「今日はバクラヴァを作る」
朝食の最中にエリックがそう宣言したとき、ブラッドは顔が引きつらないよう頬の筋肉に力を込めた。
「そう……久しぶりだな」
「うん。なんだか甘いものが食べたくなっちゃって」
今日の朝食はブラッド作だったので、ソーセージに卵それからゆでた野菜とトーストという乳幼児にも食べやすいメニューだった。
膝の上にのせた子が、手足をバタバタさせているのをかいくぐって、エリックはあばばばとなっている口にじゃがいもをぽぉんと放り込むのに成功した。子供はふこふこのじゃがいもをもぐもぐするのに忙しくなった。
（甘いもの、か……すると毎日作っているアレは甘いものには分類されないわけ、か……）
エリックは料理が上手だった。本人はキブツ育ちだからと言っているが、おいしいものを作って人に食べさせたい！という情熱は、どう考えても自前だった。
ヨーロッパで会っていた頃はよくお弁当やお土産を持たせてもらったことがあった。しかし。「材料足りるのか？」
ささやかな抵抗だったが、それでもブラッドはわずかな可能性にかけてそう言ってみた。
「うん。はちみつもまだ開けてないのが２瓶あるし」
ちなみにはちみつの瓶は１リットルサイズだった。エリックは砂糖をどかどか入れているがゆえに果物が煮溶けたりしないジャム作りも得意だった。近所とのつきあいもそれでスムーズにいっているところが大きかった。甘いものの嫌いなものはそうはいないし、子供にほだされない人間も少ない。両方を兼ね備えたエリックの作る菓子を、誰もが「太る〜」「明日からダイエットしなくちゃ〜」とか言いながらも、目を細めて食べていた。
「そっか……じゃあまた、みんなにも配らないと、な……」
「そうだね」
エリックは客を招いて食事を振舞うのが好きだった。１人になるのを好まないが、誰かを巻き込むのも嫌だという気持ちの表れなのかもしれなかった。
「この子にもそろそろバクラヴァの味教えたいし」
そう言って額をあわせると、子供は楽しそうに笑った。
（……まあいいか、エリックが楽しそうならそれで……でも、腹出ないようにしないとな……ジョギングでも始めるか……）
そう考えながらブラッドは目の前の光景に目を細め、砂糖抜きのコーヒーに手を伸ばしたのだった。