワインを注ぎ、ブラッドが笑うからエリックも笑った。
「それじゃあ乾杯と行こうか」
「ああ」
「ストレートヘアに」
「巻き毛に」
「エリックに」
「ブラッドに」
「来るべき聖夜に」
「この夜に」
『乾杯』