「よく来てくれたね、ビーンボーイ！」
「……熱烈歓迎ありがとう、ヴィゴ」
長期滞在型の、アパートメントタイプのホテルの一室に招かれたショーンを待っていたのは、座る場所をこさえるためには掃除が不可欠なほど散らかった部屋と、久しぶりに直接会う恋人の、熱い抱擁だった。もしもヴィゴが、目にも鮮やかな口紅をつけていたら、ショーンの顔は歓待のあまり、真っ赤に染まりそうな勢いだった。
「……会いたかった」
「……私もさ」
それでもさすがに、立ち止まる場所はあったので、２人は部屋に入ったところで離れていた距離に挑戦するかのように密着し、それでも足りなくて、おたがいの身体に腕をまわして引き寄せ、情熱的なキスをかわしたのだった。名残惜しく、というよりも、これ以上の理性への挑戦は望ましくないと判断したショーンは、いったんヴィゴから身体を離した。何しろヴィゴは、バスローブ姿なのだ。
「……どうしてそんな格好で出てくるんだい？」
「あんただって分かったから」
かつて眦を釣り上げて教育的指導したショーンに、ヴィゴはあっけらかんと言ったものだった。同じことを繰り返す愚を避けるためにもショーンは――――言っても聞きやしない、という経験から来る諦観もあった――――せめて自分以外の客の時には、こんな挑発してるんだかセクシーモデルなんだか分からない格好で出てくれないよう祈った。ヴィゴは手を引いてショーンをとっちらかった仮住まいへと案内していった。
「……いったい……どうやったらこんなに散らかせるんだい？」
観光よろしく左右を見渡しながらショーンはあきれ顔で言った。
「うーん、いつの間にか？」
その問いにヴィゴは、かわらしく小首をかしげて答えた。
「まだそんなに経ってもいないだろうに……」
ヴィゴがロンドンへやって来たのは、映画の撮影のためだった。
もちろん１日や２日では終わりっこない滞在期間をヴィゴは、至れり尽くせりのホテルに逗留するのではなく、１人暮らしをしること決めたのだった。芸術家でもあるヴィゴにとって、１人の時間がどれほど大切かを知っている監督は、ヴィゴの申し出を受け入れた。
ロンドンに拠点を持つ友人知人の中には、自宅に招待した者もあったのだが、ヴィゴの決意は固かった。ショーンもその中の１人だった。あいにくショーンは、ヴィゴが早めにロンドン入りすることに決めた頃は仕事で海外に出たりとばたばたしてたため、すっかり時機を逸してしまった。「この辺に座って座って」
元はキレイな黄緑であっただろうソファも今は色あせて、しかもちょっとした衣装箪笥のような有様だった。ヴィゴはその上のものを手早くよけて、ショーンの座る場所を作った。
「……ありがとう、ヴィゴ」
いろいろと言いたいことはあったが――――特に部屋の状態について――――とりあえずそれは後にすることにした。今はそれより先に、やらねばならないことがあった。
「はーい、お茶でーす」
「ありがとう」
ショーンに手渡されたカップは、驚いたことにマグカップではなかった。てっきりそういった質実剛健な食器で来ると思っていたショーンは、完全に意表をつかれる格好になって、皿の上に鎮座ましましているカップを受け取った。
「イギリス暮らしを満喫したくて買ったんだ」
ショーンのクエスチョンマークを笑い飛ばすかのように、今度もヴィゴは、自分の分の座るスペースを作るために、残りの衣類をすべて床に払い落とした。ショーンはそれにも目をつむり、薫り高いお茶を飲んだ。いつからイギリスの生活はこうなったんだ？と、さらなる疑問符を浮かべながら。
「イギリスに限らず」
悩んだ挙句、ティーカップを蹴っ飛ばさないよう、少し離れた床に置いてショーンは言った。「住処を片付けるってことは大事だと思うよ、ヴィゴ」
ヴィゴのカップに気をつけながら、ショーンはヴィゴの痩せた肩に腕を回した。
バスローブを着ただけの格好だと言うのにヴィゴは、あろうことか足を組みさえしたのだった！これはもう、ヘイカモン♪という、ヴィゴの挑戦に他ならなかった。
「それはそうかもね」
笑いながらヴィゴは答えた。
「Ｇｏｏｄ ｏｌｄ Ｓｅａｎ！」
ヴィゴもカップを適当に置いてショーンの頭を抱き寄せた。そうすると自然とショーンの頭はヴィゴの喉元に引き寄せられることになり、湯上りヴィゴの、いい匂いが鼻をくすぐった。
「流れの中のひとつの石じゃなくてもあんたが好きだよ。でも今の俺たちには、部屋の片付けよりもほかに、やらなきゃならないことがあると思わないか？」
至近距離でのその囁きは、そのまなざしは、ヴィゴの気持ちを如実に表していた。
「もちろん――――」
だからショーンも、きれいに片付いたソファの上にヴィゴを、荒々しくもそっと横たえるという離れわざを演じてみせたのだった。
「そう思うとも、ヴィゴ」