「ああもう、まったく！」
ブラッドが車の中で毒づくのはこれが２２回目だった。
「クリスマスだってのにもう！」
２３回目終了。
憤りの持っていきようがなくて、罪もないハンドルをバン！と叩いた。しかしすぐに後悔して、ごめんごめんキミに不満があるわけじゃないからちゃんと働いてね？とハンドルを撫ぜたのだった。
今日はクリスマスだった。しかも、エリックと過ごすクリスマス。
一緒に暮らすようになってからのはじめてのクリスマス。特別なのだ。
世間では騒いでいるし、イブともなれば友達と大騒ぎするのもありだろう、でもクリスマス当日は。
「今年は！エリックとゆっくりするつもりだったのに！」
思い出のボゴタに行こうかという話も、冗談ながらもあったというのに、ハジメテなんだから家で過ごしたいな、と言ったときのエリックのかわいらしさときたらもう！
そんな気分になれなかったので、静かなクリスマスソングのＣＤなんかもあったが、車内に鳴り響いているのはガンガンにシャウトしている曲だった。ブラッドは思い出に興奮して、思い切りタイヤを鳴らしながらコーナリングしたりなんかして。（エリックにバレたら、怒られるかも……）
という考えが、ちらりと頭をかすめたもののそれくらいしないと納まらなかった。
建築屋のほうの仕事が立て込んでいて、イブだっていうのに昨日は遅くまで現場に詰めることになってしまって、ブラッドも泣きたかったが、彼女とデート……とか言っていた若い現場主任も半べそだった。
それでもどうにか日付が変わってから家に帰ることが出来て、なんとかこれでエリックとクリスマスだと思っていたのに！またしてもアクシデントがあって、今度は別の現場に呼び出されたのだった。
現場も現場だ！急かされてるからって、クリスマスくらい休め！と呪ったところで、正真正銘ブラッドでないとどうしようもないトラブルとあっては行かざるを得ず、こんな時間になってしまったのだった。
「ミサだってもう、どこの教会もやってないぞちくしょう……」
神サマが聞いていたら、口の悪さに顔をしかめたかもしれなかった。
舌打ちしつつトロい車を抜きさって、ようやくブラッドは愛しい人の待つ我が家の車庫へ車をつっこんだ。
「エリックごめん！遅くな……って……あれ？」
あわてて帰った家は、そういえばまっくらだった。
鍵も開けたのに、急ぐあまりに会いたいあまりにエリックが留守にすることもありえるのだという選択肢が思いつかなかった。ブラッドは玄関ドアのノブを掴んだまま突っ立っていた。そしたら怖い考えになってしまった。
もしかしたら『エリック』なんてどこにもいなくて、すべてブラッドの想像だったんじゃないのか？あんなに愛していると思ったのはすべて、そういう人がいるといいなと思ったブラッドの、想像に過ぎないのではないかとまで考えた。
ブラッドにとって世界は灯かりがついていない家の中同然だった。エリックの声が聞こえるまでは。
「ひゃー遅くなっちゃった！ブラッドごめん！！」
「……エリック」
今の今まで囚われていた妄念からなかなか立ち戻れずに、ブラッドは呆然と呟いた。「ごーめん！急に風邪でダウンした子のピンチヒッターたのまれてさ、もっと早く戻れるはずだったのに、さすがクリスマス車が混んじゃってさ……どしたの、ブラッド？」
エリックだった。ブラッドのエリックがそこにいた。様子のおかしなブラッドを、きょとんとした顔で見上げていた。
たまらなくなって、ブラッドはエリックを思い切り抱きしめた。
「どうしたの、ブラッド？」
「ちょっと……感動しちゃって……帰ってきたらいなくて……エリック戻ってくるから……」
今ひとつ要領を得ないブラッドの言葉を、疲れと寒さゆえのことと解釈したエリックは、抱きしめるブラッドの背をぽんぽんと叩いた。
「お待たせ、ブラッド」
「うん……」
「早く中入ろ？寒いだろ？おなかへってない？」
「へった……」
それでいてブラッドは、エリックのことを離そうとはしなかった。
エリックもまた、ブラッドの気が済むまで抱きしめられていることにしたようだった。ずいぶん長いこと玄関先で、灯かりもつけずに立っていた。
すききったおなかが、抗議の音を立てるまでずっと。