「ふはははははっ！ひっかかったなクラーク・ケント！いやさスーパーマン！」
「……ブルース……」
これはいったい、どんな趣向なんだい？とブルース邸の広い庭に膝をつきながらクラークは思った。
スーパーマンルックという、目立つことおびただしい青いコスチュームに赤いマントで下り立っても、ここなら目につく恐れはなかった。なにしろウェイン邸は広い。ゴッサムの白地図に色を塗ったら、かなりの部分がウェイン色になりそうなほどだった。
黄昏どき、太陽と闇が入れ替わる時だった。
その濃い蜂蜜色の中、やったやった成功だ！とブルースと少年２人――――ディックとティム――――は手を取り合って喜んでいた。
（するとやはり、この落とし穴は彼らが掘ったんだろうか……）
その広大なウェイン邸にいつものように下り立とうとした。しかし、こここが地面、と思って足を下ろしたその場所はずぶずぶとクラークの身体をめり込ませるばかりだった。巧妙に隠されたそれは、落とし穴だったのだった。「クラークさま」
クラークがどこに下り立ってもいいように、おそらくこの広々した屋敷の前庭には、無数の落とし穴が掘られているに違いない。そのすべてを記憶しているのか執事のアルフレッドは、常に変わらぬ様子で穴にはまったクラークのそばで言った。
「よろしければゲストルームをお使いください」
「……そうだねアルフレッド……この泥まみれの格好ではディナールームに入れやしないからね……」
ブルースたちは、古式床しい落とし穴を作っていた。地面と変わりない表面を持ち、さらに穴の底にはご丁寧に泥たっぷりの水たまりがあった。
（ひとつひとつに水を張ったのか？ご苦労な……）
「ちょっと聞かせてもらいたいんだけどね、アルフレッド」
「はい。なんでございましょう、クラークさま」
「答えにくければ別にいいんだが……落とし穴はこれひとつじゃない、よね？」
ないと言って欲しかった。落とし穴は複数用意されていると。でないとこの広い野原にたったひとつある落とし穴に、誘い込まれるようにはまってしまっただなんて、ますますバカみたいではないか、と。
「本当に、お聞きになりたいですか？」
「……やめておいたほうが無難そうだね。ありがとう、アルフレッド」
「いえ」
アルフレッドは一礼して去っていった。ふかふかの赤い絨毯を踏んでいるような足取りの黒いスーツの後姿は蜂蜜色から藍色に変わろうとしている世界に溶けていくようだった。（やれやれ……）
気紛れな、ところもある若い主とつきあうのは大変だった。よほどのこと安定のいい性格か同じくらいにエキセントリックでないと。
「よっ……と」
声をはずみに落とし穴から飛び出すと、喜ぶ一行のブルースの前に下りた。
「わたしを甘く見ないことだ、クラーク」
いたずらが成功したブルースは、嬉しそうに利かん気そうに挑発的にそう言った。
「肝に銘じておくよ……ブルース」
「わっ！」
「ブルース！」
「大丈夫か、ブルース！」
マントの端は赤でなくて泥の色、ブーツも同じ、それに触ったものだから手もまたしかり。その腕で身体で抱きしめられると必然的に。
「クラーク！」
「わたしを、甘く見ないことだよ、ブルース」