ランチタイムからちょっとずれたダイナーにはあまり客がいなかった。
ブラッドたちが入ったときに、すれ違いざまに出ていった客はいたが。
しかし、客の入りの悪い店特有の、わびしげな雰囲気はなかったから、きっとそれなりに人が来る店なのだろうと思われた。
「いらっしゃい」
開けるとベルが鳴るようになっていたドアをくぐると、ブラッドの金髪と違ってちょっとくすんだようなブドンドのエプロンをして頬のこけた男が、人懐こい笑顔でそう言って迎えてくれた。カウンターの奥の厨房部分には、コックらしきこしらえの男が１人いて、こちらは無愛想に頭を下げただけだった。
「お好きなとこへどうぞ、お食事ですか？」
「あ、はい、出来たら」
「ウチはいつでも大丈夫ですよ。なぁ、ショーン」
厨房が砦であるかのように引っ込んでいる男がうなずいた。してみるとあの男の名はショーンというらしかった。あんな無口無愛想では、はたして店をやっていけるのかと思うようだが、その分のセールストークは、この痩せて背の高い男が担当しているのだろう。「メニューをどうぞ。今ちょうどきれいどころが休憩に入ってましてね。むさくるしいツラばかりですみません」
そう言って男は、チープながらも清潔そうなクロスのかかったテーブルに、手書きとおぼしきメニューを置いた。
「決まったら、声かけてください」
そう言って痩せた男は、これまたチャーミングな笑みを残してカウンターの向こうに戻っていった。
「ブラッド、何にする？」
この世で一番真剣な読書のあと、熟読吟味したメニューから顔を上げてエリックは訊ねた。
「うーん、このクラブハウスサンドもうまそうなんだけど、こっちのチキンバスケットも捨てがたいんだよなぁ」
ブラッドの悩みは深かった。
「なら両方にして、２人で半分こすればいいじゃないか」
「その手があったか……！」ブラッドの悩みは、エリックによってあっさり解決された。ぱあっと顔に光が当たったようになるブラッドたちの様子は、カウンターの中にも聞こえたようで、ブラッドたちに背を向けている男の背中が、小刻みに震えているのがその証拠だった。
「ありがとう、エリック」
ブラッドは喜びのあまり、身を乗り出してエリックの手を取って謝意を表現した。
「どういたしまして」
にっこり笑ってそう言ったエリックは、実のところポークビーンズやスパニッシュオムレツにも心惹かれていたのだが。他の料理も、派手さはないが馴染み深い家庭料理めいたものばかりで、腹ペコの胃袋を刺激してやまなかった。
入れ違いに帰っていったのが老若入り乱れていたので、なんでもありな店なのかと思ったら、内装といい料理といい、伝統的なアメリカ家庭料理中心の店らしかった。メニューには『どの料理にも、たっぷりポテトがつきます！』とか書いてあった。
だからオーダーを済ますと、おもむろにエリックは言ったのだった。
「食べる前から言うのもなんだけど」
「うん？」
サービスの熱々コンソメスープに目を細めながらブラッドは言った。「また来たくなる店だよね、ここって」
少し控えめながら、完全に落としたわけではない声は、厨房の奥にいる男にまで届いたかもしれなかった。でもそれでよかった。そのために、エリックは言ったのだった。
「言えてる。全メニュー制覇したくなるよな」
ブラッドも笑ってそう言った。厨房から聞こえる食欲をそそる匂いと音の隣で、痩せた男も笑っていた。
「こんちはー」
「また来ましたー」
そこへ、元気よく若い男が２人入って来た。先客がいるのを知って、ちょっと驚いているところを見るとそんなに混んでいない時間に来ている常連客かもしれなかった。
「いらっしゃい、今日のオススメは野菜の肉巻きだよ」
痩せた男は、きさくにそう声をかけた。
「じゃあ、俺はそれ！」
「野菜嫌いなくせに……」
「ここのはうまいからいいんだよっ！」
カップルならば相当な時間か経験をかけなければここまでにはなれないだろうし、友人にしては年恰好がちぐはぐだった。残る可能性としては、兄弟とか従兄弟同士くらいだが、これまたあまり似てない兄弟だった。こちらをちらちら見ているので、もしかしたらバレたのかも、とブラッドたちが思っていると、『ハルク』がどうとかいう単語が聞こえてきた。どうやらエリックのほうらしかった。しかし、そのまま何をどうするというのでもなかったので、安心して食事を楽しむことにしたのだった。
「とりあえず、お腹に余裕があったらこれもいこうと思うんだ、チョコレートバナナパイ」
「あ、それもそそられるよな、けどアップルパイもいいし。どうしよっかな、パイも捨てがたいけど、アイスがつくってのがまた、ポイント高いよな？そそられると思わないか？」
悩みは尽きないブラッドは、真剣な面持ちでエリックに告げたのだった。
結局のところ、次にいつ来られるか分からないということで意見の一致を見たブラッドとエリックは、チキンとポテトと具のたっぷり入ったサンドイッチを片付けて、デザートにそれぞれ引力を感じるメニューをオーダーしたのだった。
「わはははははっ！」
しかし、エリックが頼んだ、デコレーションされたバナナパイが運ばれて来ると、それを見たエリックは大爆笑したのだった。
「うん？うわはははははっ！すごい！」
アイスに注目していたブラッドも、爆笑の原因となったチョコレートバナナパイを見ると、エリックと同じように大爆笑したのだった。ちょうどそのとき入ってきた、これまた、ガタイのいい男２人連れと、そのすぐあとに入ってきた、老若取り混ぜた客がその笑い声にびくっとなった。よくよく見てみるとチョコレートバナナパイは、実に秀逸だった。チョコレートとクリームの繁みの間から、長々としたバナナが、どうやっているのかは定かではないが、見事に屹立していたのだった。
『はははははっ！』
後から来た客がエリックたちの馬鹿笑いに、一瞬ビクっとしたものの、テーブルにのっているものを見ると、納得の面持ちでメニュー検討に戻っていったのだった。
痩せた男はにこにこしながらブラッドたちを見ていた。
「なんだか……」
「うん……」
「この近くのモーテルの場所、聞いてみる……？」
「うん、ちょっと……その気になっちゃう、バナナパイ、だよね」
「だな……」
そんな素敵なバナナパイ♪
店内男ばっか（笑）。