朝起きたらお茶が入っていた。
「神父さまおはよう！」
今日も元気な元行き倒れ、今は教会の作男のような手伝い仕事をしてもらっている居候が、窓から入る日の光にも負けない笑顔で言った。
「おはよう、いい天気だね」
寝起きのことでなんだか髪もはねているような気がするが、居候にして元魔王はそんなことは気にしない。まずは目覚めの一杯をどうぞとミルクティーを差し出した。それで、この液体の入っているカップが名のある名器ででもあれば絵になったかもしれいが、つましい教会でそんな面白いことはしない。湯気の立つミルクティーで満たされたカップは質実剛健なマグカップだった。
しかし体内に流れ込む熱い液体の得も言われぬ滋養はかわらない。
「ああ、おいしい」
しみじみと美味かった。素直な感想を口にすると居候は自分のほうこそ、とてもおいしいものでも口にしたように笑った。
「はい、これも」
引き続き差し出されたのはクッキーやビスケットを作った残りの生地を丸めて作ったおめざ用の焼き菓子だった。
「ありがとう」
それも受け取って咀嚼すると、ミルクティーの滋養とともにだんだんと目が覚めてくるのを感じた。顎を動かし胃袋に液体と固形物が入ることで、身体が起動していくのを感じていた。「聖堂のお花取り替えてありまーす」
「ありがとう」
着替えるために立ち上がると、ミルクティーを飲み干したマグカップを受け取るために差し出した。左手だった。いつもは両手なのだが……と思っていると。
「はい、神父さま」
花を差し出された。教会の庭の花壇に咲いている花は祭壇用だった。店で売っている花にはない味わいの濃さがあるのは、丈夫で長持ちしそうなものばかりの故か。今差し出されたのは、早咲きも早咲き、こんな時期に良く……と思うようなバラだった。
「１番咲きのバラでーす」
「もう咲いていたんだ。今年は早いね」
受け取って香りを嗅ぐと、ようやくほころびはじめた蕾の息吹が力強く立ちのぼった。香りからくる生命の喜びといったものが、じわじわと神父の身内から沸きあがってきた。
「ありがとう、とてもいい香りだ」
神父がそう言うと居候はにっこりと笑った。朝ごはん出来てますよーと楽しげに言いながら、軽やかな足音を残して居候は去っていった。静謐な空気と朝の光、花の香気につつまれて。
「さておいしいミルクティーも飲んだし、今日も１日がんばるか」
神父はゆたかな笑みを浮かべて、ねまきのボタンに指を掛けたのだった。