「サムのバカ野郎〜」
ディーンは思い切りつぶれていた。しかし、誰もディーンの手から酒瓶を取り上げようとはしなかった。ディーンの気持ちが、痛いほど良く分かるからだった。
「荒れてるな、ディーンは」
「ああ、まぁな」
ジョンとディーン親子がボビーの家に寄ったのは、狩りに必要な資料を見せてもらうためだった。決してそれは、ディーンの慰安のためではなかった。
「育ててやった恩も忘れやがってよぉ〜」
資料に当たって必要なところはメモし、あるいはコピーし、ディーンが腕を振るった夕食を取って、それからボビーがとっておきのラムを出したのは久しぶりに美味い手料理を食べさせてくれたからであって決して、ディーンにガス抜きをさせようという意図はなかった。
「まあ、好きにさせておくさ」
ニヒルにそう決めて、ジョンも新たな酒をグラスに注ごうとして――――失敗した。思い切りテーブルにこぼしていた。気のいいボビーは、それについても何も言わなかった。部外者の自分が何を言っても、家族の１人を送り出した彼らの痛みをやわらげることは、不可能だからだった。
しかしボビーもため息をつくことは自分に許した。
酒瓶を持ったままにぶい音を立ててジョンはついにテーブルにつっぷし、ディーンはついに泣き出した。
「やっとここまで育てたと思ったのによぉ〜、これからって時によぉ〜」
さめざめと泣きながらそう訴える、ディーンの心痛は大きかった。
「これでやっと肩の荷が下りると思ったのによぉ〜」
そろそろこいつも寝かした方が良さそうだな、と思いつつボビーは酒を口に含んだ。
ジョンやディーンと違い、あくまでも自分のペースで飲んでいたボビーには、まだ余力があった。
「サムのバカ〜俺たちのこと捨てやがってぇ〜」
夜は長かった。
「サム、郵便来てたわよ」
ジェシカはリビングでレポートのための調べものをしていたサムに郵便物を差し出した。
同居は上手くいっていた。とても気があって、一度もケンカしたことのない、とても好きなガールフレンドのジェシカだったけれど、一緒に暮らすとなるとサムにはためらいがあった。家族以外と暮らしたことがないなら、ガールフレンドと同居するのが初めてというだけなら、一般的な悩みだったが、サムの暮らしはもっと特殊だったからだった。
「ありがとう、ジェシカ」
しかしそれは杞憂に過ぎなかった。ジェシカはガールフレンドとしても最高だったし、同居人としても申し分なかった。まだ一緒に暮らし始めて数ヶ月に過ぎなかったが、サムはそう思っていたし、それはジェシカも同じだった。
「クリスマスカードかしらね。家族から？」
サムの座っている、大きなテーブルの側のイスに座りながらジェシカは訊ねた。いくら同居しているとはいってもプライバシーは存在する。ジェシカも見るつもりはなかったのだが、封筒に書いてある署名なので、つい目に入ってしまったのだった。ファミリーネームが同じところを見ると、没交渉になっている家族からだろうと思ったのだった。
「みたいだ」
バリバリと封筒を開けて中を見ながらサムは言った。封筒の中身は、今がシーズンのクリスマスカードだった。
サムは家族の話をしようとしなかった。だからジェシカも、ことさら聞こうとはしなかった。誰にも言いたくない過去はある、と思っていた。フレンドリーな関係のいい家族ではなかったので、あまり話せることがないんだ、というサムの言葉だけで充分だった。「クリスマスカードだったよ。……ジェシカ、コーヒーお願いできるかな？」
「ええ、いいわよ、サム」
ジェシカは身軽に立ち上がった。
（……またかっ）
つい手に力が入り、サムはカードを握りしめてしまった。そんなところをジェシカに見せるわけにはいかなかった。カードはディーンからのものだった。ごく普通のカードにごく普通でないメッセージつきの。
『サム、元気にしてるか？狩りが恋しくなったら帰ってこいよ☆ハンサムな兄貴より』
「………」
さらには。『腹は出して寝るな 父より』
（……認めなくちゃならいけない……）
ディーンからの折節の連絡をスルーするようになったのはこのためだった。向こうはクリスマスや誕生日のカードや電話、あまつさえ会いにさえ来ていたのに。
（連絡しようにも……住所不定だし……っ）
こちらからは連絡のしようのない一方通行メッセージなのだった。
（僕は、この人たちと……血がつながっていることを……家族だってことを……！）
それはサムの、魂の叫びに他ならなかった。