「馴れてみるとミニスカートも悪かないよな」
撮影中の休憩コーナーで、日向のゼリーのようにでろでろになりながらブラッドは言った。
「それについてはまったく同感だね」
同じく『ヘクトル』のこしらえで、甲冑のときのスカート姿のエリックが答えた。
メイク中なので、水分補給はストローからだった。
「あっつぃ……」
まったくその通りなのだが、言葉にして言って欲しくはなかった。エリックは照り返しの眩しさから目を守るためにかけているサングラス越しに、嫌な顔をした。
ブラッドもエリック同様上半身裸で、『アキレス』と『ヘクトル』になるために作った筋肉にも汗が浮いていた。少しばかり手でパタパタ仰いだところで暑さがやわらぐはずもなく、ブラッドは手にしていたドリンクを腹いせにぶくぶく泡立てた。
「行儀悪いぞ」
「そお？行儀悪いって……こんな？」
そう言ってブラッドはエリックの組んだ足の、宙に浮いたほうの脛にサンダル越しの素足の指でつつつーとなぞった。「……ブラーッド」
「はーい」
こりゃ良い子にしてないと、今晩はおあずけになりそうだな、と思ったブラッドは大人しく足を離した。でもまだ、あわよくは接触しようとでもいうように、組んだ足をぶらぶらさせていたが。
「エリック、ちょっといい？ヘアを直すわ」
「ああ、頼む」
そこへヘアメイク担当のスタッフがやってきて、エリックの後ろ髪を直し始めたのでブラッドのいたずらはいったん休止になった。エリックの髪を直すさまを、目を細めて見ていたブラッドは、メイクさんが持つ『ヘクトル』の髪が、エリック本人の部分と長さが足りないためつけているヘアピースの部分の色の違いに気がついた。
「似てるようだけど、違って見えるもんだな」
髪を直してもらってくつろぐエリックに、身を乗り出しテーブルにのべっと懐きながらブラッドは言った。「なんのことだい？」
「髪の色さ」
『ヘクトル』の毛先をつまんでブラッドは言った。
「ああ。せっかく直してくれたのをぐしゃぐしゃにするなよ」
エリックは暇にさせておくと、何をしでかすか分からないいたずら坊主のようなブラッドに注意した。
「はーい」
返事だけは良い子にしたブラッドは『アキレス』のスカートをパタパタさせはじめた。エリックの髪をぐしゃぐしゃ？それはもっぱら２人きりのときに、主に夜、ベッドの上でなんか……というブラッドの考えを見透かしたかのように、エリックの眉がしかめられた。
「だって暑いんだもんよ」
ブラッドは子供のように口を尖らせて言った。今度『ヘクトル』の髪の毛を１本手に入れておこう、そして『ヘクトル』の髪の色と、エリックの下の毛の色と、比べてみようと考えて、にんまり笑った。
「ああでも、エリックはあおいじゃダメな」
「どうして？」
しないけどどうして？とエリックは訊ねた。「見えると困るから」
ブラッドはこっそりしたなかにも楽しそうに囁いた。
「アンダーが？」
実際はスカートの下はノーマークだったらしいが、アクションも多い映画のこと、いちいち見えそうなところを映像処理するのも大変なので、男性ミニスカート部隊はすべて黒のアンダーの着用を義務付けられていた。そうでなくてもアンダーもパンツもない生活に馴れていない現代人であるからにして、すかすかの下半身は心もとないことおびただしかったのだ。
「ちがうちがう」
ブラッドは否定の意を示すために、明快に手を振ってみせた。エリックはじゃあなんだろう？虫刺されのあとでもあったっけ？と考えた。
「見えるかどうか、微妙なとこだと思うんだけどさ」
「うん？」
自分では見えないデカイ黒子でもあるんだろうかとエリックが身を乗り出すと。
「昨夜つけたキスマーク」
耳元で熱く甘く囁いて、真っ赤になったエリックが怒りだす前に、楽しむだけ楽しんで立ち上がる、ワルいブラッドなのだった。