「ラスティ？ええ、いるわよ。代わりましょうか？」
名前を呼ばれると、居間でトランプをしていたラスティの肩がピクリと跳ね上がった。電話が鳴るたびに同じような反応を示していたラスティだったので、ダニーはまたか、と小さくため息をついた。ラスティの反応を見逃すはずはないのだが、テスは何食わぬ顔をして話を続けた。
「ええ、ええ……代わらなくていいの？そうなのよ。何があったか知らないけど、誕生日なのにどうとかいって転がり込んできて。ええ、そうなのよ、荒れちゃってねぇ……教育上よくないわ、まったく」
電話の相手に言っている風を装いながら、夫の悪友にしっかりと釘を刺すテスだった。
「どうしちゃったの？里心がついちゃった？あんなウザい男がいるところに帰るの、嫌になっちゃったの？」
笑いながらそんなことを言い出すものだから、配られたカードを持ったまま背を向けていたラスティも、たまらず振り向いた。
「あらまあ、風邪なの。じゃあしょうがないわねぇ、それで国際線はきついものねぇ。インフルエンザとかではなくて？ああ、それなら良かったわね。ヨーロッパの寒さは、ハンパじゃないものねぇ」どうやら電話の相手はヨーロッパにいるらしかった。誰からかかっているのか気になって、全身耳にしているくせに素直になれないラスティに、ダニーは今度ははっきりとため息をつきながら言った。
「あのなぁ、気になるんなら電話したらどうだ？電話じゃなくなって、連絡なら、いくらでも取りようがあるだろ？」
「どんな？」
ダニーの、至極もっともな意見にも、ラスティは拗ねたような顔をするばかりだった。
（こりゃ本格的にへそを曲げているな、恨むぜ、エリック）
ダニーはそう思った。そして言った。
「もういっそ、こっちから行ってみるとか……いるんだろ、まだ？」
「知らない」
素っ気なくラスティは答えた。
「おまえ……」
あきれたようにダニーは言うが、本当に知らないのだった。なにしろ携帯も行き先も告げず、一切の連絡を絶ってここへ転がり込んできたのだ。「そうね、クリスマスは無理でも、新年までにはなおるといいわねぇ」
座から外れたテスを残してゲームはつづき、テスの世間話も進んでいった。
「ええ、いいのよそんな、お土産なんていつでも、元気な顔を見せてくれるほうが嬉しいわ。どっかの居候みたいに辛気臭い顔して居座られるほうがよっぽど……ええ、ええ、分かったわ、エリック」
今度という今度は、ラスティの架空の尻尾と耳が立った。もしかしたら驚きのあまり、すべての毛が逆立っているのかもしれなかった。
「エリックっ！」
そこまでが、ラスティのやせ我慢の限界だった。万事心得ている、といった風なテスは、ラスティが獣のように自分の携帯電話に襲い掛かってくるのが分かっていたように待ち受けていた。
親切極まりないことにテスは、ラスティがつかみかかるがままに携帯電話を譲り渡した。
「エリック！どうしちゃったんだよ……風邪！？」
電話の向こう海の向こうではさぞかしエリックが、電話を離して使っていることだろうと思える音量だった。「いいのか？」
「いいのよ。あれくらい、いい薬だわ」
ソファに戻ってきたテスは、ちょっとせいせいしたわ、と言いながら自分の手札を見た。
「まぁ、ひどい手」
「ラスティも気の毒に……」
「あら、そんなことないわよ。エリックが誕生日に帰ってこないからって、フテて雲隠れしちゃうなんて、愛が足りないわ」
「そういうもんかね」
「そういうものよ。エリックだって、心細かったからラスティのこと誘ったのに、断るし」
「そうなのか？」
この調子ではもしかして、留守中にちょっと……と誘われて、泥棒稼業にカムバックしそうになっていたのも、お見通しかもしれなかった。ルーベンのことがあったので、最悪の事態は回避されたのだったが、あのまま実行していたのがばれていたら――――実行していたら、絶対にバレたことだろう。バレないはずがなかった――――今度こそラスティは、エリックに捨てられたかもしれなかった。「そうよ。長年会ったこともなかった親子が、いきなり親密に一緒にいられるわけないでしょう？ラスティがいれば、ちょうどいい緩衝材になったのに」
それなのに、どこかのトレジャーハンターが黄金都市を発見したからって、ちょっとばかり対抗意識を燃やして、昔の仲間を組みかけた。なるほどラスティは、『危ない橋』を渡るところだったのだ。
「なるほど……」
ソファの背越しにテスの肩を抱きながらダニーは心のメモ帳に、しっかりと書きとめておいた。テスが一緒にどう？と言ったら、なにを置いても一緒に行くこと、と。
「ダニー、テス、世話になったな！この礼は改めてまた！！」
切れた電話をテスの手に戻しながら、ラスティはそのままの格好で外に飛び出しそうな勢いで言った。
「どうしたんだ？」
「どうしたの？」
「エリックのとこに行く！看病しなくちゃ！！」「あらまあ、そうなの」
ラスティと違い、テスのいらえはあっさりとしたものだった。
「……がんばれよ」
力なくではあったが、一応ダニーはエールを送った。
「ありがと、じゃ！！」
さすがにそのくらいの理性は残っていたらしく、ラスティはゲストルームの荷物をとりにすっ飛んでいった。
「合格。それじゃあチケットの手配でもしてあげようかしら」
携帯をピコピコ操作しながらテスは言った。その横顔を見ていたダニーは。
「……本当にエリックは、風邪なのか？」
そう尋ねたのだった。
「あ、チケットを１枚お願いしたいんですけど。ええ、出来るだけ早い便で」
答えは返ってきそうもなかった。ダニーはソファに身体を深々と預けると。
（がんばれよ、ラスティ……）
そう呟いたのだった。