「……これはいったい」
「……」
新生ロードハウスのドアを開けたディーンとサムは、目の前にひろがった光景に、素直に目を見張った。確かここはロードハウスだよな？とディーンは目顔でサムにメッセージを送り、サムもまたそうだよここだよ、とうなづいた。てこずっていた仕事をどうにか無事終わらせ、腹がへった！腹がへった！！と訴えるディーンに、そういえばロードハウスが近いよ、新しく店を始めたからいつでも来いとエレンに言われてたっけ、ということまで思い出した。そういえばエレンとも久しぶりだし、腹も減ったしということで、２人は愛車を駆ってニュー・ロードハウスへと向かったのだった。
「なんだこりゃ？クリスマスパーティか？」
「どっちかっていうと、仮装パーティだと思うよ、ディーン……」
ディーンはドアを開けたままの体勢から動かなかったし、サムははっきりとコワがって、ディーンの後ろにはみ出しまくりながらも隠れようとしていた。「ちょっと！寒いんだけど！」
ドアの近くにいた客がブーイングを送って寄越した。それも無理はなかった。なにしろ今日はクリスマスイブなのだ。寒くて当たり前だった。ことに、かわいくバニーガールの扮装なんかをしていれば。
「あ……悪い」
「………」
ディーンはごく当たり前に答えることが出来たが、サムはダメだった。バニーガールも、老若問わずせめて女がやっていれば、こんなにショックは受けなかっただろう。しかし目の前にいるウサギちゃんはあいにくと、亡き父ジョンを思わさせるような、立派な体躯と髭の持ち主だったのだ。
「あら、いらっしゃい。突っ立ってないで入れば？」
カウンターで客と話していたエレンにまでそう言われてしまう始末だった。ふと見渡せば、店中の連中は大なり小なり仮装しているという有様だった。オオカミ耳のついたベースボールキャップで済ませている客もいれば、どうやって用意したのか考えたくもないようなマリーアントワネットさま風もいる始末だった。「久しぶり、元気そうで何よりだ。……ほら、さっさと入れ、サミー」
ディーンはありうべからざる光景に驚くのはひとまずやめにして、すっかり腰が引けてしまっているサムを押し出すようしてからドアを閉めた。
（ディーン！やめとこうよ！変だよ、ここ！）
（なんで？クリスマスだろ？仮装してるだけだろ？俺は腹が減ったんだ！）
その事実の前には、サムの懇願は無力だった。
「何にする？っていっても今日明日はクリスマスメニューしかないけど」
エレンはくわえ煙草で、相変わらず元気そうに――――ということは、気だるげに――――言った。
「それでいいよ。何しろもう、腹が減って、腹が減って……」
カウンターにへたりながらディーンが訴えると、エレンは笑いながらいつものビールを置いった。
「とりあえずこれでも飲んでなさい」
そう言って、クリスマス期間特別メニューを２人分用意すべくカウンターの奥深くへ向かっていった。「……ディーン、よく平気だね」
言外に、このサバトみたいな店に引かないなんて、ディーンはちょっとおかしいよ、というニュアンスを込めてサムは言った。ビールに救いを求めて引き寄せるサムと違って、腹の減っているディーンはカウンター備えつけのナッツを、次から次へと口に放り込んでいた。
「うん？」
案の定、ナッツを食べるのに忙しいディーンはとりあわなかった。
「なんだってこんな……アッシュまで……」
ロードハウスを襲ったおそろしい奇禍を、エレンが運良く逃れていたように、アッシュもまた偶然店から離れていて逃れることが出来たのだった。エレンはプレッツェルのおかげだったが、アッシュはヘアスプレーのおかげだった。
それがないと人前に出られない！というほど愛用のヘアスプレーはそのときセット半ばで切れてしまい、仕方なくアッシュは頬かむりをして買いに出かけて難を逃れたのだった。もっともアッシュ本人にとっては、大事にしていた時計や心血注いでカスタマイズしたパソコンなどがおしゃかになってしまったことへのダメージが、かなり大きかったようだった。「はいよ。クリスマスプレートだぜ」
今日のアッシュのコスプレはなんとミニスカサンタだった。帽子の代わりにウサギ耳をつけ、ごていねいにポニーテールにしてかわいらしさを演出していた。
「サンキュー、アッシュ。繁盛してるみたいだな」
アッシュが持ってきてくれた、気の早いターキーサンドにありがたく手を伸ばしながらディーンは言った。
「まあな。みんなストレス溜めてるんだな。でなきゃこんなにハジけるわけないんだから」
思い思いの格好をしているハンターでいっぱいの店内を見渡しながらアッシュは呟いた。その動きにあわせて、やせ気味のポニーテールがゆれていた。
「だよなぁ」
「えっ！？」
ターキーサンドの皿についていたピクルスをつまみながらしみじみと呟くディーンを、サムは素直に驚きの目で見てしまった。いったいこの兄の、どこいらへんに、まだ見ぬストレスが溜まっているのだろうか？という目でもって。
「……俺も何かやってみよっかなぁ……」
ディーンがさらに、そんなことを呟くものだから、サムの目はすっかり真円に近くなってしまっていた。「いいんじゃない？まだあるぜ」
「どんなのがある？」
「ウサギの着ぐるみとスーパーマンと……バットマンもあったかな？フリルエプロンつきのミニスカウェイトレスもあったぜ」
「いいな、それ」
正気なの！？というサムの心の叫びを表した顔はすっかり無視されていた。
「コスプレ客は１０％オフだぜ」
「のった！」
「や〜め〜て〜」
「今日は混んでるから、手伝ってくれた奴はタダにしようかってさっきエレンが……」
「案内しろ、アッシュ！」
「サムは？」
「もちろん、やるさ！」
「きゃ〜」
ターキーサンドで元気の出たディーンは、サムの返事も聞かず、着替えの用意してあるバックヤードへと引っ張って行ったのだった。そうして新生ロードハウス初のクリスマスイブは、ミニスカサンタとふりふりエプロンをしたウサギと、オールドタイプバットマンの給仕によって彩られることとなったのだった。