「てっ」
ディーンの声は小さなものだったが、大分意識が浮上してきていたサムを起こすのには充分な大きさだった。ましてやそれまでディーンがご機嫌で歌っていたハードロックとはまるきり違う異音だったので。
しかもサムとディーンがいるのは、移動中の車の中で、さらには隣あった席なのだから。
「ディーン？どうかした？」
仮眠をとるためにリクライニングしていた座席を戻しながら、サムは身体を起こした。
「なんでもね。まだ寝てな」
ディーンはぶっきらぼうにそう言った。
怒っているからそういう口調になるのではないことはよく分かっていても、いくら言ってもやめようとはしない、ディーンの子供扱いした言い方に、サムは少しばかりむっとしないではいられなかった。「なんだよ」
あからさまにむっとしてるサムに、ディーンはやけにつっかかるような物言いをした。これは、珍しいことだった。からかうだけなら、それこそサムが星の数ほど。それでも兄で、年長者で庇護者でもあったし親代わりでもあった。『狩り』に出ることの多い父親に代わって、サムはディーンに育てられたようなものだった。
だからこんな風な、対等な関係のような言葉を投げかけられるのは珍しかった。
いや。
いや、そういう態度をとることがあった。確かにサムの記憶にあった。サムの記憶力はかなりいい。なにしろ名門大学への奨学金進学を可能にし、ロースクールへの進学にあと一歩となるまで迫ったのだから。
「ディーン、どっか悪いの？」
ディーンがこんな風に意地を張ったように「なんでもない」をくり返すと言うことは。「どこかってどこが？俺はぴんぴんしてるぜ？」
ハンドルを握りながらディーンは、サムの心配を笑い飛ばすように言った。もとより、ディーンのそんな虚勢にひっかかるサムではなかった。ディーンが生まれる前からサムを知っているというのなら、サムだって生まれたときからディーンとつきあっているのだった。ブランクはあったが。
サムは最近『狩り』に復帰したことで昔の冴えを取り戻した勘でもって強がるディーンをスキャンした。絶対どこか具合が悪いはずだった。ディーンがこんな風な言い方をするときは、絶対に何かあるはずだった。３８度の高熱を出していたときもそうだったし、捻挫していたときもそうだった。
しかし、今回はなかなかすぐには分からなかった。ディーンはそ知らぬ顔をしてガムを噛みはじめていた。しかしよく観察していると、同じ方の口しか動かしていないのが見て取れた。
「ディーン、歯医者へ行こう」
「どこか悪いのか？」
半分くらいはあてずっぽうだったが、ディーンがギクリと反応した。自分の勘もまんざらでもないんだな、とサムは思った。「悪いのは、ディーンの方だろ？歯が痛むんだろ？」
「何言ってんだ、俺はぴんぴんしてるぜ？」
まっすぐな道だからって両手を広げて何を言っているんだいボーイ？のポーズを取るのはやめて欲しかった。サムはディーンの嘘は放っておくことにしてパソコンを取り出した。
「次の町に歯医者がある。そこへ行こう、ディーン」
「何言ってるんだ、俺はどこへも行かないぜ」
「うん、たいしたことないといいね」
「お、俺は口ん中噛んだだけだ！」
「うんうん、分かった分かった」
「分かってない！俺は歯医者になんか行かねぇぞっ！！」
「予約も入れとこうか？」
「おいバカやめろ！本当になんともないんだ！その電話をしまえ、サムっ！」
「あ？もしもし？予約をお願いしたいんですが……」
「やめろー！」
兄は本当に口の中を噛んだだけなのか？それとも虫歯なのか？
弟は分かっていてからかっているのか、本当に心配しているのか。
でも、虫歯治療とかをするのなら、しばらく逗留しないとだわ。