「あれ？」
あまたいるカップルの中から真っ先にその２人連れをを見つけて声をかけたのは、それが若さというものか、捜査一課の若手の芹沢だった。
「あれぇ、先輩じゃないですか。あれ、彼女……じゃなかった奥さんとデートですか？」
大人の街銀座は、実のところ警視庁からも近かった。お堀端をぐるりと回ってくればあっという間なので、デートに利用する職員も多かった。
もっとも、お財布にやさしくない店も多いので、若い者はもっぱらリーズナブルな地域、あまりにもお膝元ではない場所まで出張るものも多かったが、今日は違っていた。
サラリーマンにとっては出るものが出る日、働く意欲のもとにして糧、ボーナスの日だった。
だから、亀山巡査部長が、つきあいは長かったが、まだ新婚といえないこともないので、特別賞与支給日に配偶者を伴って街を歩いていても、なんの不思議もないのだった。 当初は、念願の初出版にこぎつけるはずだった企画が流れてしまって残念でしたの会のはずだったのだが、一時はお蔵入りになるかと思ったその原稿は、売れっ子作家の映画制作発表記者会見の場という、この上なく派手な場面での登場と、当の作家の爆弾発言とあいまって、かえって脚光を浴びることとなり世間の注目を集め、見事再出版の運びとなったのだった。そういうわけで、残念会のはずが、急遽お祝い会アゲインへと変わった集いのために待ち合わせて店へ行くはずのところに、彼らはバッタリ出会ったのだった。
「まあな。大人のデートって奴よ」
後輩を前にして、胸をそらし気味に言う亀山だったが、いつものフライトジャケット姿では、あまりさまになっているとは言い難かった。
「けっ」
物言いをつけたのは、天敵というかケンカ友達というか、小学校のときクラスにこんな子いたよね、仲が良いんだか悪いんだか、とにかく張り合っていがみあってて、でも認め合ってる、っていう２人な、捜査一課の伊丹だった。
「なんだよ、彼女もいねぇ奴が」
「んだとぉっ」
案の定、お互いの挑発を無視出来ない体質の亀山は、伊丹の物言いを受けて立ったのだった。これといって含むことのない亀山夫人美和子と芹沢は、大人のデートだって、とあはははと気持ちよく笑いとばし、いやデートっていっても、出るもの出たしたまには外でごはんでも食べようってだけなのよ、カジュアルでおいしいイタリアンのお店見つけたもんだから、え、いいですね今度教えてくださいよ、いいわよー、じゃ、メアド教えてくれる？はいこれです、あなたたちは？はい、僕たちはうまい焼き鳥屋に、あらそれもいいわね、教えて教えて、などと、こなれた大人のやりとりをくり広げていたのだった。「あら美和子さん」
「これはまた、にぎやかですねぇ」
「右京さん、環さん」
「こんばんは」
「げげげっ」
「警部殿も、デートですか？」
そこへ現れ出でたのは、亀山薫の上司といきつけの小料理屋の女将の２人連れだった。
「違います。一緒に食事に行くだけです」
芹沢の素朴な質問に、右京は決然と訂正を入れた。世間では、それをデートというのでは…というのが、急に腹の調子が悪くなったような表情になってしまった伊丹を除くメンバーの、一致した意見だった。
「あ、そうですか。今日はボーナス日ですもんね、デート日和ですよね。センパイは彼女いなですけどっ」
三浦さんは家族サービスするんだって帰っちゃいましたけど、と芹沢は、聞かれていないことまでいともなめらかに内情を披露してくれた。さすがに、かの特命係にも臆することなく接し、伊丹や三浦にはたかれているだけのことはあった。「よけいなこと言うんじゃないっ、バカ！」
案の定、復活した伊丹に、今日も思い切り愛のムチをもらう羽目になったのだった。その間に聞き込んだのか亀山が羨ましげに言った。
「焼き鳥かぁ……」
一方の伊丹もまた、思わず、といった様子で呟いた。
「デートか……」
「右京さん、そろそろ行かないと予約の時間ですよ」
「あら大変、急がなきゃ！」
女性陣がそう言うところをみると、仲良し上司部下およびその配偶者と元配偶者は一緒にそのカジュアルでおいしいイタリアンのお店とやらに行くようだった。
「センパイ、俺たちも早く行かないと、席なくなっちゃいますよ！」
あそこ人気あるんだから！と芹沢に引っ張られるようになった伊丹と。
「行こ、薫ちゃん！予約取り消されたら大変！」
あそこ混むんだから！と美和子に引っ張られていく亀山と。
（いいなぁ、あいつ……）
考えていることは、かなり、かーなーり近いものがある２人なのだった。