「なぁ、頭皮。この映画見に行かないか？」
いつものようにいつにかわらず、いつまでもこのままかわらないんじゃないかというような昼下がり、今日も仲良くつるんでいる頭皮と賊仔だった。
賊仔は手にしていた情報誌の映画のページを、よりかかりながらおそろしいほど真剣に新聞に目を通している頭皮の首に腕を回して見せた。
「う、ん……」
いつもなら、こんなクソみたいな映画見るのかモテないぜ、とか、悪くないなメシはおまえのおごりな、などと軽口を叩くくせに今日の頭皮は静かだった。
「何読んでんだ？エロ記事か？」
見せてみろよと手を伸ばせば。
「考えすぎて頭が痛くなった」
頭皮はこめかみ付近を揉みながら、簡単に新聞を手放した。
「競馬新聞じゃないか」
頭皮が見ていたのは、賊仔にもおなじみの競馬情報満載の新聞だった。
「なんだ。俺はまた、難しい顔して読んでるからてっきり」
「競馬に勝つのだって大変だ」
頭皮は眉をしかめてマッサージを続けていた。「なんだってそんなに真剣に読んでたんだ？」
いつだって競馬には熱中しているが、勝ちたいのも一緒だが、それだってこんなに熱は入っていなかったように思う賊仔は、不思議そうにそう訊ねた。
「金が要るんだ」
「そりゃ、俺だって金は欲しい」
「金が要るんだよ……弟の留学資金に、さ」
「おまえの弟、頭いいもんなぁ」
兄に似ず、というのは言わぬが花だった。兄であるところの、頭皮だってまるきりのバカではなかった。ただちょっと、賊仔同様、勉強が好きではないだけで。
「万馬券でも当てないと、俺の稼ぎじゃとうてい無理なんだけどなっ」
頭皮は伸びをしながらそう言った。
家族といっては祖母と弟だけの頭皮が、どんなに家族思いかを賊仔もよく知っていた。互いの臍だって見せあった仲なのだった。
「あー援助したいが、俺もこないだすっちまったしなぁ」
「何言ってんだよ、おまえになんて借りねーよっ！」
俺が俺の金で行かせてやるんだ！と頭皮は胸張って言ったのだった。
だから、賊仔はどうしてもその、頭皮の願いをかなえてやりたかったのだ。
「……なぁ頭皮」
我ながら賊仔は、声が上ずっているな、と感じていた。嫌な汗をかいているし喉は干上がってカラカラだった。心臓はまるで、一晩中踊り明かしたようにバクバク言っていた。なぁ心臓よ、驚くのはこれからだぞ、と賊仔は己の心臓に言い聞かせた。
「なんだよ」
東の落としていった小さなスーツケースには、小さくはない額の金が入っていた。
現在の、持主はいない大金が、そこにはあった。
「……この金、もらっちまわないか？」
「賊仔」
頭皮は驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう、これでも一応彼らは警察官なのだ。
横領の罪は重かった。
「東は逃げてったしボスは捕まった。誰も取りに来やしねぇよ」
「だけど……」
「この金があれば、弟を留学させてやれるぜ？」
頭皮の顔色が変わった。そのままゆっくりと表情が消えていくのを賊仔は見ていた。
頭皮、大事な相棒、望むことなら叶えてやりたかった。
「心配するな、責任は俺が取る」
「何カッコつけてんだよ」
本気も本気だったのに、賊仔の決意は頭皮にこづかれた。
「責任取るときは一緒だよ！」
責任は誰が取る？
誰も。
命の責は取れはしない。
――――誰にも。決して。