「ただいま、ラスティ」
コーヒーショップでのバイトを終えてエリックが帰ってきたのは、ちょうどラスティが部屋中いい匂いをさせはじめた頃だった。
「おかえり、エリック」
いいタイミング、と言いながらエリックを迎えにキッチンらかやってきたラスティはエプロンに三角巾に腕まくりとかなり本格的な調理ルックだった。
「うん、いい匂いしてるよ」
エリックは鼻をすんすんさせながら、ラスティに花を渡した。
それはアルバイトをしているコーヒーショップからの帰り道の公園でいつも店を出している花屋から買ってきたものだった。
「はい、お土産」
「プレゼント、だろ？」
頬にキスしながら、エリックの言葉を訂正するラスティだった。
「そうとも言うな。バレンタインおめでとう」
今度はエリックのほうからラスティにキスを贈った。
「つづきをしたいのは山々だが――――座ってて、エリック」
「はいはい。楽しみにしてるよ、ラスティ」今日はバレンタインなので、どうしてもラスティがチョコレート菓子を作ってプレゼントするのだと聞かなかったのだ。いつもエリックに美味しいものを作ってもらっているので、たまには自分が――――ということらしかった。でも、ほとんど料理というものをしたことのないラスティの初料理が怖くて、エリックが勧めたのは出来合いの粉に材料を足して混ぜて焼くだけ、というごく簡単なものだった。念の為、プレーン味のもので、何度も練習もした。
（一応サンドイッチも用意したけど、どうかな？匂いは良さそうだけど……）
ソファに座って待っていると、ほどなくラスティがほかほか湯気の出ているチョコレートケーキを持って現れた。
「湯気がすごいから気をつけて」
「すごいすごい！ちゃんと出来てるじゃないか、ラスティ！」
エリックがパチパチと手を叩いて感嘆するのを、ラスティは嬉しそうに頭を掻いて受けていた。カードゲームで、負けなし連勝したって、こんなに嬉しくはないんじゃないかと思うほどだった。
「どれどれ……うん、うまい！」
長方形のケーキに、直接フォークを刺して味見するエリックを、ラスティは、仕事でだってこんなに緊張したことはない！と断言できるほど緊迫した面持ちで見つめていた。「おいしいよ、ラスティ、すごく」
「……よかった」
「ナッツやドライフルーツが入っているところがいいね」
食感にバリエーションがあって、と言うエリックに、ラスティは照れながら言った。
「今まで食って美味かったもんを全部入れたんだ」
それで、ただのホットケーキの素みたいなケーキが出来るはずが、中にはドライフルーツにナッツが入っていて、外飾りには粉砂糖を振ったうえにスライスバナナが乗っているという豪華版に変身したのか、とエリックは納得した。
「ラスティは食べないの？」
「……実はそれ３つめなんだ」
「それって……」
「失敗作を、もう胸焼けするほど食べた」
「ラスティ……サンドイッチあるよ」
「ありがとう、そっちをもらおうかな」
甘いものはしばらくいいよ、と言うラスティのしばらくとは、果たして夕方くらいまでなんだろうかと思いながらエリックは、お土産その２のサンドイッチを出しながら今日の出来事を話していった。「今日はやたらホットチョコレートの注文が多くてさ」
「……」
「チョコレートものを買ってく人も多かったかな？バレンタインのプレゼントなのかな？」
「………」
「花を買おうと見てたら、何度も店員と間違われたし」
「…………そか」
「なんだったんだろうな、ラスティ？」
「……まあ、今日は寒いから……バレンタインで、みんな忙しかったのかも」
「そっか。サンドイッチどう？俺が作ったんだけども」
初めて作ったんだ、ソースは親爺さんのだから大丈夫だと思うけど、と心配そうな顔をするエリックに。
「もちろん美味いよ。エビとアボガド」
「こっちも食ってな、スパイシーチキンとアスパラガス」
「もちろん」
笑顔でラスティは答えるのだった。
バレンタインに、エリックからもらったと思いたい、たくさんのお客にちょっとばかり同情しながらも。