それは気持ちのいい、ドライブ日和だった。
「天気良くてよかったな」
オープンカーよろしく窓を全開にしながら運転していたブラッドが言えば。
「ドライブするにはサイコウだよな」
窓枠に腕をかけて楽しそうに風に吹かれながら外を眺めていたエリックが言った。
ブラッドの仕事が今日明日と休みという連絡をもらったので、エリックが泊りがけで遊びに来ているのだった。
「いいアイデアだよね、車で小旅行って」
「だろ？」
ブラッドは現在映画の長期ロケ中なので、エリックはロスの２人の住まいにお留守番中だった。
「まえにオデ…じゃなかった、ショーンに聞いたんだ」
「ショーンに？……ああ、そうか『ロードオブ・ザ・リング』の撮影も、長かったって話だからね」
でももちろん、離れ離れでいられるわけもなく、幸いエリックには今は大きな仕事が入っていない時期だったのでこうして来ることが出来たのだった。「電話やメールじゃ、物足りないよな」
「うん……いや、……そうでもないかな？」
ブラッドの答えに一度はそう答えたものの、ちょっと考えて撤回したエリックだった。
「なんだそりゃ？」
「いや、その……電話でも、こう……色々出来るだろ？」
その『色々』の内容に心当たりのあるエリックは、運転席のブラッドの膝をぺしっと叩いた。
「痛てっ、……どうせなら、もうちょっと奥のほうを……痛っ！」
今度は思い切りつねられた。思い切りといっても、ＣＭもしているお気に入りのジーンズ越しでは、ひねり技の真髄は、あまり到達しなかったが。
「まったくもう……」
それでも、離れている淋しさ恋しさに、ついついブラッドの誘いに乗って、電話でその……してしまったことを、ちょっとばかり恥ずかしく思っているエリックは、赤くなりながらつねったあたりを撫ぜた。その手がおずおずと這い上がっていこうかどうしようかと迷っているさまを、ブラッドは息を詰めて感じていた。「……ここじゃあなぁ」
しかしじきにエリックの手はいっ込められた。ブラッドはため息混じりにそう言った。
「うん……」
ブラッドは、とっっても残念！と思ったが、残念なのはエリックも同じだった。遮るものもない一本道だけれども、それだけにこんなところで事故ってしまったらアウトだった。
「どっかに…いい場所、ないかなぁ？」
そう言ってエリックも運転中のブラッドも、可能な限りきょろきょろしてあたりをうかがった。そんなことをしなくても、畑や草地しかない、看板ひとつ見当たらない、素晴らしく見晴らしのいい場所だった。
うーん、やばい、こんな挑発にのってつい手を出しちゃうなんて、と反省しつつも、なんだか収まりがつかなくなってしまったエリックは、手に残るブラッドの、固い布越しの感触を思い起こしながら手のひらを眺めた。あのまま手を伸ばして、ブラッド自身に触れればよかった、とでもいうように。そして、ブラッド自身に触れながら、自分自身もなぐさめて……と、電話やメールでは出来なかったことについて、ついつい考えてしまったのだった。
昨夜着いて、それでも情熱と互いへの飢えの赴くままに激しく求め合って、おかげで今日、出かけるのが遅くなってしまったのだった。でもそれだけでは足りなかった。まだ全然足りなかった。
お互いへの飢えは今も、燠火のようにくすぶりつづけているのだった。
「……だからそういうのは、反則だってエリック……」
ブラッドはもちろん演技などではなく、心底切なそうに言った。
「車の中でするのは、……嫌だろう？」
実は以前にもその気になって、チャレンジしてみたことがあるのだが……頭がつっかえてしまったのだ。そうでなくても２人とも、背が高くガタイのいい方であるのでなおさらだった。
「うん……狭すぎるよね。ここじゃちょっと、その……」
マンゾクノイクヨウニデキルジシンガナイ。イゼンドウニカヤッタトキモ、ジュウブンニカンジラレナクテ、オサマリガツカナカッタシ……とエリックは、かぼそい声でそう告げた。
エリックはそのまま手を引っ込めて、物憂げに窓の外を見始めた。
ブラッドから顔は見えなかったが、首や耳が真っ赤になっているのは、充分に見て取れた。だからブラッドは、こりゃいかん、早めにモーテルでも見つけなきゃとあせって運転していると前方に建物らしきシルエットが見えてきた。「あれ、こんなとこにダイナーがある」
「え？」
ブラッドの、本当に驚いた気持ちそのままの呟きを聞きつけて、気分を落ち着かせるために、一心不乱に窓の外の景色を眺めていたエリックも、ブラッドの言うほうをむいてみた。
「いきなりダイナー？」
「ダイナーがあるってことは、街が近いのかも」
そう言っている間にも近づいてくる、それは確かにダイナーだった。吊るし看板が、風にパタパタはためいてたので。その看板の下にはさらに、『ＯＰＥＮ』の文字が描かれた小さな板がさらにはたはたとゆれていた。ということは、営業中ということだった。
「入ってみない、エリック？」
「おなかすいた、ブラッド？」
一応軽食の用意はしてあったけれど、よさそうな店があって、あたたかいコーヒーが飲めるようならば、それにこしたことはなかった。
「すごくね」
そう言ったブラッドの、ほんのり切ないような笑みは、『本当は全然別の物が欲しいんだけどね』という気持ちを、とても素直に表現していたのだった。