「……腫れたな」
鏡を見ながらラスティはそう言った。
「……ああ」
それは確かにその通りだったので、エリックもそう答えた。
ラスティの頬は見事に腫れていた。親知らずを抜いたのだった。
エリックは気の毒に思いながらも、いつもよりもちょっとふっくらしているその頬のことを見ると、かわいらしいと思わずにはいられなかった。そうでなくてもラスティは少し頬が張っているような輪郭線の持ち主なので、何もないときでもふくふくして見えた。
エリックはその、豊かな感じが好きだったりするのだが、ラスティはもう少しシャープなラインこそが、自分のキャラクターには相応しいと思っているようだった。
それが分かるからエリックも、むっちりしているところがかわいい、だとか、抱きしめ応えのある体型が好き、などということは、なるべく口にしないようにしているのだった。しかし。
「……嬉しそうだな」
ラスティは険のある流し目をエリックに送って寄越した。
「そんなこと、あるわけないよ！冷やした方がいい、ラスティ。痛み止めは飲んだのか？」
福々しいラスティを見る目に喜んでいるのも本当なら、心から心配しているのも本当だったのでそんなエリックの様子には真実味があった。だからラスティもすねたような顔をしながらも、壁にかかっている鏡からエリックのほうへ向き直った。「たいして痛くはないんだ。ただちょっと……」
職業柄か自らに課した訓練の成果なのかそれとも単にタフなのか、ラスティは痛み苦しみに驚くほどに強かった。エリックがそのことで、痛みを感じない体質なのではないかと心配したほどだった。
「ほっぺた腫れててもイイ男だよ」
すね顔から甘えたような表情に変わったラスティの腕が、エリックの腰にまわされ抱き寄せられたのにも、エリックは逆らわなかった。
「ホント？」
「ホントホント」
それでもまだどこか不安そうな表情のラスティに、請合うように笑いながらエリックは言った。
「こっちこそ……ごめん」
ラスティの親知らずはまっすぐに生えた。それはひとえにラスティの口が大きくて、歯茎のスペースに余裕があるからだった。しかしさすがにそんなヘンな場所は歯ブラシも届きにくく、結果虫歯になってしまったのだった。「そんなことない！エリックのせいじゃないよ！」
昔はそれこそ、食べられるときに食べられるものを、というモットーのもと食事とも言えないような食生活を送っていたラスティだったが、エリックと暮らすようになって、食生活も規則正しくなったし歯も磨くようになっていた。エリックの、おかげはあっても、せいではなかった。
「間食するの控えような、ラスティ」
「え……」
ラスティはものすごーく複雑な表情だった。エリックは好き、大好き、とても好き。でも、つまみぐいも大好きなのだった。一般的に、虫歯の元と言われるものすべてが。
「嫌なの？」
「え……嫌ってわけじゃ……」
「ダイエットにもなるし」
「う……」
そう言われると、今は良くても将来の腹回りに不安のあるラスティには反論出来なかった。
「がんばろうな、、ラスティ！」
「う、あ……」
エリックは決意に燃えてそう言った。ラスティは抜歯の痛みではなく、呻くしかなかったのだった。
本当はアキレスとヘクトルでやりたいネタだったんだけど、
あの時代の虫歯治療事情と
親知らず事情が分からなかったので
この２人に。治療といっても抜歯オンリーかな？
でも、虫歯はともかく親知らず抜くのは大変そう。
この話がアキヘクになれば、
実在の映画つながりになったのに残念！