「久しぶりだな」
アキレスの格好をしたブラッドは、喜色満面でそう言った。
「まったくだね」
黒いアンダーの上に甲冑をまとえば、どこからどうみてもトロイのヘクトルなエリックも笑いながらそう答えた。
「また会えて嬉しいよ、エリック」
ブラッドは身を乗り出して、休憩用の小さい丸テーブルに身を乗り出した。そうでなくても図体のでかい男２人、そうするとまるでひとつドリンクをふたつのストローで啜り合う、ラブラブのカップルのような接近具合だった。ただし、ブラッドのほうだけは。
「まったくね。一時はどうなることかと思ったけど」
エリックがさっきとさほど変わらない返事をしたのにはわけがあった。
本当ならこの再会はありえなかったのだ。それなりに予定通りにスケジュールが進んでいれば今頃は２人とも、とっくに撮影を終えてエリックはオーストラリアの我が家へ、ブラッドだって普請道楽のすべてを注ぎ込んだロスの家へと戻れたはずだった。
しかし突然のハリケーンがそれをすべて台無しにしてしまったのだった。セットは壊れ、撮影は中止、スタッフが眦釣り上げて撮影再開にこぎつけた、それが今日という日なのだった。
おかげで大車輪で撮影を消化していき、エリックとブラッドが２人きりになれたのは、再開の挨拶のあと、これがはじめてなのだった。
「なぁ、エリック」
ハードな撮影にもめげず、ブラッドは元気いっぱいだった。なにしろ久しぶりにエリックが目の前にいるのだから。「うん？ブラッドも水分取ったほうがいいよ？」
ブラッドの、不自然に伸びてきた手をかわすように、エリックはミネラルウォーターのペットボトルを手に取った。
「……エリック、もうそろそろいい頃じゃないか？」
「何が？喉が渇いたな、と思ってからじゃ遅いんだってよ、ブラッド」
ブラッドの目の色顔つきは変わっていたが、エリックは一向に変わらなかった。
「分かってるだろう？俺の気持ちは……」
ブラッドは、ミニスカートも結構涼しくて快適だよな――――から伸びたエリックの素足に、一生懸命自分の足を絡めようとしながら言った。
「エリック、最初に会ったときから俺は……」
絡めようとした足は、エリックに見事にかわされた。「いや、その前からきっとそうだったんだ」
それくらいでめげるブラッドではなかったので、どんどん話し続けた。エリックがどんな顔をしているのか見るのが怖かったので、うつむいてしまっていた。だから発見が遅れたのだった。
「エリック？」
「ぐー」
「……そろそろ休憩時間終わるぞ？」
「え？そう？」
「……エリック、愛してるぞ」
「ぐー」
休憩時間のすべてを使ったブラッドの口説きは、見事空振りに終わったのだった。