「おかえりブラッド」
「ただいま、エリック」
ブラッドが帰ってきたとき、エリックは一足先に始めていた。始めたといっても、チョコレートだったが。
「おいしいよ、これ」
「だろうな、甘い」
「そりゃチョコだもん」
帰宅の挨拶のキスなので、濃厚２歩手前くらいで止めたものの、しっかりエリックの口の中まで味わったブラッドは、素直に感想をもらして笑われた。チョコにはお酒が入っていたけれど、エリックがご機嫌なのはそれだけではなかった。着替えてこようと言いかけて、ブラッドはコートとマフラーだけを取って、そこに座り込んだ。エリックもソファではなく、床にじかに座っていたからだった。
「ずいぶんやってるな」
転がっているオーストラリアワインの瓶を持ち上げながらブラッドは言った。「だって、実家から送ってきてさ〜」
ワインとビーフは地元だね！をモットーにしているエリックは、ワインに目がないしビールも大好きだった。もちろんウィスキーも嫌いじゃなかったし、要するにお酒と名のつくものはすべて大好きだった。
「じゃ、これはいらないかな」
そう言ってブラッドが紙袋から取り出したのは、エリックの好きなシャンパンと、エリックの好きなローストビーフだった。
「いるっ！」
すでに酔っ払って楽しさ満喫しているエリックは、右手にシャンパン、左手にローストビーフを持ったブラッドに飛びついた。
「好きーっ」
「シャンパンが？ローストビーフが？それとも俺が？」
「ぜんぶっ！」
くすくす笑いながら訊いたブラッドに、エリックは元気よくそう答えた。「俺も、好きだよ、エリックのこと」
そう言ってブラッドは、魔法のようにローストビールやらサラダやらのつまみと、どこから出したのかシャンパングラスまで取り出して注ぎだした。
「うわ酔っ払いそう〜」
「酔えば？介抱してやるよ？」
「えー、そんなこと言ってもなー、何されるか分からないなー」
だから心配だと、エリックは笑いながらブラッドから渡されたシャンパングラスを触れ合わせた。かちん、と澄んだいい音がリビングに響くようだった。
「何もされたくないっての？」
酒の入ったブラッドも、すでにかなり入っているエリックにつられるように酩酊を楽しみながら言った。
「それもナニかなー」
ブラッドは、同じようにくすくす笑ってばかりいるエリックの腕を取ってキスをした。それから、これもどうやって隠していたのか時計をひとつはめた。大振りの黒いそれは、エリックにも見覚えのあるものだった。「プレゼント」
ブラッドは今度は、エリックの手首に巻きつけるという栄誉を与えられたその時計にキスをした。
「バレンタインのプレゼント」
嬉々としてそう告げるブラッドに、エリックは途端に渋い顔をした。
「まぁたこんな高価なもの買って〜」
それはどう見ても高級品で、エリックが好きで見ている時計雑誌に出ていたものだった。いいなぁ、こんなの欲しいなぁ、と思ったのは確かだが。なにしろ素晴らしいお値段だったので、これはちょっと分不相応だよなぁとあきらめた。買おうと思えば買える値段でも、自分がそれに相応しいかというとまた別の話だった。
「いいじゃん。おそろいのをしたかったし」
そう言ったブラッドの腕にも確かに同じメーカーの、デザインは少し違っているが、同じシリーズの時計が燦然と輝いていた。「ああ、またか……」
エリックはがっくりとうなだれた。ブラッドはエリックにプレゼントするのが好きだった。それも必ずペアにして、自分も同じものを持ちたがるのだった。最初のバレンタインは指輪だったし、次の年にはブレスレットと、ずっとおそろいで用意していたのだった。
「いいだろ、これ〜」
エリックのがっくりと裏腹に、ブラッドはおそろいで持った時計にご機嫌だった。
「……まったく、もうっ」
うなだれにつれて落ちた髪をかきあげながら呟くエリックも、今日のためのブラッドへの贈り物を掴んでいた。
「まったく……まったく、もう！はい！プレゼント！」
エリックはやけっぱちのように言って、ブラッドに、リボンのかかった細長い箱を差し出した。
「ワオ！サンキュ、エリック！見てもいいか？」ブラッドの喜ぶまいことか、開けてみたプレゼントは、サングラスだった。好きで集めているものがたくさんあるブラッドだったが、その中でもサングラスはずいぶん色々と揃えていた。薄い琥珀色の入った大きなサングラスを、ブラッドはさっそくかけてみた。
「似合う？似合う？」
「似合うよ……」
髪をかきあげゆっくりと顔を上げたエリックの目元には――――ブラッドと色違いでおそろいの、真っ黒なサングラスがかけられていたのだった。
「エリック！」
やっぱりエリックは最高だ！とばかりにブラッドはエリックに飛びついた。その勢いでサングラスは飛んでいってしまったが、構わなかった。熱烈な恋人同士のキスをするにはどうせ、邪魔になるものだったから。
参考文献『SAFARI３月号』（笑）