「わ、こらアキレス！」
はじめは普通に散歩だった。
「気持ちいいぞ、ヘクトル！」
それがいつの間にか鍛錬になるなんてのは、これはしょちゅうのことで。
「冷た……、だからって、服を着たまま海に引っ張り込む奴が……わぷ！」
ここにいたのだった。海沿いを手をつないで歩いているうちに、アキレスの心にむくむくと沸いてきたものがあった。
ひとつは、暑いな海に入ると気持ち良さそうだな、というごく普通のことだった。
もうひとつは、ヘクトルと一緒に――――出来たら無理矢理引っ張り込むくらいにして――――海に入って遊んだら楽しいだろうな、目にも楽しそうだし、というものだった。
アキレスの狙いは正しかった。身体をくるむようにぺったりと衣が張り付いた様はたいそうそそるものだったし、困惑した様子でそれをどうにかしようと抓んでみたりするヘクトルを見るのは楽しかった。アキレスは満足した猫のように笑いながら、そんなヘクトルを眺めていた。至極ご満悦だった。何も着ていないからこそ見える身体の線もよかったが、衣がはりついているからこそのこの曲線もたまらないものがあった。どちらもその中に、『ヘクトル』を形作っているすべての好ましきものが詰まっていると、よく分かっているからなおさらだった。「ヘクトル……」
ついそのまま、真昼間の海辺というおよそヘクトルの好まない場所でのおおっぴらな愛情表現をしようと試みてしまうくらいに。
「ぶっ……」
しかし、それは他ならぬヘクトルによってはばまれた。
ヘクトルに抱きつくはずだったアキレスは、波にただよっていた海草に思い切りしがみつくことになった。
「やったな……」
成功して笑い転げるヘクトルに、口ほどには悔しがっていないアキレスは今度こそ飛びついた。腰に飛び掛られればひとたまりもなかった。ヘクトルは砂の上に倒れ掛かり、アキレスもまた、ヘクトルがどこか痛くしないよう支えながら倒れこんだ。
「ヘクトル……」
「アキレス……」
足首までほどもない深さの水につかって、見上げる太陽はまぶしいほどにきらめいていた。
誰もいない海は、ほんのひとときも離れたくないような恋人同士が触れ合うにはもってこいの場所だった。