「えっと……この街にいるのは、３日くらいだろうって言ってたから……」
スーパーマーケットの生鮮食料品売り場を、ディーンは真剣この上ない目で検分していた。
「ジャム！」
サムどころかディーンだって乗せられそうなカートを無言で押しているのは父のジョンだった。サムはそのカートの子供用のシートに座ってごきげんだった。最初にお菓子売り場を見たがったサムに、「好きなの選んでいいぞ。ただしひとつだけ」と言われて、吟味に吟味を重ね選んだおまけつきチョコレート菓子を、握りしめているからだった。
「ジャムはもうあるよ、サム」
なるべく３日間の滞在で食べきれるような、小振りのレタスをカートに入れながらディーンは、サムのほうを向いてそう言った。
「ストロベリー！」
「うんうん、パンに塗って食べような」
「サンドイッチ！」
「そうだな。またサンドイッチ作ろうか。じゃあサム、サンドイッチにいるもの見に行こうか？ジャムサンドイッチに絶対ぜったいいるもの、なーんだ？」
「パン！」
ディーンの問いかけに、サムは勢いよく両手を振り上げ宣言した。「そうそう。サムは頭いいな」
「パーンー！」
嬉しそうに叫ぶサムを、ディーンもまわりも、元気のいい男の子を見守るあたたかい目をして見ていた。父だけがちょっとおいてけぼりだった。まるで仕事が忙しくて、いつの間にか我が子と妻とが築き上げた蜜月状態に、入り込む余地がなってしまった世の父親のようだった。
「じゃあ次はパン売り場にね、ダッド……もう少しで終わるから」
元気よく父の押すカート号に乗るサムと、安くてちょうどいい具合の買い物をするのに余念のないディーンに、狩りとはまた違った意味で疲れた顔をしてしまっている父に気付いたディーンはそう言った。
「いや……ゆっくり買い物するといい。次は、パン売り場だな」
長男にねぎらわれ、次男にはしゃがれながら、ウィンチェスター家の買い物は続くのだった。
シュトリーガの事件があった後からだった。ディーンがおさんどんに目覚めたのは。
そうでなくてもそれまでの食生活に不満のあったディーンが、ついにキレたのだった。曰く「もうこんなまずいもの食べたくない！」と。
そもそも父が狩りに行っている間のこもりっきりの生活で、何が一番たまらないといって食べるものだった。好きなテレビ番組が見られないのも、外に遊びに出られないもの不満だったが、食生活はもっと不満だった。
なにしろサムと違ってディーンは、母親がいた頃の食生活を知っているのだった。母親もそりゃあ新作といって珍奇なものを食べさせたり、ちょっと失敗してとんでもない味のものを食べさせたりしてくれたことはあったが、基本的には出来立てのおいしいものを作ってくれていた。
おやつには揚げたてドーナツや、ほくほくのアップルパイなんかを焼いてくれたこともあったのだ。その食生活を覚えているディーンが、子供向けの缶詰のまずい食事に耐えられるはずもなかった。かくしてウィンチェスター家の食生活の改善に、敢然と立ち向かうことにしたディーンの決断は早かった。
ディーンがまずしたことは、ウィンチェスター家のお財布である父親に、料理の本を買ってもらうことだった。それも、初心者向けの、経験者なら「こんなことをわざわざ？」というような、ごく当たり前のことが、分かりやすく紹介されているものだった。
その本をもとに、ディーンの食生活改善運動ははじまった。それは同時に、育ち盛りのサムに、きちんとしたものを食べさせよう！というディーンの決意の表れでもあった。
シュトリーガの事件で弱っていたサムに、栄養のあるきちんとしたものを食べさせようというディーンの親心だった。
なにしろ当の親がそこまで目を配れなかったので、あとは自助努力をするしかなかったのだった。
「ほら、サム。ジャムのサンドイッチだぞ」
「わぁい」
「………」
インパラの運転席には父のジョン、後部座席にはディーンと、チャイルドシートにサムという、いつものウィンチェスター家の移動中の風景だった。
「ダッドは何にする？チーズとキュウリと、ハムもあるよ？」
膝の上に広げたハンカチの上には、ずらりとサンドイッチが並んでいた。
モーテルから移動するとき、ディーンは必ず残り物でサンドイッチなどを作るようになっていた。
「……チーズをもらおうか」
「はい、ダッド」
後部座席から、ディーンが手を伸ばしてサンドイッチを差し出した。ジョンは、ハンドルを握ったままそれを受け取ってもぐもぐとやった。美味かった。
「コーヒーもあるよ、ダッド」
「……ありがとう、ディーン」
ディーンは、取っておいた蓋付カップに、ミルクコーヒーを注いでジョンに渡した。
「俺たちはミルクな」
サムにそう話しかけながらディーンは、恋人同士のドライブもかくやというほどの面倒見の良さを発揮していた。
「ほらサム。振り回すとサンドイッチがダメになっちゃうぞ。そしたら食べられなくなっちゃうぞ」「やだー！」
「じゃあ踊るのは食べてからにしような」
「うんっ！」
「いい子だな、サムは」
ディーンが自分のサンドイッチを取りながら、目を細めてそう言うと、サムもまた誇らしげに宣言した。
「ぼく、いいこ―！」
「ミルクも飲もうな」
「え〜」
「ミルクを飲むと、ダッドみたいに大きくなれるんだぞ」
「のむー！」
「よしよし、一緒に飲もうな、サム」
「いいこー！」
「いい子いい子。サムはいい子♪」
「………」
ルームミラー越しに広がる、子育て風景にジョンは、自分は子育てで息子に負けているかもしれない、と思えてならなかったのだった。