「大丈夫か？」
「……だ、い……じょ……ぶ……」
あまり大丈夫ではなさそうに息を弾ませながらもヘクトルは、アキレスの問いにそう答えた。
「少し振り回しすぎたか？」
肩で息をしているヘクトルのつややかに光沢を放つ髪にくちづけてアキレスは言った。
「これでも飲め」
後ろにも目がついているように、アキレスはボーイの持つ盆から飲み物を取り、ヘクトルに手渡した。
「あ、りがとう……アキレス……」
ほのかに泡の立ち上る金色の液体を満たした浅いグラスを受け取って、ヘクトルはこくりと一口飲んだ。
「美味いか？」
ヘクトルの顔がかがやいたのを満足げに見つめ、アキレスがまた問うた。
「ああ、とても美味しい。おもしろい味だ」
そう言いつつ、つづけて飲もうともグラスを干そうともしないヘクトルに、アキレスは怪訝そうに言った。
「どうした？気分でも悪くなったのか？」
さきほどまで２人は、楽しそうに囃し立てる楽の音に誘われて踊ってみた。
本式はこう、と教わってもいたがこだわりのない集まりだということだったので皆天で勝手に踊っていた。アキレスはそれが気に入って、ヘクトルの手を取ってフロアに進み出たのだった。
こちらの流儀は分からなし男同士だしと気にしたヘクトルだったが、なにしろ何でもありの気の置けないものだけが集まったパーティだったので、男同士あり女同士あり団体あり個人ありの様子を見て、やっと安心してアキレスの手を取ったのだった。
しかし、他にも人がいるからと安心していたのなら、それはとんだ見当違いというべきで、ワインレッドの縁取りのあるスーツを自分流に着崩したアキレスと、青いスーツをきっちりと着こなすヘクトルの姿はたいそう人目を引いていた。 アキレスがヘクトルの手を取ってダンスフロアに進み出ると、まわり中が２人を見た。まるで２人のためにスポットライトでも当たっているかのように。
よくも悪くとも２人とも、人の視線を浴びるのは慣れていた。だからヘクトルも、気恥ずかしさに理由付けがなされれば、安心して、アキレスに手を取られることが出来たのだった。
最初は教えられたソシアルダンスのステップを踏んでいたものの、すぐに飽きてしまったアキレスはやがては好き勝手やりはじめ、ヘクトルをフィギュアスケート男女ペアよろしく振り回し始めたのだった。そのことを心配したアキレスに。
「さっきのダンスのせいじゃないから」
ヘクトルは笑ってアキレスの懸念を否定した。
幼子を振り回すようにしてあやすようにされたくらいでどうにかなるヘクトルではなかった。仮にもトロイのヘクトルと謳われたヘクトルなのだからして。
「それじゃあ……」
「いや、あまりこれが美味しいものだから……」
「うん？」
「アキレスにも飲ませたいが、これは飲みさしだしだからと……」
「ヘクトル……」
あまりにもヘクトルらしい物言いに、アキレスは呆れながらも喜びながら、ヘクトルをスーツごと抱きしめた。
「気にせずに飲むといい」
「でも……」
「いくらでもある。それに」
「それに……？」
「俺はおまえからもらうという手もある」
「アキレス……」
パーティの物影で、２人の影が重なった。
「……窮屈じゃないか、ヘクトル？」
「あ……、ああ……こちらの服はどうも締めつけるものが多いな……」
やはり国のものとは違うなと笑うヘクトルの耳に、アキレスはひとつの提案を吹き込んだ。
「……どうだ、ヘクトル？」
「アキレス、そんな……ブラッドとエリックに失礼では……」
口ではそう言い立てながらも、アキレスの望みはヘクトルの望みでもあることを示すように、アキレスの申し出るこの後のことを思って頬ははすっかり紅潮しきっていた。
「失礼？そんなことを言うとも思えんな、それに」
抱きしめる腕は指は、スーツ越しにではあったが確実にヘクトルの息を、ふたたび弾ませ始めていた。アキレスはそれを見て、笑みを深くした。
「それ、に……？」
ヘクトルはすっかり夢見心地になってアキレスに問い返した。
「俺が言わせん」
「ああ、アキレス……」
立っていることもつらくなって、ヘクトルはアキレスにすがりついた。
アキレスはヘそんなクトルを抱きかかえたまま、パーティ会場を後にすべく窓へと向かっていったのだった。